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行くぜっ!こもれび整体院  作者: 山崎奈緒


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#7 SE戦士の中西さん

 雑色商店街がある雑色駅は、京浜急行線の沿線にある。この駅から数駅、品川方面に向かうと国内屈指のSIer(システム構築会社)がある。コンピューターネットワークのシステム構築だ。

 その顧客・業務内容は、大手キャリア(通信会社)、巨大ポータルサイト、インターネットプロバイダ、大手ショッピングモール、動画配信サイト、官公庁システム、鉄道運用システム、海底ケーブル敷設など、とあらゆるインフラのシステム構築・運用・保守に広く関わっている。

 中西龍二は、その会社で通信キャリアのネットワーク関連のSEをしている。いわゆるシステムエンジニアだ。


 中西は、そもそも社会人として始めからSEをやっていた訳ではない。前職は派遣社員で事務員をやっていた。年代的には就職氷河期世代で、派遣はあたりまえだ。不安定な派遣社員から抜け出したいのと、前から興味があったコンピュータ関係の仕事に就きたいと思っていた。 

 そこで、仕事のない週末を利用して、最寄り駅近くのIT関係の専門学校に通うことにした。 


 専門学校に行き、Linuxを学習したいと相談した。しかし、30歳を超えていたこともあり、プログラム言語の習得は厳しいと告げれ、代わりにネットワークをすすめられた。

 詳しいことはよく分からず、素直にネットワークを学習することになった。


 具体的にネットワークとは、サーバーやパソコンを中継するルーターやスイッチなどのネットワーク機器で、アメリカのシスコという会社が最大手だ。

 身近なところだと、スマホで接続する無線Wi-Fiルーター(無線LANルーター)も、その対象になる。

 これらを設定することを学習する。最初は、スイッチにコンソールケーブルをパソコンと接続する。スイッチにログインしたら、コマンド入力して、各LANポートを設定する。


 学習する上で、ちょっとややこしいのが、IPアドレスだ。

 IPアドレス(Internet Protocol Address)とは、インターネットやLANなどのネットワークに接続されたスマホやPC、サーバーなどの各機器に割り当てられる「ネット上の住所」のような識別番号だ。

 通信相手の機器を特定し、データを正確に届けるために必須の仕組みで、「192.168.0.1」のように数字で表現される。


 コンピュータは、二進法で演算処理されるので、ちょっと変わった表記となっている。ここを理解すれば、ネットワークは楽しくなる。

 中西は数ヶ月間、学習するとシスコの初級レベルの認定資格試験を受験して、パスした。

 そして、都内の転職フェアに期待せずに普段着で行ってみた。各ブースをうろうろしてると、IT関連会社があり、何となく説明を聴いてると、面接することになり、採用まで決まってしまった。

 冒頭に説明した会社の協力会社だ。派遣のような業務形態だが、一応正社員として入社した。この時すでに、中西は34歳になっていた。

 

 当然、新人時代は年下の先輩社員にあれこれ教えてもらった。大きな会社のプロパー社員は、高専卒業後、数年の方が多く、みな優秀であった。ゲームやアニメ好きが多く、中西も早く馴染んだ。

 いくつかのプロジェクトを渡り歩き、大手通信キャリアのシステムに携わっていた。

 京浜急行線の横須賀方面にちょっと変わった駅名の駅がある。そこで朝、下車すると、バス乗り場に行列がいつも出来ている。そこから、バスで10数分のところに現場があった。


 大手通信キャリアの研究施設だ。正面ロビーに入ると、ここで発明された最初の携帯電話がケースの中に展示されている。白色で大きなトランシーバーのような形状で、おそらく電池部分が大きかったのであろう。

 入館手続きを済ませて、首から下げたICカードでドアを開錠して、4階の作業部屋に入った。

 サーバーやネットワーク機器が収まった19インチラック(と呼ばれる)や電源の分電盤が並ぶ、サイバー空間だ。各機器の冷却ファンの音がうるさい。


 中西は先に到着していた同僚達に挨拶すると、スーツの上着を脱ぎ、紺色の作業着を着て、静電靴に履き代えた。

 Panasonicのモバイルノートパソコンをバックから取り出して起動させた。

 この施設には、いろいろな研究開発がされているが、中西が担当しているのは次世代ネットワークのコアシステムの検証環境(テストベッド・Testbed)だ。

 重要なシステムを構築する場合、本番で使用する商用環境とは別に、テストや実証実験する検証環境を必ず構築する。商用環境だとサービスを提供出来なくなり、不具合等のあれこれを評価・試験出来ないためだ。

 

 中西の今日の作業内容は、このコアシステムで使用する巨大ルーターの電源投入だ。価格は都内で新築住宅が買えるような値段である。

 システムを構築する上で、よく使われるキーワードがいくつかある。高可用性、安定性、冗長性などだ。

 システムをダウンさせないための高可用性・安定性を作るには、ハードウェア機器を壊れる前提で構成する。それには機器を複数台使用して、冗長をはかり、重大な故障やインシデントに対処する。


 巨大なルーターは19インチラックにマウントされていた。裏側には太い直流電源ケーブルも接続済みだ。

 中西は、白い静電手袋を両手にはめ、更に静電気防止ケーブルを手首にはめ、万全の対策をした。とにかく電子部品は、静電気に弱い。隣りの同僚にも一応確認した。

 ネットワーク機器やサーバーは、自宅用のパソコンと違い一度電源を入れると、故障でもない限り電源を落とさない。電源投入をベテランエンジニアは、「火を入れる」と言ったりもする。


 中西はモバイルノートパソコンからコンソールケーブルをルーターに差し込んだ。ルーターから吐き出される起動ログを収集するためだ。

 パソコンの準備もようやく出来たので、電源投入した。ルーターの冷却ファンがうなるように鳴った。機器の前面あるランプが点滅した。ちょっとタインミングがおくれて、ログが出てきた。 

 警告やエラーが無いか、シスコIOSのバージョンなどを確認していった。特に問題は無さそうだ。同じ作業をしていた隣りの同僚も、問題無さそうだった。

 床にノートパソコンを置いて、あぐら座りでログを見つめていた。腰が痛くなってきたが、なんとか誤魔化した。

 中西は電源投入作業を終えると、午後はプロジェクトの定例会議に出席して、帰社した。


 数日後、中西は夜、池袋駅からほど近い別の通信キャリアの局舎に居た。

 局舎とは、昔、電話交換機があった場所で、今では全てネットワーク化されているので交換機が無くなり、代わりにネットワーク機器やサーバーが収容されている携帯電話通信機器用中継所だ。東京のような大都会では、このような施設がひっそりと点在している。


 システムを安定して運用するには、とにかく分散させるしか無い。停電や地震などの自然災害があっても重要なインフラとして、ダウンさせる訳にはいかない。どこかがサービス停止しても、別の場所につながるようにする。

 例えば、大手銀行のシステムは、東京と沖縄にサーバーを設置して、常に情報を同期させている。言わば、システム冗長だ。


 中西の夜間の作業は、商用環境でサーバーのファイル更新だ。略して、「F更」と言ったりもする。

 商用環境で作業する場合、基本的に深夜の時間帯に行われる。不測の事態でミスしても、サービス停止を最小限にするためだ。

 中西は昼間、通常の業務をこなして、現場に入った。前に関わっていたプロジェクトであったので、断れなかった。この業界も人手不足なのだ。


 中西はネットワークの認定資格を取得した後、Linuxとデーターベースのオラクルの認定資格も取得していた。インフラ担当のSEとして、これからの知識も必要だった。

 商用環境のサーバーOSは、ほとんどがRedhatなどのLinuxベースだ。今回は、Linuxのファイルサーバーのファイル更新だ。


 深夜ということもあり、局舎内は人が少ない。着替えを済ませて静電靴を履き、19インチラックの架が立ち並ぶコンピュータ室に同僚と入った。

 コンピュータ室は過熱しているCPUを冷やすため基本的にどこも寒い。人間ではなくコンピュータ優先の環境だ。冷却ファンの音はうるさいが、昼間の疲れで眠気が襲ってくる。コーヒーを我慢して、作業に入った。


 現場にある保守用の回線(局舎内の全ての機器にアクセス出来る)から、対象のファイルサーバーにtelnetコマンドでアクセスする。

 作業内容は、全てA4用紙に印刷されている。中西は入力コマンドを読み上げて、同僚がキーボードに打ち込む。二人で入力コマンド文字列を指差呼称して確認して、エンターキーを押す。

 この作業の繰り返しだが、商用環境でミスは許されないので、緊張感はある。眠気は無くなっていた。

 作業ログを保存して作業が終わると、自販機がある休憩室に行き、始発電車が動くまで座って気絶するように寝むった。

 

 仕事柄、徹夜作業はたまにあるが、中西には年々キツくなってきた。そして、一日中パソコンに向かって作業するのもキツくなってきた。目・肩・腰の負担は重く、職業病と言える症状も出始めた。同僚も腰痛持ちが多い。。。

 午前中、いつものように出社したが、背中が全体的に張り、身体はダル重く、正直辛かった。上司に午後休の申請をして、午後は休むことにした。

 京浜急行沿線の整体・マッサージのお店を検索して、雑色駅のこもれび整体院に予約して、店に向かった。


 店に入ると、看護婦姿の受付女性が、明るく挨拶してきた。

 「いらっしゃっいませ〜。」

 妙に肉感的な姿にちょっと戸惑っていると、やや大きな白いイヌが足元にすり寄ってきて、すぐに店の奥に戻って行ってしまった。

 「準備しますので、腰掛けて少しお待ちくださいね〜。」

 と優しい笑顔で言われて、中西はちょっと癒された。

 

 ほどなくすると、整体師の野崎がやって来た。

 「野崎と申します。よろしくお願いします。

 今日はどうされました?」

 野崎は挨拶すると、小上がりの方に促した。

 中西は、症状や日常の仕事のことなどを説明した。

 野崎は、うつ伏せになるように言って、腰背部をゆっくり揉みほぐしながら、話し始めた。


 「分かりました。いろいろありがとうございます。

 身体の状態は、猫背で姿勢が悪くなってます。パソコンを使うお仕事なので、ある程度はやむを得ないです。

 姿勢が悪いくなると胃が下がりやすくなり、内蔵を圧迫して臓器の血行が悪くなります。当然、内臓の働きも悪くなります。

 次に、肺や肋骨も縮こまって十分に広がらないので、呼吸が浅くなり、酸素を取り込めないので疲れやすくなります。」


 「そうなんです。ここのところ、寝ても疲れが取れないんです。」

 「疲労が蓄積してますね。睡眠や栄養を充分に取ること、そして、姿勢を治していくことが重要です。脚の筋力もやや低下しているのも、気になります。

 整体やマッサージは筋肉に作用するので、運動に似た効果があります。今夜は寝付きが良くなると思います。」


 うつ伏せのまま、膀胱経にある筋肉を足までほぐすと、仰向けになってもらい、両上肢と両下肢の軽い運動とストレッチを行った。

 更に、頭頂の方から両手を入れて、頸肩部を丁寧にほぐした。

 野崎は大きいバスタオルを掛けて、施術後は、10分間ほどそのまま休んでもらった。


 野崎は中西に声を掛けた。

 「お疲れ様でした。そろそろ、ゆっくり起き上がってください。どうでしょうか?」

 中西は小上がりから立ち上がった。

 「体が軽くなって、スッキリした感じです。

 こんなに変わるもんなんですね〜。

 ありがとうございます!

 同僚にも腰痛持ちがいるんで、おすすめしてみます。」


 「おお〜、良かったです!

 さすがに、一回では全て治らないので、よろしかったら、またご来店ください。」

 「ありがとうございます!また来ます!」

 中西は会計・予約を済ませて、軽い足取りで出て行った。

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