表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

見捨てない婚約者

エレノアは聞いてしまった。


「婚約者はいる。だが、お前が大切だ」


アルトはミレイユの手を取り、まっすぐに見据えていた。

ミレイユは頬を染めて、ためらいがちに笑う。


「うれしいです……」

「たとえ結婚しても、そばにいてくれないか」


学園一の美青年と平民の娘。

一見すれば、観劇にありそうな切ない恋物語。

だがその男は――エレノアの婚約者だった。


令嬢として、その場で感情を露わにするのは、

未熟な振る舞い。

エレノアは黙って踵を返した。





相談相手に選んだのは、従姉にあたる夫人だった。

早くに結婚し、社交界でも一目置かれる女性。

エレノアにとって、憧れの人物である。


エレノアは涙を浮かべながら、夫人に話した。


「……政略ですが、彼が好きなのです。どうすれば……」


「あなたが悪いのではありません。男の出来が悪いのですわ」


思わず、エレノアは顔を上げた。


「……ですが」


「出来の悪い男と、その恋人を受け入れるのも、できる妻の務めです」


優しい声だった。


「男が未熟なのは事実ですわ。そして、娘もだらしない。

だから――」


夫人は、穏やかに微笑んだ。


「まずはその娘を、一流に仕立て上げなさい」


エレノアは目を伏せた。


「……愛は、彼の心は……」


夫人は即座に答えた。


「愛も同じですわ。男が一流になれば、見る目が変わりますもの。

あなたを見るようになりますわ」


揺るぎない声だった。

疑う余地を与えないほどに。


エレノアは涙を拭い、静かにうなずいた。


「……精進いたします」





翌日、エレノアはアルトに尋ねた。


「あなたの恋人を、私の指導下に置きたいのですが」


アルトははじめ驚いたが、肩をすくめた。


「君がそうしたいなら、構わない。

ミレイユも、その方が助かるだろう」


それからエレノアは、ミレイユを正式に教え始めた。


「ど、どうして、わたしを?」

「未来の夫人としての務めです」


それ以上の説明はしなかった。


「まずは姿勢から。背筋を伸ばして」

「……こ、こうですか?」

「ええ。視線は下げすぎないで。堂々としていればよろしいのです」


所作、礼法、立ち回り。

エレノアは厳しいが、公平だった。


「礼は、腰から。指先まで気を抜かないで」

「はい……」


教えている最中、胸が疼かないわけではなかった。

だがそれを表に出すことは、自分で自分を否定する行為だった。


これは一流の夫人になるための役目。


そう言い聞かせるたび、感情は押し沈められていく。

そして、耐えているという自覚すら、次第に薄れていった。


「覚えが早いですね」

「……ありがとうございます」


一方でミレイユは、戸惑っていた。


「アルト様……」

「どうした?」


ミレイユは視線を落としたまま言った。


「エレノア様……とても、親切で……」

「だろう? だから言っただろう、君は心配しなくていいって」


アルトは悪びれもなく笑った。


「君が恥をかかないようにしてくれてるんだ。

ああいうところが、さすが婚約者だよ。

――昔から、あいつは要領がいいんだ」


ミレイユは、何も言えなかった。


エレノアは、相変わらず指導を続けた。


「わたし、悪いことをしている気がして……」

「そう思えるうちは、大丈夫です」


エレノアは淡々と答えた。


ミレイユに罪悪感はあったが、それと同時に優越感もあった。


――選ばれているのは、自分だ。


その相反する感情が、ミレイユの胸で絡まり合っていた。


そしてアルトは、この状況を「うまくいっている」と受け取った。


「二人が仲良くなってくれてよかった」


彼は相変わらず、静観しかしなかった。





舞踏会の夜、学園の大広間の入口にミレイユは立っていた。

エレノアが選び、仕立てたドレスを着て。


「大丈夫です。練習通りになさって」

「はい」


次の瞬間、ざわめきが広間を走った。


「……あの方、どなた?」

「平民出身ですって」

「嘘でしょう。立ち居振る舞いが完璧だわ」


ミレイユは笑みを崩さず、言葉を返す。


「お目にかかれて光栄ですわ」

「こちらこそ。素敵な夜を」


アルトは隣で、満足げに胸を張っていた。


「な? すごいだろう」


誰にともなく言って、称賛を集めた。

ミレイユは目を瞬せた。


――すごいのは、あなたではない。


アルトは、何もしていない。

自分がこの場に立つために、何ひとつ。


そう思った自分に、ミレイユは静かに驚いた。


「アルト様、あの……」

「ん? どうした」

「わたし……今の挨拶、合っていましたか?」

「合ってる合ってる。ほら、皆が見てる。君はすごいよ」


空疎な返事だった。


その瞬間、ミレイユの胸の奥で、何かが剥がれ落ちた。


目の前の男は、自分の“完成”に寄りかかっているだけ。

そして、自身は何ひとつ変わっていない。


ミレイユは、笑みを保ったまま、視線を一度だけ逸らした。

そして、広間に満ちる音楽の中で、ひとつだけ決めた。





季節が巡り、ミレイユは誰から見ても一人前の貴婦人となった。


ミレイユはエレノアの前で深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


エレノアは微笑む。


「よくここまで頑張りましたね」


そして残ったのは――完成しなかった男だけ。


「アルト様」

「ミレイユ? どうしたんだ、改まって」

「わたし……これからは、別の道を歩こうと思います」


アルトは一瞬、意味が分からないという顔をした。


「別の道? 冗談だろ」

「いいえ」


ミレイユは、首を振った。


「ここまで導いていただいて、分かりました。

わたしは――誰かに守られていなくても、立てるのだと」

「それは俺のおかげだろ? 俺が2人を取り持ったからだろ」


その言葉に、ミレイユは答えなかった。

深く一礼する。


「お世話になりました」


それだけを残し、踵を返した。


エレノアは黙って、その様子を見ていた。


ふと、夫人の言葉が脳裏をよぎる。


『男を鍛えるのも、妻の務めですわ(^^)』


エレノアは、小さく息を吐いた。


「……ええ。夫人は、間違っていませんでした」


取り残されたアルトを見つめ、エレノアは目を細めた。


「大丈夫ですわ。

わたくしは――見捨てませんから(^^)」


アルトは、安堵したように笑った。  


「……そうか」


それが救いだと、信じて。


――それが、終わりだった。

お読み下さりありがとうございます。

わたくし、良き夫人になりますよね。

どうか評価をお待ちしております(^^)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おかしい、作中では言葉のはずなのに、なぜか顔文字が見える(^^)
ころならアルトがどのような厳しくも心配りの行き届いた教えを妻から受けることになるのかが目に見えるようですわ…先達の教えを胸に、きっと容赦なく勤めるように躾けられるのでしょうね。犬でも出来ることですから…
なんて有能で寛大で建設的で菩薩のような素晴らしい女性でしょうか。 不貞を軽々しくやっちゃうスカスカ脳だったミレイユさんすら「不貞相手のボンクラは無能木偶の坊で関係を続ける価値が無いという事」と「脳みそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ