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「……確かに串焼きは美味しかったですが……それにしてもすごい褒め方でしたね……?」
串焼き屋を後にした二人は、目的もなく、先ほどよろしくゆったりと歩き続ける。
「褒めるに値するものだった、というのと……効果があるかはわからんが布石は撒いておこうと思ってな」
「布石、ですか?」
「あぁ。あの肉を食べるに、肉屋は貴族向けに卸していてもなんらおかしくはない。そしてああいった業者は横の繋がりが必ずある」
そして、とアレクセイは続ける。
「他国とはいえ皇帝である私に褒められた肉屋は、それを同業者に自慢するだろう。仮にそういうことをしない奥ゆかしい奴だったとて、今回の騒動は近隣の店主の耳には必ず入っている。人の口は止められない。するとどうなると思う?」
「……どうなるんですか?」
「お前の元婚約者の家と取引のある業者の耳にまで届くだろうな」
「でも届いたところで一体なんの効果が……」
「……そも人の噂話、良い面だけが流布するわけがないだろう? 人の気を引くために、必ず、話は誇大なものになっていく。その過程で必ず誰かが言いだすはずだ、――皇帝が、令嬢を連れて歩いていたと。仲睦まじい様子だった。それが、巡り巡ってお前の元婚約者の耳に入れば、」
に、とアレクセイが笑った。
小さな牙が見えた。それに、ナタリアは釘付けになってしまう。
「悔しさから顔を歪めると思わんか?」
あぁ、とアレクセイが足を止めた。
花屋だった。店先に、色とりどりの花が咲き乱れている。
「手土産に見繕ってやろう。どれが好みだ」
「いえ、さすがにそこまでは……」
「宝飾品だとのちのち処分に困るからな。枯れる花であれば問題ない」
「……ですから……」
「これを持ち帰ったお前を見た妹の顔、さぞ見ものだと思うんだがな。というよりその顔を見てこい。そして明日私に報告しろ」
「えぇ……」
花、と急に言われたところで欲しいものなどわからない。
困ったナタリアが立ち竦んでいると、ふむ、とアレクセイが勝手に花を選び始める。
「……よくよく考えると……セルゲイ様とエミリーは、その、本当に仲が良くて……ですから私がこういうことをしても嫉妬の念など抱くはずが……」
「抱くに決まっている。本当にあの馬鹿二人が想いのまま惹かれあっていたなら、あんな夜会でお前に恥をかかせることなどするわけがない」
アレクセイ手ずから花を摘ませるわけにはいかなかったのだろう。彼が指し示すまま、護衛たちが花を抜き取っていく。
「おおかた、二人してなんらかの理由でお前に嫉妬だのなんだの、歪んだものを抱えているんだろう。それを発露させるために夜会で婚約破棄騒動を起こした。これはほぼ確定と見て良いと思うんだがな」
「……私はそんな……人から羨まれるようなことは……」
「それはお前がそう思っているだけだろう。他人が自分をどう見ているかなんて、私ですらわからないんだ」
と、陛下! と護衛から声がかかる。
ハッとしてナタリアが顔を上げると、大の大人二人が、両腕いっぱいに花を抱えていた。
「アレクセイ様! 選びすぎです!」
「そのうち枯れるんだ。別に構わんだろう。それに盗むもわけでもなしに」
「ですが!」
「そこの店主、手間だろうが丁重にラッピングしてくれ。そこな令嬢はクローデル家の令嬢でな」
公爵令嬢となれば、ナタリアの顔は知らずとも家名ぐらいは知れ渡っている。
串焼き屋の主人よろしく、小さな悲鳴をあげながら、若い女主人が花を包み始めた。
「可愛く仕上げてくれよ? 今流行りの、……そうだな、リボンぐらいならあしらってもいいな」
*
それからもあてどなく市井を散策し、夕方も近くなる頃。
大量の花束と共に、ナタリアは屋敷へ帰還した。
「お姉様っ!」
アレクセイにエスコートされながら馬車を降りたナタリアは――普段なら絶対いない、エミリーの出迎えに体をこわばらせた。
「どこに行ってらしたのかと思ったら! あぁっ! これはアレクセイ皇帝陛下! お初にお目にかかります、わたくし、妹のエミリーと申します」
やたら演技らしい言動を重ね、エミリーがうやうやしくカーテシーを披露した。
アレクセイは皇帝らしい悠然とした笑みを浮かべたまま、ナタリアに視線を移す。
「ではな、ナタリア。明日も今日と同じ時間に迎えに来る。準備して待っておくんだな」
「あっ……それでしたらわたくしも帯同したく――」
ナタリアが答えるより先に、カーテシーを崩したエミリーが顔を上げた。
「おや? 私がいつ、顔を上げろと命じた? ここの国では、目上の人間の許可なしに顔を上げることが許される国だったのか」
エミリーの顔が笑ったまま強張る。
それはナタリアとて同じだ。アレクセイだけが、笑みを崩さず、その場を支配する強者として立っていた。
「……まぁナタリアの妹だということに免じて許そう。それとナタリア」
「は、はい、」
朝と同じように腰が強く抱かれる。
またキスのふりだろうか? けれどエミリーとこんなに距離が近ければ、誤魔化せるはずは――
「……っ……!?」
今度は、ふり、ではなかった。
ナタリアの瞼に、アレクセイの唇が押し付けれる。
きゃあっ! と侍女から黄色い声が上がった。喧騒が周囲を囲う。その隙。アレクセイがナタリアの耳元に唇を寄せた。
「……お前の妹、今夜は荒れるだろう。だが少し我慢してくれ、私の可愛いナタリア」
自分しか聞こえないような、低く、小さい声。内容もさることながら、耳朶に触れた吐息に、ナタリアの体はカッと熱くなった。
「――アレクセイ様っ……!」
アレクセイが距離を取るのと同時に、ナタリアが耳を抑える。耳が心臓にでもなったかのように、どくどくと脈打っていた。
「そうも顔を赤くされると囁き甲斐があるな。明日はなんと言おうか? 可愛い? 美しい? お前は私を惑わせる? まぁどれでもいい。私に言われたい言葉を探しておけよ」
――カモフラージュなのだこれは。さっき交わした言葉がバレないためのカモフラージュ。
でもさっき確かにアレクセイはナタリアを可愛いと告げた。アレクセイのことだ、大人が子供にかける程度のものだろう。
だがそれでも――ナタリアの胸は、高鳴ったままだった。




