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かっこいいを追い求めて

 年末なんで仕方なくフォルダの整理でもしてたら、なんと五年前に書いたであろう小説(?)(記憶なし)が発掘されました。

※なので投下します。※私もリアルタイムで読み進めていきます。※何卒温かい目で見守ってください!


 僕はかっこいい。

 物心ついた頃から、そう思っていた。

 シンプルに顔がかっこいいのもそうなんだけど、僕ったら性格もかっこいいんだよね。

 だって道端で困っている人がいたら見捨てれないタイプだし、世界を脅かすような悪党がいたら、なんの義理もなく僕はそいつを倒そうと思うもん。

 

 だから僕は、勇者になるべきなんだ。世界でいっちばんかっこいい勇者に。

 

 では具体的になにをすべきか?

 どうすれば世界でいっちばんかっこいい勇者になれるのか?

 僕はある時ふと考えた。

 悩ましい問いだった。

 魔法師検定で一級を取得するのはどうだろうか?

 あるいは存在する剣技の流派をすべて使いこなせるようになるのは?

 考え抜いた末、どちらのベクトルも向きは正しいが、絶対条件ではないことに気づいた。

 魔法師検定一級を持っているからと言って、必ずしも勇者になれる訳ではない。

 答えはもっと単純明快だったんだ。


 強くなりゃいい。

 

 それも、世界一強くなる必要はない。

 もっと言えば、苦手な魔法をわざわざ使いこなせるようにならなくても、剣の流派を完璧に網羅していなくとも、魔王を倒せりゃそれでいい。

 すべては、魔王を倒すことで帰結される。

 僕に成功体験は不要であった。

 

 だからまずは軽い筋トレから始めた。

 筋肉があれば、スムーズに剣を扱えるようになるし、より俊敏な動きも行える。

 筋肉は基盤だ。

 最も得て損のない、合理的で卵みたいな存在。

 特に難しい操作も必要としないから、なにかを始めるにはもってこいだった。

 のちに、腕立て伏せ百回、腹筋百回、スクワッド百回、ランニング十キロ、素振り千回が日課となった。

 もともと体を動かすのが好きだった僕にとって、これらの項目は別に苦ではない。

 むしろ、脳みそを筋肉にして、ただぼーっと繰り返しているだけで乗り越えられる浅い壁だった。


 ある程度、日課の筋トレが物足りなくなっていた頃には、僕は師匠に稽古をつけてもらっていた。

 師匠はこの国でも指折りの人物だ。

 剣の達人。

 僕のおばあちゃんに次いで、アステラ王国の歴史上二人目の女騎士団員である。

 いつも通り村の困っている老夫婦や妊婦さんのお手伝いとかを終えて、僕は家の庭に戻っていた。

 

 一礼して、剣を構えた。

 中段に剣の塚を置いて、剣先は師匠の目元に向ける。

 

 「では私の方からゆくぞ!」

 毅然とした声が僕の耳に届いた頃には、師匠はもう目の前にいた。

 ――カンッ!

 相変わらず目に負えない速さだ。

 僕は木剣を横にして、間一髪で受け止める。

 ――カンカンッ!!

 師匠の連撃は続く。

 手加減しているとはいえ、両手で抑えないと斬撃が貫通してくる。

 女性の繰り出せる重さではない。

 「スワンプトリック!」

 僕は五メートルほど後ろに飛んで、魔法を放った。

 師匠の足元が湿る。

 が、

 「あまい!」

 師匠の方が一枚上手だった。

 足が黄色く光ると、湿った芝生を踏み込んで加速する。

 

 師匠は滑らなかった。

 

 スワンプトリックは半径五メートル以内の狙った部分の地面を湿らせる土属性の初級魔法だが、それによって転ばそうとした僕の算段も、師匠にはお見通しのようだった。

 初見殺しのはずだったのに。

 的確な状況判断と反応スピードで難なく対処された。

 すべてはあのチートすぎる加護のせいで。


 師匠は一気に五メートルの距離を縮めて、それに気圧された僕はその場に尻もちをついた。

 僕の頭上にそっと木剣が振り下ろされる。

 ――トンッ

 「いだっ……」

 「ふっ、どうだ」

 ドヤ顔で見下ろしてくる師匠。

 「ズルいですよ師匠。

  また加護使ってました」

 「当たり前だ。

  相手にとって不足なし。使えるものはなんでも使え!

  いつも私がそう教えているだろう?」

 師匠の教訓、その三。くらいだったか。

 この人は使えるものはなんでも使ってくる。

 たとえ僕が、まだ十歳であろうと関係なしに。

 「……悔しいのでもう一本お願いします」

 いいだろう!特別に、何本でも相手してやる!そう言って、僕に手を差し伸べる師匠。

 

 その後も稽古は続いたが、その度に何度も加護を使われた。

 師匠は加護を保有している。

 「鼓舞の加護」。

 鼓舞。すなわち、一時的に身体能力を引き上げる効能を持つ加護だが、まず発動条件が緩すぎるのと、部分的に使用することで魔力の消費も抑えられるので、加護の中でもトップクラスに持ちがいい。

 赤はアタック、青はスピード、黄色はシールド。

 僕が稽古中に見たことあるのはこの三色だが、黄色のシールドに関しては、触れるものの効能を抑えて晦ませる作用があるから、とりあえず黄色を使っとけばさっきみたいに湿った地面も無効化されるとかいうチートぶりである。

 師匠が滑って転ばなかったのもそのためだ。

 

 誰しもが加護を有している訳ではないが、今では全体の三割が加護持ちであると言われている。

 僕はまだ発現していない。

 加護は数千の種類があって謎も多いことから、解明されていない部分が多い。

 発現の条件も、遺伝は関係していないと最近分かったばかりだ。

 魔眼くらい未知なる部分が多いものである。


 

 芝生を駆け巡る音、木剣が交差し合う音、荒々しい呼吸音。

 それらが一日中続いて、一つ、最後に大きく響いた。

 ――カンッ!

 「なっ!」

 僕の木剣が宙を舞った。

 辺りは夕闇にどっぷり浸かって、師匠の顔ももう見えづらくなっていた。

 僕は息を切らしながら言った。

 「やっぱ、師匠には敵いませんね。

  どーしたら師匠に一矢報いれますか?」

 「うむ、私をひどく恨んでいることは伝わった。

  私に一矢報いるためには、まず動きが単直すぎなのと、視線でどこに動こうとしているかが丸分かりだな!

  そこを改善すべきだ」

 「なるほど、

  遠く及ばずですね、ししょーには」

 ああ、そうだ。そう素直に返事をする師匠。

 悔しいね。

 やっぱ。

 「どうだ、流石にもう疲れただろう?」

 「はい、疲れました……。

  気づいたら辺りも暗くなってるし」

 「私が道場に帰省してから連日、ずっと稽古漬けだったしな。

  無理もない。

  今日はもうゆっくり体を休めるべきだ」

 「はい……。ありがとうございました」

 うむ。あと、周りが見えなくなるくらい何かに没頭することは、そう簡単にできることじゃない。べディには剣の才能がある。無理のしすぎはよくないが、引き続き精進するように。

 え?

 「は、はい……」

 そう言い残して、師匠は去って行った。

 歩幅はいつもより大きかった。

 

 僕の顔からは、つい笑みが溢れてしまう。

 師匠は負けず嫌いで不器用だけど、本当はいい人なんだ。

 さっきもきっと、慣れないないなりに僕のことを褒めて、自滅して速足で消えてったからね。

 悔しいし、ぎゃふんと言わせたい気持ちもあるけれど、明日も頑張ろって気持ちにさせられた。

 普段は絶対人のこと褒めたりしない師匠だから、思わず吃驚しちゃったけどね。

 「はぁ……」

 僕は芝生の上で思いっきし寝転がった。

 大の字を取って、薄暮を見上げる。

 変わらない星空も、今日はちょっぴり綺麗に映った。

 

 そして僕は目を閉じて、そのまま寝落ちしてしまった。




 「…………さぶぃ、んぁ……師匠は?」

 次に目を開けると、そこは覚えのない場所だった。


 

 え。

 

 なにここ。

 

 

 僕は目を擦り、尻をついたまま一帯を観察する。

 透かさず立ち上がって、周囲をグルっと見渡した。

 

 「ここは、

  ……なんで山奥に僕一人で?」

 夜闇の中、僕は不気味な大樹に囚われていた。

 

 もっとも、霧が立ち込めているせいで視界が悪い。

 鳥肌が立つくらいの寒気もあった。

 まぁ半袖短パンだからね。仕方ないと思うけど。

 

 僕は背中とお尻をパタパタして、付着した土を落とした。

 「あんま落ちないな……」

 ここは湿地帯だろうか。

 粘土質の土壌で、水気をそれなりに孕んでいる。


 「っ!」

 瞬間、背後から視線を感じた。

 ――ガサガサ!

 僕は勢いよく振り返るが、逃げたのか?

 魔物だよね。でも逃げる?

 僕はようやく事の重大さを噛みしめた。

 今この場に留まっていることが、なにより危険であることを。

 僕は速やかに大樹の中へと溶け込んだ。

 

 なにかひどい夢を見ていた気がする。

 僕の片腕がなくなるみたいな……。

 だが悪夢に魘されたおかげで、最悪の事態は免れた。

 少しでも遅かったら、あるいはそのまま寝続けていたら、僕は跡形もなく消えていたかもしれない。

 魔物にむしゃむしゃと、骨の髄までガブガブされて……。


 とりあえず僕は、道なき道を勘頼りに進んでいた。

 だがいずれも事態の収拾には苦戦した。因果が破綻していたからだ。

 今思い返せば、僕は庭の上でそのまま寝落ちしちゃったんだと思う。

 多分、そのはずだ。

 が、夢から覚めた今、なぜ僕は庭ではなく山奥にぽつんといるのだろうか?

 

 最初は師匠の仕業くらいに思っていた。

 でも師匠は、修練には必ず理由を示す人だ。無意味なことは決してしない。

 もし仮に、「一晩山奥で生き延びよ!」なんて無理難題を押し付けてくるものなら、それ相応の理由と得られる対価を示す人だ。

 そこに関しても僕は師匠を信頼していた。

 だからこそ疑いたくはなかったが、師匠も人間だし、前触れもなく抜き打ちテストしたくなる時もあるのかなぁ……。いやでも。

 みたいに葛藤していた。

 

 だってそれ以外に、この事態を説明できる要因がない。ほとんどない。当てつけで師匠がワンチャンスくらいしか僕の頭には浮かび上がらなかった。



 あれからまた、夜闇は深みを帯びていた。

 「とりあえず水源が確保できるといいんだけど……」

 想定以上の長期戦。

 長丁場の末、のどが渇いてきた。ため息に次いで本音が漏れる。

 今一番欲しいものは水だ。ウォーターだ。

 

 そして僕は、ある異変に気づいていた。

 

 目の前に立ち塞がる草木を見れば、水辺が近いことは予想できた。

 だが、これまで見てきた雑種よりも背丈が小さい。

 それでも僕の身長よりかはあるが、水源が近いほど植生も大きくなるはずだ。

 だよね?

 乾いた土より、水をでっぷりと孕んでいた方が植物もきっと嬉しいよね?

 「なにかある、この先に」

 木目を見ても、むしろまだ若い木であることが判明した。


 すると、茂みをかき分けて、途端に出た。

 「うおぁ!」

 そこには、大きな広間があった。そしてその中央には、水色に発光する湖があった。



 それはもうでっかな湖が――。

 

 

 「なんでだ?」

 さっき驚いて変な声が出てしまったのは置いといて、懐疑的な点がざっと三つ。

 二つ増えた。

 第一、今いる場所を境に、一切植物がなくなった点。

 「なぜ?」

 およそ五十メートル先に広がるのは湖だが、それを中心に半径五十メートル以内のところには一切の植物が見て取れない。

 それももうグルっと。よく見渡してもだ。

 「さては硫酸の泉か!?」

 僕は咄嗟に鼻をつまんで、口をフグみたいに膨らませた。

 「……だー、いやほんと、なにしてんだ僕。

  普通に考えて硫酸なワケないだろ」

 自分に呆れながら、自分でツッコむ。

 僕は咳払いをして、再び考えた。

 

 前提として、硫酸が発光するはずなかった。


 そうとなれば第二に、やはり湖が発光している点だろう。

 僕は歩いて、もう湖の畔まできていた。

 どっち道、のどが渇いてたから行くしかなかったんだ。

 貴重な水源。それも発光するときた。


 僕の好奇心も期待値も、ボルテージマックスになっていた。

 

 「ほう、ほうほう」

 水面からは、眩しいほどに光が発光し、それでいて底が見えるほど透き通った水質。

 僕は試しに、水を片手で掬って飲んでみる。

 「どれどれ、お味のほどは――


  んん! おいひい!」

 若干甘い。味がある。

 「え、なんでなんで!

  なんなのこの水!」

 しかもこの水を飲んでから僅か数秒で、体から力が湧き出てくるような感覚に襲われる。

 「まさか、この水。

  魔力を帯びているのか」

 

 

 そして次の瞬間。


 湖の中央から、突如、目を疑うほどの「巨影」が顔を出した。

 


 ――ざっぶうううううううううん!!!!!!!




 「う、うわあああああ!!」

 時すでに遅し。

 

 津波はいとも簡単に、僕の体を取り込んだ。

 

 「……うぐ」

 感じたことのない水圧。僕は手も足も出なかった。

 パニック状態。

 気づかなかった。

 まさかあんな巨大な生物が潜んでいたなんて。

 

 この津波が定期的にあったから、植物が生えていなかったんだ。

 

 鼻の中、胃の中、水が満タンまで入り込んで苦しい。

 意識が錯乱して、僕は死を覚悟していた。

 

 次の瞬間。

 

 ――づりゅりゅりゅ、スパンッ!


 なにかに僕は掴まれた。

 束の間、強引に水中から外へと引き抜かれる。

 「……っ、はぁ、……ぅ、」

 吐きそうだ。吐きそうながらも、必死に肺へと空気を送る。

 なんだ。なにが起きた。

 今度はなんだ。


 目はごぼごぼしていたが、なんとか開いて事態を掴む。

 

 僕のカラダは、真っ赤な触手で覆われていた。


 「ひぃやっっ!!」

 な、なにこれ。

 僕は戦慄した。僕を巻き付く吸盤が、その先にある化け物の顔が、僕の記憶を掘り起こした。

 

 絶望。恐怖。絶望。

 

 

 昔、こんな本を読んだことがあった。

 「勇者伝説 ~悪魔との遭遇~」

 典型的な、アステラ王国に伝わるおとぎ話だ。

 今から千年ほど前、かつて勇者一行と謳われた四人のメンバーと、雇われの身である傭兵およそ五百名が総勢して、魔王討伐に出立した。

 当時、魔界周辺で多くの人間が消えたことをきっかけに、国王同士が結託して、優秀な兵士を送り合った。

 

 そして結果として、数名の傭兵のみが、王国へ帰還することとなった。他全員は、死んだ。


 当時生き残りの傭兵らに聞いたであろうスピーチが、今でも数多くの歴史書に鮮明に記されている。

 「私たちは最初、脅威の根源たるは魔王だと思っていた。だが、違った――。

  真っ赤な悪魔。魔王城に辿り着く前、我々は森の中央にある巨大な湖の畔で休を取っていたが、

  湖の中から現れた「真っ赤な悪魔」によって、私たち兵士らは嬲り殺された。

  奴は楽しんでいた。殺しを、私たちが叫ぶ声を――


  ――最後に見えたのは、血より黒い八角の斬撃と、巨大な円盤だった」

 今もなお残り続ける、勇者伝説の一説。悪魔との遭遇。

 伝説の大魔獣――クラークスとの死闘を描いた物語だ。

 

 

 

 「そっか、ここは魔界の森だったんだね」


 

 僕を覗く目ん玉は、ざっと僕二人分。

 ギョロギョロと、焦点が合っていない。

 僕の目と口は、開いたまま閉じることはなかった。

 声に出ない声を腹の中から叫ぶ。

 必死に。

 たすけて。


 エスオーエス。


 瞬間浮かんだ師匠の顔も、すぐさま消え去った。

 師匠ですらこの化け物に勝てるか危うい。

 相手は、伝説の勇者一行を負かした相手だった。

 

 誰も僕を助けられない。


 束の間の絶望。連続の絶望。

 僕の胸の中には、虚無だけがぽっかりと残った。

 

 僕を取り巻く圧力は、次第に強さを増して僕を握りつぶそうとしていた。

 「なんでもっと早く、僕を殺さないんだ」

 楽しんでいた。コイツは僕を、殺しを楽しんでいる。

 顔も嘲笑っているように見えて仕方なかった。

 

 「師匠……あばあちゃん……」


 僕は泣いてしまって、声ももう出せない。

 人間は窮地でこそ本性が現れる。

 

 僕の本性は、かっこよくなかった。

 

 肋骨の骨が折れる音がする。

 もがき苦しんでも死ねない。あまりの痛さに、意識ももう飛ぶ寸前だった。圧倒的強者は、大敵は、無残に冷酷に、「死」という現実を僕に突きつけた。

 

 

 

 

 


 たったったったっ たっ


 

 ――――スパッ



 僕を囲む圧力が弱まった。

 苦しみから解放される。

 

 「な、にが……」

 

 ゆっくりと目を開けると、

 

 空中で白銀の髪を棚引かせた男が、――僕を抱えていた。


 咄嗟に見えたのは、そんな景色だった。

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