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妹に婚約者を奪われた姉ですが、獣人の皇帝からの溺愛が待っていました  作者:


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3



「ね、鼠の声が聞こえるんですか……?」

「もちろん。元はと言えば私は鼠だからな。当然だとも」

「でも、その、お耳は普通の人間で……鼠らしき耳もないですし……」


 あぁ、とアレクセイが耳をアピールするように顔を少し傾ける。


「人間の耳。鼠の耳。両方あると音を拾いすぎてしまうらしくてな。あるいは突然変異したときに消滅したんだったか、……諸説あるが、まぁ要するに、私たちの先祖が、鼠の耳を切り落としてしまったんだよ」


 ひぇ、とナタリアが小さな悲鳴を上げた。


「尻尾だけは鼠としての矜持を忘れないために残しておこうとなったらしくてな。もっとも、人間の体に合わせて尻尾も長く大きくなってしまったのだが」

「そ、それはすごい話で……」


 ちら、とナタリアが屋台の下を見れば、まだ複数のドブネズミがこちらを見ていた。


「……その……鼠獣人の方々は動物実験として使われた鼠が突然変異したもので……、……そうではない鼠がいるのは知識としては知っていましたが……」


 知識として知ってはいれど、貴族令嬢であるナタリアは『動物の鼠』は初めて見た。

 小さな体。太い尻尾。種類は違うのかもしれないが、アレクセイの先祖を辿ればあの形に辿り着くのがなんだか不思議だった。


「ほう? 令嬢のくせによく知っているな」

「い、いえ、……貴族であればこれぐらい既知の人間のほうが多いはずで……」

「どうだかなぁ。そんなことも知らずに私の尻尾を嗤う奴らはごまんといたからな」


 話すうちにアレクセイがひとつの店の前で止まった。

 牛肉の焼ける良い匂いがする。ここが件の串焼き屋だろうか、とアレクセイに目配せをする。ナタリアの疑問を感じ取ったアレクセイが緩慢に頷いた。


「どれ、一本貰おうか。誰か支払ってくれ」


 言うや否や、護衛の一人がさっと支払いを済ませ、ちょうど焼き上がったばかりの串焼きがナタリアに手渡された。

 なお店主は戦々恐々。突然の事態が飲み込めないのか、目を白黒させつつ、体を震え上がらせていた。


「い、いいんですか。支払いまでさせてしまって」

「構わん。冷めないうちに早く食べろ」


 促されたナタリアは、小さく、いただきますと呟いてから串焼きに齧り付いた。

 こんなはしたない食べ方……と思っていたのだが、肉を噛むうち、それも霧散してしまう。


「どうだ」

「っ、美味しいですっ……! すごいですこれ……っ……お肉が柔らかくて……! 炭火の匂いがすごく食欲をそそって……!」

「そんなにか」

「そんなにです……!」


 市井での串焼き。あまり期待はしていなかったが、予想に反する美味しさにナタリアは目を輝かせるばかりだ。


「ならば少し私にもよこせ」


 銀髪がさらりと垂れる。

 串焼きを持つナタリアの手。大きい手が重ねられ、手の主導権が奪われる。

 さっきキスのふりをしたときのような近い距離。そこでアレクセイが大口を開けて――牙のようなものが覗いたのをナタリアは見逃さず――肉に齧りついたではないか。


「ア、」

「へっ、へへへへ陛下!?! 毒味もされずなにをしておいでで!?!!」


 ナタリアが動揺するより先、護衛たちが一斉に慌てふためいた。


「勝手に食べてはなりません!!」

「失礼な。作り手の前でそれを口にするなど不義理にもほどがあるとは思わんのか。それと先に食べたのはナタリアで、」

「陛下!! そういう話ではなくてですね!!」

「疑うならお前たちも買って食えばいいだろう。なるほどな、確かに、市井の飯にしてはよくできている」


 わぁわぁと騒ぎながら、護衛たちが串焼きを前のめりで買い、食べていく。最初こそ疑念だったり顔を赤くしたり青くしたりしていた護衛たちも、二口、三口と食べるうちに次第に顔を輝かせていった。


「……美味しい」

「言ったであろう」


 ふふん、と得意げに笑ったアレクセイ。一方ナタリアは、未だ握られたままの手に、ドキドキしっぱなしだ。


「アレクセイ様、手は、その、そろそろ」

「ん? あぁこれは失礼したな」


 特に余韻もなく手が離れていき、ナタリアの胸中にはホッとしたような、残念なような、言わんともし難い感情が去来する。

 アレクセイはといえば、串焼き屋の老齢の店主のほうに向かって、


「店主、なかなかに美味かった。良いものを食べさせてもらったぞ」

「ひっ……そ、そんな、き、恐縮です……!」

「焼きの技術もあるだろうが、肉の方も良いものを使っているな。取引している肉屋の腕が良いのか、あるいはお前の目利きが光るか……せっかくだ、この美味い串焼きの秘密を教えてはくれないか」

「ぜっ、全然……! 大したことじゃねぇんです! ただ、昔っからの顔馴染みの肉屋が良い肉を取り揃えるのが得意で……! あっちもあっちで長いこと肉屋やってるからそれなりに人脈とルートがあるとかでっ……!」

「なるほど? それで? その肉屋は明日もお前たちのところに卸にはくるのか?」

「も、もちろん! 肉は傷みやすいですからね、毎日来ますが……」

「ならばその肉屋にも伝えておけ。お前の選ぶ肉は、皇帝の舌も唸らせたんだ、と」

「し、っ承知いたしました…‥! 絶対喜びます、絶対、絶対伝えますんで……!」

「よろしく頼んだ。それとお前の焼きも素晴らしい。そのまま精進することだな」

「あっ……ありがとうございます……!」


 一連の会話を眺めながら、ナタリアは少し不可解だった。

 串焼きは確かに美味しかった。だがそれにしても、妙な違和感があったのだ。

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