#2 アトピーの萌音ちゃん
東京都大田区、雑色商店街のはずれにある、こもれび整体院。そこの受付の真由美さんは、整体師野崎晴雅の遠い親戚ではある。妙に肉感的で、着ている制服も事務員風ではない。昭和感があるナース服で、胸の谷間も見えて、スカート丈も短い。もはやコスプレだ。
店主の野崎の趣味ではなく、真由美さん本人の趣味で好き勝手で着ている。年齢は不詳で、いわゆる美魔女だ。
野崎はそこらへんの細かいことは全く気にしないタイプなので、問題ない。むしろ、治療代や予約のやり取りは苦手なので、真由美さんには大変助かっている。
店内は患者さんがいなくなり、看板犬のモフモフちゃんも眠そうだ。
野崎は真由美さんに伝えた。
「ちょっと空いたので、出ますね〜。20分か30分くらいで戻ってきま〜す。」
スクラブの上にパーカーを着て、商店街を歩きだすとお肉屋さんを目指した。雑色商店街はお惣菜を売るお店が多い。この周辺は住宅地や町工場が多いからか。
ちなみに、羽田空港から近くアクセスもいいので、そこで働く方も多く住んでいるらしい。
野崎が出掛けてた目的はラードで揚げたコロッケだ。子どものころから大好きで、よく訪れる。
お肉屋さんのガラスケースが見えてきた。
「こんにちは〜。コロッケ2個と別に持ち帰り用で2個ください。」
「あいよ〜。」
店主のおじさんが元気よく応えた。
支払いを済ませ、コロッケを受けとると、すぐ食べ始めた。揚げたてで熱いけど、まわりはカリカリで美味しい。
コロッケを食べながら、お店の奥に視線を向けると娘さんの萌音ちゃんが浮かない顔で座っていた。
おじさんにたずねた。
「萌音ちゃん、元気なさそうだけど、なんかあったの?」
「ちょっと足を怪我してサッカーの練習を休んでたら、アトピーになってね。夜中も、かゆみが出てよく眠れないそうで、皮膚科には連れて行ったけど、なかなか治らなくてね〜。
大好きなサッカーの練習も休みがちで、何とかしてやりたいんだけど、よくわからなくてね〜、困ってるんだよ。」
オレは萌音ちゃんに声を掛けた。
「萌音ちゃん、お久しぶり〜。大きくなったな。4年生だっけ?」
「5年生だよ!」
ちょっとキレ気味だ。
「ごめんごめん。早いね〜。コロッケも食べ終わったし、時間があったら、オレの整体院に行かない?
治るかわかんないけど、アトピーちょっとみさせてよ。」
「えー、本当に〜!治るの?」
「やってみないと分からないけど、がんばるからさ!」
「ありがとう!お父さん、ちょっと行ってくるね!」
おじさんは、笑顔で見送ってくれた。
オレは萌音ちゃんと商店街を並んで歩きながら話し始めた。
「萌音ちゃん、多くの病院は皮膚科もそうだけど、西洋医学に分類されるんだよ。それに対して、オレがやってる整体は東洋医学なんだ。
東洋医学は中国あたりで発展した医療で、ちょっと独特なんだよ。例えば、気・血・水、って聞いたことがある?」
「いつだかCMかなんかで見たような。。。」
「あっ、CMであったかも。東洋医学はその気・血・水のバランスを重視するんだよ。どれかが多すぎたり、少なすぎると病気になる、という考え方なんだ。
気というのは、英語でいうとエナジー、エネルギーだな。元気いいね〜、みたいなイメージ。
血というのは、血液や血流や血行のイメージ。栄養や酸素を体中の細胞に送る大事なところだな。
水というのは、逆に細胞から出てくる余分な水分や老廃物を回収するリンパ管みたいなイメージなんだよ。」
「こんな感じなんだけど、分かるかなぁ?」
「何となくは分かるけど、なんか、イメージが多いね。」
「そうなんだよ。遠い昔に出来た考え方なんで、現代の医学ほど厳密じゃないんだ。まあ、それぞれの働きが今ほど細かく分かってなかったしね。
それでも、身体全体でそれぞれのバランスをみていくという考え方は、なかなか良く出来ているんだよ。」
「例えば、萌音ちゃんが診てもらった皮膚科だったら、皮膚を中心に診る。足を怪我したら整形外科で怪我したところを治療する。局所に集中してね。
それはそれで間違いじゃないんだけど、上手く治らない場合があるんだ。残念だけど。」
萌音ちゃんは神妙な様子で聴いていた。
「アトピー性皮膚炎は現代の医学だと、皮膚のバリヤ機能低下とか免疫やアレルギーによって発症すると考えられているんだ。もちろん、そのアプローチで治ることもあるけど、治らない場合も、まあまああるんだ。
そこで、オレがやっている東洋医学の整体が登場する。さっき話した気・血・水の水に着目するんだ。水のリンパ管で老廃物を流す機能が正常に働いているかな、ということなんだよ。」
話していると、こもれび整体院に到着した。オレは真由美さんにおみやげの、ほんのり温かいコロッケを手渡した。真由美さんは優しく微笑んだ。
「いつもありがとう!ここのコロッケ、美味しいんだよね〜。
萌音ちゃんも一緒なんだね〜。」
「先生に誘われて来ました〜。」
モフモフちゃんもすり寄ってきた。萌音ちゃんは楽しそうに犬をさすっていると、準備していた野崎が声をかけてきた。
「萌音ちゃん、そろそろこっちに来て、横になってよ。」
「は〜い。」
と少女らしい高めの声で応えて、横になった。
「ちょっと皮膚の状態を見させてね。
まあまあ赤くなってるね。かゆいよね〜。夜中も掻いちゃったりするかな?」
「そうなの。いけないのは分かってるんだけど、どうしても寝てる時に引っ掻いちゃうんです。」
「だよね〜。わかるよ〜。オレもよくポリポリかいちゃうもん。」
オレは、めくり上げた袖と裾を戻しながら、説明した。
「病状は、だいたい分かったよ。アトピー性皮膚炎だけど、それほど重症じゃなくて安心した。
じゃあ、これからやってくね。痛いのはやらないから、うつ伏せになって楽にしててね。」
体を冷やさないように、大きめのバスタオルを掛けてから背中をほぐし始めた。
まだ成長途中の小学生の身体だ。無論、刺激量であるドーゼ(施術の強さ・圧)は最小限にしなければならない。
伏臥位のまま背中から腰部、脚へとほぐしていった。どの筋肉も弾力があり、柔らかい。
「萌音ちゃん。ところで、足の怪我は、もう大丈夫かな?」
「試合中に相手の選手とゴチャついた時に、たまたまふくらはぎを蹴られたんだけど、軽い打撲といわれたよ。今はもう痛くないし大丈夫です。」
「おお〜、良かった。
じゃあ、今度は仰向けになってね。お腹が上で楽にしてね〜。」
オレはバスタオルを掛け直した。
腕を少し持ち上げて、手関節、肘関節の可動域を確認した。問題は無さそうだ。
そして、肩関節を最初は小さく、徐々に大きく回転させた。
「さっき、水のリンパの流れが悪くなるとアトピーの症状が出やすくなる、みたいな話しをしたよね。今やってる肩関節みたいな可動域が大きい関節をよく動かすと、リンパ液の流れが良くなるんだよ。特に、股関節と肩関節が重要なんだ。
じゃあ、今度は脚の方をやってくね。」
腕を静かにストレッチマットに戻した。
オレは脚の方に移動して、手をお腹の中心と鼠径部に優しく添えた。目をとじて、萌音ちゃんの呼吸に自分の呼吸を合わせた。手の下の血管、リンパ管、そして、気の流れに集中した。
数呼吸していると意識は冥界に入ってるようなぼんやりした感覚になった、軽く浮遊感も感じた。萌音ちゃんとほぼ一体になってる感じだ。
さらに、肝経の経穴である急脈と腹部に意識を集中した。両手が次第に熱くなってきた。しばらく、そのまま続けた。
ほどなくして、オレは手を離し、目を開けると、萌音ちゃんはキョトンとした表情だ。なんなのこれ、と心の声が聞こえそうだ。
「お腹やツボを温めると治療効果が倍増するんだよ。じゃあ、次は脚を動かすね。」
腕と同じように、足関節、膝関節の動きを確認した。
次に股関節の動きを確認する。脚をゆっくり持ち上げて、初めは小さく、そして徐々に回転を大きくしていく。
さすが小学生だ。柔軟性があり、動きも滑らかだ。これだけ動けば、サッカーもやっているし、問題なさそうだ。いつもの施術より多く運動した。
脚を静かに降ろして、深呼吸を数回させた。バスタオルを掛け直して、そのまま数分間、休ませた。
「萌音ちゃん、治療は終わったよ。
どんな感じかな? 痛みとか出てないかな?」
体を起き上がらせながら、話しを聞いてみた。
「痛みは無いけど、なんか、ちょっと眠たい。
でも、体は軽くなって、スッキリしてる。
先生、ありがとう!」
「どういたしまして。
さすがに、一回の治療じゃ治らないけど、もしよかったら、来週も来てよ。今日のお代は、いつも美味しいコロッケやお肉でお世話になってるからサービスな。お父さんによろしくな。」
「ありがとうございます!」
そう言って、萌音ちゃんは元気にお店を出て行った。
一週間後、萌音ちゃんが踊るような足取りでやって来た。
「先生! あの夜あたりから、かゆみが少なくなったよ。赤いところも減ってきて、お薬も減らしたよ。ありがとう!
もっと治したいから、先生、またお願いします!」
「おお〜、良かった! あと何回かやれば、かゆみもおさまって、皮膚もキレイになるよ。また元気にサッカー出来るように、がんばるよ。」
そう応えて、野崎は頬をゆるめながら治療を始めた。




