不審な求婚
我が耳を疑うような申し出が聞こえ、目が点となる。
「え、あの、どうしたの突然!? 冗談じゃ……」
「本気です」
これまでにない熱量でレンが話しかけてくる。
「実を言えば、大聖女様の婚約者候補に名が上がってしまい、困っているところでして」
「あなたがヒルディスの婚約者候補ですって!? いったいどうして!?」
これまでの人生では、ヒルディスとナイトの野郎が婚約し、将来結婚するということに変わりはなかった。
いったいなぜ、レンがヒルディスの婚約者候補になったのか?
「アイスコレッタ家は王家に連なる家系ですので」
「そうだったのね」
アイスコレッタ家は公爵家だったか。
ナイトの野郎が年齢的にはヒルディスとつり合っていたのだが、そこに聖騎士であるレンが加わると話は別らしい。
聖教会側も夫が聖騎士であったほうが都合がいいのだろう。
「そういえばあなた、さっき〝フォン・アイスコレッタ〟と名乗っていたけれど、子どものときは違ったわよね?」
「ああ、それは……跡取りが亡くなって、続くようにご当主様が亡くなったものですから、わたしにアイスコレッタ家の爵位が下りてきたんです」
「つまり今、あなたはアイスコレッタ公爵だってこと?」
「はい」
まさかの事実に仰天する。
レンがアイスコレッタ公爵の爵位を継いでいたなんて。
王家に連なる一族の当主で、かつ聖騎士。ヒルディスの婚約者に選ばれるわけである。
「だとしたら、余計にわたしへ結婚を申し込むことが理解できないんだけれど」
「それは……」
何か理由があるのだろうが、レンは口を閉ざしてしまった。
「ヒルディスと結婚するなんて、とか謙遜しているの?」
「そういうわけではありません」
「はっきり言いなさいよ」
このさいだ、全部吐かせてやる。そんな覚悟で話を促した。
「実を言えば、大聖女様とは聖力の波長が合わず、居心地が悪くなってしまうのです」
「そうだったの?」
「ええ……」
聖力というのは、魔力と同義である。
どちらを使っても構わないのだが、信仰心が高い者は聖力という言葉を使いたがるようだ。
「だったらどうして、ヒルディスの護衛なんてしているのよ」
「それは――」
レンは言いかけ、まっすぐにわたしを見つめた。
「何よ?」
「あなたに会うためです」
「なんですって!?」
これも冗談ではなく、本気らしい。
「八年前、あなたがいなくなって、私は聖教会で探す決意をしたと、つい先ほどお話ししたとは思いますが――」
レンの想定にはなかった未来が待っていたという。
聖教会に入り正規の聖騎士となったレンは、すぐにアイスコレッタ公爵の爵位を継ぐこととなった。
「爵位を持ち始めた途端、周囲の人達の態度が変わったんです」
子ども時代、ほとんど話しかけられることがなかったヒルディスとも、交流するよう聖教会の上層部から打診があった。
「正直、大聖女様の印象は幼少期の、その……」
「神経質な感じ?」
わたしがはっきり言うと、レンは頷く。
そのイメージが強かったので、おっとり優しい性格になっているヒルディスを前にしても、違和感しか覚えなかったようだ。
「聖教会の上層部が、私と大聖女様の仲を取り持とうとしているのは感じていました」
レンがヒルディスを受け入れることができないのは、幼少期からのイメージの相違だけではない。
聖力の相性が悪かったのだ。
「はっきり上層部に申したのですが、しばらく一緒にいれば慣れるの一択で」
聖教会でわたしを見つけることもできないし、各地を巡礼する聖騎士になろうか、なんて考えていた矢先、ヒルディスが思いがけないことを言い出したという。
「彼女は言いました。あなたがどこにいるか知っていると」
聖騎士として護衛を務めていたら、いつか教えてあげる、と。
そんなことを言っていたという。
「あなたはそれで、ヒルディスの護衛騎士で在り続けたと?」
「はい」
わたしを見つけた以上、ヒルディスの傍にいる理由はない。
それで夜会を抜け出してまでわたしを追いかけてきたのだろう。
「あなたはわたしを、秘密を共有する仲間として特別視していたのよね?」
「はい」
「でも、成長したわたしを見て、がっかりしたんじゃないの?」
ヒルディスみたいに清楚感は欠片もないし、派手なドレスを着て、賑やかな場所にばかり顔を出し、華やかな暮らしを送っている。
聖騎士であるレンには、俗っぽい存在に思えてならないだろう。
「いいえ、がっかりしていません。むしろ、子ども時代となんら変わっていなくて、とても安心しました」
「変わったでしょう?」
レンは首を横に振る。
「そういうあなただからこそ、結婚を申し込んだんです」
話は振り出しに戻ってしまった。




