レンの事情
レンの表情は兜を被っているので見えない。
けれども本気であるという圧がビシバシと伝わってきた。
「結婚って簡単に言うけれど、一人だけの問題じゃないのよ。わたしの親はいいとして、あなたの親族がきっといい顔をしないわ。それにあなたはまだ若いから、その、ご意見番のじいやとかいるんじゃないの?」
レンはわたしよりも二歳年上なので、今は二十歳だ。
若くしてアイスコレッタ公爵家の当主になるなんて、大変だっただろう。
「実は、親族は全員、亡くなっていまして……」
「なっ……嘘……!」
「わたしが神学校を卒業した年に、領地にある屋敷が火災で全焼したんです」
なんでもアイスコレッタ公爵家の領地では新年会が開かれていて、各地から親族が集まっていたという。
当時、わたしは富裕層に向けた商売に必死で、貴族のニュースにまったく目を向けていなかった。
それだけの規模の火災であれば、大きく報じられていたはずなのに。
「ごめんなさい、知らなかったの」
「いえ、あまりにも被害が大きく、亡くなった人も多かったので、報道規制されていたようで、普通に暮らしていたのであれば、耳に届かなかった事件だと思います」
報道規制なんてありえるのだろうか?
火の不始末による火災らしいが、屋敷が全焼するなんて聞いたことがない。
誰かが作為的に火事を起こしたとしか思えないのだが。
でも誰が?
アイスコレッタ公爵家に恨みを抱いていた者の犯行なのだろうが……。
「でも、お父様ではなく、あなたが爵位を継いだ理由は? お父様は継承権を放棄されていたの?」
「いえ、父……母もなのですが、二人とも馬車の事故で……」
驚いた。ご両親まで亡くなっていたなんて。
つまり、レンは天涯孤独の身というわけなのだ。
「子どものときから、あなたのことをよく見ていました。明るくて、主張がはっきりしていて、誰が相手でも態度を変えることがない、気ままな様子を」
「ただの世間知らずで我が儘な子どもだったと思うけれど」
「私には眩しく映っていたんです」
もしもわたしが大人になっても変わることなく、さらに独身でいたら結婚を申し込むつもりだったらしい。
「あなた、変わっているわ。ヒルディスじゃなくて、わたしを選ぶなんて」
「自分の人を見る目は確かであると、信じています」
性格がよく、健康で見目麗しい。聖騎士としての在りようも立派で、おまけにアイスコレッタ公爵という爵位も所持している。
結婚相手なんて引く手あまただろうに、あえてわたしを選ぶなんて気が知れない。
「わたしは自分の生き方を変えることはできないわよ。これからもマルティナ夫人と一緒に商売は続けるつもりだし、今日みたいに夜会に参加して、家に戻らない日もあるし。貴族の礼儀作法なんてのも知らないから、社交もできないわよ」
「構いません。結婚してもあなたはあなたが思うように、好きに生きてください。それが私が結婚したいと思ったヴィオラさんですので」
アイスコレッタ公爵である彼との障害なんてないようだ。ここまで言われてしまうと、拒絶する理由が思いつかない。
何度目かの人生でレンとの結婚を目標に掲げたときは、擦りさえしなかったというのに。
「少し考えたいわ。マルティナ夫人にも相談したいし」
と、ここでこれまで何をしていたか、レンに話していなかったことに気付く。
「ごめんなさい。言っていなかったわね。わたしは八年前、シュヴァーベン公爵邸を離れてから、マルティナ夫人と一緒に働いていたの」
「そうだったのですね」
神学校時代は外部の情報が遮断されており、聖騎士になってからもわたしに関する噂などは入ってこず、わたしがマルティナ夫人のもとにいることを知ることはなかったようだ。
「八年前に、助けの手を差し伸べることができたら、と思っていたのですが、あの頃の私はまだ子どもで……」
たしかに、レンの実家に転がってもただの穀潰しになって迷惑になっていただろう。
「けれども十歳のあなたは自分で生きる道を切り開いたのですね」
「運がよかっただけよ」
エドウィン・フェレライの浮気の情報を握っていたので、マルティナ夫人の信用を勝ち取ることができたのだ。
ただの十歳の少女ができたことではないだろう。
「わたし達、これまでよく頑張ったと思わない?」
「私も、ですか?」
「もちろん! あなた、とっても頑張っていたわよ」
すると、レンは「はーーーーーーー」と盛大なため息を吐く。
その反応にギョッとしてしまう。
「わたし、余計なことを言ったかしら?」
「いいえ、肩の荷が下りたように感じて……。ありがとうございます」
どうやら心配は杞憂だったらしい。
「また、会ってくれますか?」
「そうね」
レンとはもう会わないほうがいいと思っていた。
けれども彼はわたしと会うために、想像を絶するような努力を続けていたのだ。
そんなレンに「会えない」と言えるほど、わたしは残酷ではない。
「いいわ、また会いましょう」
「ありがとうございます」
レンとわたしの再会は、このようにして終了したのだった。




