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妹に婚約者を奪われた姉ですが、獣人の皇帝からの溺愛が待っていました  作者:


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9


 エミリーとセルゲイ。彼ら二人はナタリアとアレクセイには気づいていない。

 串焼き屋の前で、串焼きを食べながら、人目も憚らず大声で話しをしていた。


「おかしいなぁ。うちと取引のある問屋が、陛下が絶賛したって……」

「やっぱり鼠は鼠なのよ。人間らしい顔で人間らしい振る舞いをしたところで気持ち悪い害獣に変わりはないわ」

「まぁ確かに鼠というのはねぇ……」

「そうでしょ? 所詮地位ばっかりの男なのよ。あーあ。これどうしましょ。捨ててしまおうかしら。それこそ鼠程度の餌にはなるんじゃない?」


 あんまりな言い草に、串焼きの店主は気まずそうにしている。そして少し離れたところにいたアレクセイとナタリアの存在に気づき、顔を一気に青くさせた。


「ア、……アレクセイ様、申し訳ありません……」


 いたたまれなくなりナタリアは思わず頭を下げる。そしてさすがのアレクセイも、不快感を露わに二人を見ていた。


「……別にお前が謝ることではないよ。……ところで、今、私たちが目の前に現れたなら、あやつらはどうすると思う?」


 アレクセイがナタリアの腰を強く抱いた。

 体と体が密着する。最初こそ戸惑っていたが、今は少しだけ慣れた。

 そのままアレクセイは歩きだす。歩幅はナタリアに合わせて。すぐに、エミリーとセルゲイが二人の存在に気がついた。

  

「おや、お前たちもその串焼きを気に入ったのか? 実は私たちも同じでな」

「っ陛下!? き、奇遇ですわ、わたくしたちも美味しいと舌鼓を打っていて……」

「ほう?」


 あからさまな態度でアレクセイが小首を傾げた。

 それから屋台の下のほうへ視線を移す。

 そしてアレクセイの口元が小さく動いたのを、ナタリアは見逃さなかった。


「すっごく美味しくって、陛下が気にいるのも納得の味だと……、っ……きゃあっ……!?」


 エミリーの上っ面だけの賛美が、悲鳴でかき消される。

 それと同時に、どすん、と尻餅をついたではないか。


「エミリー……!?」


 慌ててセルゲイが駆け寄る。

 尻餅をついた拍子に手にしていた串焼きも落としてしまう。無惨にも地面に放り出された串焼き。それに、一匹の鼠が齧りついた。


「ねっ……! 鼠がっ! 今そこを走って行って……っひぃ……っ!? ねっ、鼠!? どうしてこんなところにいるの!? 汚いわあっちに行って!」


 叫んだところで人間の言葉が鼠に通じるわけもない。よほど肝の座った鼠なのか、人目も憚らず串焼きを食べているではないか。

 

「エッ、エミリー……! 鼠を汚いなんて言うのは……っ!」

「どうして!? 屋台の下をちょろちょろ走り回って汚いに決まってるじゃない!」


 ヒステリックに叫んだエミリーに誰も声をかけることができない。

 ふとそのとき、ナタリアを抱くアレクセイの手が解かれた。そしてそのまま、アレクセイはエミリーに手を差し出した。


「もうセルゲイ様ったら、早く起こしてくだされば……」


 腰をさすりながら鼠を睨むエミリーは、――差し出された手がアレクセイだと気づかない。


「お前は汚物の手を取ることができるんだな」

「は、」

「そこなドブネズミは私たちの仲間だが、――お前の理屈で言うのなら、私も汚いはずなんだがな」


 顔を上げたエミリーの顔が蒼白になっていく。

 一方アレクセイは、にたにたと笑うだけだ。

 怒っていない。いや腹の内はナタリアにもわからない。だがアレクセイのあの笑い方は、この状況を楽しんでいる笑い方にしか見えなかった。


「あ……、あ、……あれは突然のことで驚いただけで……」

「そうだな。突然鼠が走ってきたら誰でも驚くであろう。それで? お前は汚物の手を取れるんだな?」

「あ、アレクセイ様は汚くなんてありませんもの……! そんなのもちろん……!」


 重ねかかった手。

 そのエミリーの手を、アレクセイが無慈悲に払った。


「残念。汚物でも、手を取りたい人間を選ぶ権利ぐらいはある」

「な、な、」

「鼠とて同じだ。悪食だなんて言われるが、あいつらも食べるものぐらいは選んでいる。それ見ろ、器用に肉だけ食べているだろう? 串は食べない。選ぶ権利というのは、どの生物にもあるものだよ」


 ふ、とアレクセイが目を細めた。


「自分だけが選べる立場にいると思うな、小娘。私に媚びを売るのも、私の地位に目が眩み、姉が羨ましくなったから、それだけだろう? 婚約破棄騒動も姉を貶めるだけに行ったのだろう? 馬鹿が。烏滸がましいにもほどがあると思わないのか? 立場をわきまえたらどうだ」


 唖然とその場に固まるエミリーは、やがて言葉の意味を理解したのかワナワナと震えだす。


「さて行こうかナタリア」


 しかしそんなエミリーに興味を無くしたように、再び、ナタリアの腰を抱いたのだった。







「あぁ満足満足。お前の妹、最高の顔だったな」


 馬車に戻るなり、アレクセイが大声をあげて笑った。


「……本当に申し訳ありません。まさか妹があそこまで考えなしとは思わず……」

「構わん構わん。あんなものいちいち気にするほど繊細ではないからな」

「ですが……」

「それより私が気になっているのは、あの男、お前に未練たらたらじゃないか」


 あの男……と考えて、ナタリアははっとする。


「……セルゲイ様が? まさか、そんなこと」

「いーや。あれはまだお前に気がある目だったぞ。お前が気づいているかは知らんがな、好きな女を前にした男の目というのはな、瞳孔が少し開くんだ」


 ほら、とアレクセイが隣に座るナタリアの手を取った。

 そのまま自分の頬に、ナタリアのてのひらを触れさせる。


「……アレクセイ様?」


 する、と頬を撫でさせるようにアレクセイの手が滑る。アレクセイの目付きが柔らかくなった。これまで見た中で、一番、柔らかく甘いものだった。

 その目つきにつられてナタリアの体温も上がる。つ、と背中を汗が辿ったそのとき、


「今、私の目がそうなっているだろう?」


 真っ赤な目。その目は真っ直ぐに、ナタリアのことを見つめている。

 そのあまりに真っ直ぐな視線にナタリアは目を逸せなくなる。いつかのときのように吸い込まれそうだと考えて――自分のかけられた言葉を唐突に理解し、慌てて視線を下へ向けた。


「かっ、からかうのはよしてください……! セルゲイ様とはこういうことは全然で! 私はそういうことがわからず……!」

「そうか? まぁわからんならそれでも構わんさ」


 嘘か本当か判別しかねる言葉を置き土産に、アレクセイが、ナタリアの手を離した。


「それにしてもお前の妹、今夜はちょっとまずいやもしれんな」


 未だ心臓が早鐘を打つナタリアをよそに、アレクセイが腕を組んだ。


「さすがにやりすぎた。お前に当たるだろうな」

「……正直言いますとそれはいつもの話で……」

「いつもの話なのか」

「八つ当たりなんて日常茶飯事ですよ」

「それはいけないなぁ」


 話す間にも刻一刻と馬車はナタリアの屋敷へと向かう。アレクセイはしばらく考えた様子を見せて、


「私のタウンハウスに来るか」

「……アレクセイ様の……?」

「そうだ。もっとも、私の所有物ではなく、宿泊用にと用意されたものだがな」


 ――タウンハウス……それはつまり、いえ、侍女や使いの者がいるだろうけれど、アレクセイ様と二人きりなのでは――


「い……いけません! アレクセイ様と二人きりはそんな!」

「嫌か」

「嫌とかではなくてですね!」


 今アレクセイ様と二人きりになってしまえば、この人は私になにをしでかすか――と頭を振ったナタリアに、アレクセイはつまらなさそうに答えた。


「二人きりではない」

「当然です! 使いがいるのですから! そういう話ではなくてですね!」

「違う。今日は客が訪ねてくる日なんだ。名はエカテリーナ。お前も知る者だろう?」


 エカテリーナ。

 声に出さず数回口の中で繰り返して、ナタリアは驚いた。


 エカテリーナ。それは、この国の王の娘――王女の名前だったからだ。




美味い肉があればそれを優先するというだけで、実際のところ鼠は串も食べると思います。

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