#1 河川敷の小林さん
広い青空の下、東京多摩川の河川敷で派手なTシャツを着たオレ(野崎晴雅)は、やや大きな犬とじゃれあって遊んでいた。犬は白い毛がモフモフしたサモエドだ。
その青年の見た感じは、どう見てもなんかバカっぽい。
ひとしきり遊んでから、帰りのモフモフちゃんの散歩途中に、おじいさんが手押し車の歩行器に手をかけて、苦しそうに膝を地面につけていた。
オレはつらそうなおじいさんを見つけると、素早く駆け寄って声をかけた。
「大丈夫ですか!どうされました?」
「珍しく朝、調子が良かったから河原まで出て来たら、腰が痛くなってしまってな。。。」
「腰、痛いですよね〜。もし、よかったら、腰をさすりますよ。」
と言ってパーカーを脱ぎ、そこへ横になるように促した。
「なんか、すまんな〜。」
「いえいえ、いいんですよ〜。犬の散歩の途中だし。」
とさわやかな笑顔で応えた。
モフモフちゃんのリードは緊急なのでオレの足首に結んでから、話しを続けた。犬はそばで大人しくしていた。
「横向きで、楽にしてくださいね〜。」
オレは優しく腰部に手を当てた。
「痛いのは、ここらへんですかね〜?」
「もうちょっと下のあたり。そうそう、そこらへん。。。」
オレは患部が温まるようにゆっくりさすって、さらに声をかけた。
「今朝はちょっと冷え込んでたから、腰を冷やしたかもしれないですね〜。」
手当てを続けてほどなくすると、つらそうだったおじいさんの表情がゆっくり和らいできた。
「ちょっと痛みが引いてきたよ。これなら自宅まで歩けるかも。。。」
おじいさんは、さらに優しい笑顔になった。
おじいさんはシルバーカーに手を掛けると、ゆっくり立ち上がった。
そして、腰をかがめてかばいながら、そこで足踏みを数回した。
「痛みはどうですか?」
「ちょっとまだあるけど、おかげさまでこの感じなら自宅まで行けそうだよ。ありがとう。」
「よかったです!気を付けて、ゆっくりお帰りなさってください。」
おじいさんは背骨が大きく丸まっていたが、狭い歩幅でそろりと歩き出した。オレはしばらくおじいさんの様子を見届けてから、モフモフちゃんを連れて帰った。
翌日、大田区の雑色商店街のはずれにあるオレの店(こもれび整体院)にあのおじいさんは、電動シニアカーに乗って突然やって来た。お店で寝ていたモフモフちゃんも顔を上げて反応した。
「おお〜、いたいた!昨日は、すまんかったな。おかげさまであの後、無事に帰れたよ。助かった。けれども、今日になったらまた痛みがぶり返してきてな。工場の社員さんたちに、白いモフモフした犬を連れた派手なシャツを着た青年をたずねてみたら、このお店を教えてもらってな。また、腰をみてくれんかのう。」
おじいさんは、つらそうながらも、にこやかに話した。
「大丈夫です!わざわざお店まで、ありがとうございます。整体師の野崎晴雅と申します。この間は、挨拶もしないで、すいませんでした。」
「いやいや、いいんだよ。こちらこそ、助けてもらってな。ありがとう。私は小林信夫です。よろしくな。」
「このお店は訪問もしているので、きつい時は電話くださいね。では、こちらにゆっくり横になってください。」
と応えて、オレは治療する小上がりへと促した。
靴を脱いでおじいさんは、手すりを握りながら、二畳ほどの広さのストレッチマットに上がってきた。強烈な痛みは無さそうだ。その間、オレは小林さんの腰を支えながら動作のサポートをした。小林さんは横向きに寝た格好になり、やや落ち着いたようだ。
腰をささりながら、オレは話しを続けた。
「ここいらへんに、お住まいなんですか?」
「そうなんだよ。ここから多摩川寄りの方でな、もう息子に代替わりしたんだが、自宅の隣りで町工場をやっているんだよ。去年、パーキンソン病に罹ってな、それからは引退して隠居生活さぁ。」
パーキンソン病は、脳の神経物質の減少による疾患で、主に運動機能に障害が出る。手の震えや歩行困難など症状はさまざまだ。
背中や首肩の状態を手で確認しながら、オレは更に話しを続けた。
「小林さんは、どんなお仕事されてたんですか?」
「私は、そもそも東京で生まれでな。若い頃は戦争に行ったんだよ。軍艦の機関、エンジンの仕事をしててな。戦争も最後のほうは、多くの船がやられて沈没したんだが、なんとか生きて帰ってこれた。終戦したころの東京は食べ物もろくになくてな、餓死する人もいたくらいだったんだよ。」
マットの上で背中を丸めた小林さんは、話しを続けた。
「そんな中、今度は米軍に雇われたんだよ。機関のエンジニアが少なかったんだろうな。赴任先は沖縄だった。もちろん仕事ではあったが、青い海、美しい砂浜、冷房が効いた部屋、美味しいステーキ肉。東京では考えなれない別世界の天国だったよ。」
オレは首肩部と股関節あたりから足先まで硬くなった筋肉をほぐしながら、さらに話しを聴いた。
「米軍基地での仕事を数年やったあと、東京に戻ってきた。東京の実家はそのころ小さな町工場をしていてな、ネジとか作っていたよ。私は昔から機械いじりが好きでね。ネジ作りのかたわら、精密機器作りに挑戦したんだよ。戦艦のエンジンとは、真逆だな。」
と言って小林さんは、目を細めて頬をゆるめた。
「そりゃ、始めはなかなか思うような製品が出来なかったけど、ちょこちょこ試行錯誤してな。面白かったよ。スケールの大きさは違っても機械だからな。しつこくいろいろ作ってたら、半導体製造装置の会社に呼ばれてな。半導体関連は、やたら細かくてな。頼まれていろいろ作ったよ。そうこうしてるうちに、携帯電話やら最近はスマホやらで忙しくなって、息子に手伝ってもらうようになってな。。。」
話しを続ける小林さんの大きな手が、全てを物語っていた。
しかしその後、ほがらかだった表情を少しこわばらせた。
「一昨年あたりから、手に震えが出るようになってな。最初はダマシダマシやってたけど、もうどうにもならなくなってな。病院で検査したらパーキンソン病だった。最近はいい薬もあって、震えはまあまあおさまっているけど、腰痛がなぁ。。。
先生、痛みはとれますか?」
オレは応えた。
「腰の骨が浮き出るくらい、背中が大きく丸まって、腰、痛いですよね。けど、少しでも痛みが取れるようにがんばります!」
ほぐす施術をやめてから小林さんの背中と腰に手を当てて、小林さんの呼吸に集中した。そして、その呼吸にオレの呼吸も合わせて同調した。
数呼吸するとオレはトランス状態に入ってうつろな意識になった。
すると、勝手に手が動き出した。
何だ、これは。
片手は腰、もう片方の手は股関節に当てていた。
胆経のツボー環跳だ。
胆経の精霊・精気がオレに乗り移っていた!
オレは小林さんに無意識に気を送っていた。
数呼吸すると手を離した。そして、少し間をおいて、まだちょっとぼんやりする意識の中、小林さんに声を掛けた。
「小林さん、痛みはどうですか〜?
ちょっと軽く脚を曲げ伸ばし、してみてください。」
「先生!楽になったよ。ありがとうございます。」
「小林さん、よかったです。
腰の曲がりが強いので、一回では治りきれないかもです。もしよかったら、次回また治療させてください。ありがとうございます。お大事になさってください。」
小林さんは、そろりと立ち上がり、そして、ゆっくりシニアカーに乗った。オレはその一連の動作を確認した。受付の真由美さんのところで、会計と次回の予約を済ませて、小林さんは帰って行った。




