対話
レンの申し出を断ったら、ヒルディスにわたしの秘密を喋ると言っていた。
ここは応じるしかないのだろう。
差しだされた手に、そっと指先を重ねる。
「今、どちらにいるのですか?」
「ホテルよ」
どうせ詳しく調べたら、わたしがマルティナ夫人と手を組んで商売をしていることなどバレてしまうだろうが。
わたしを脅したささやかな抵抗として、現在の本拠地については教えない。
こうしてわたし達は夜道を並んで歩くこととなった。
レンは再度兜を被り、歩き始める。
レンにこうしてエスコートされるのは初めてだ。
手慣れた様子でいた。
きっと普段からヒルディスの手を取り、歩いているのだろう。
彼は無言でいる。
内心、黙っていなくなったわたしに腹を立てているのだ。
きっと誰が相手でも、こうして安全なところまで送り届けてくれるに違いない。
レンは優しい人だから。
あっという間に中央街にある高級ホテルに到着する。
ここはマルティナ夫人が経営するホテルで、わたし専用の部屋があるのだ。
ホテルができたときに、一番いい部屋を買い取ったのである。
ちなみにそのお金はマルティナ夫人と働いて得た報酬で、持参金には手を付けていない。
マルティナ夫人とケンカをしたときなどは、ここに逃げ込んで籠城しているのである。
「今日はこのホテルに宿泊するの」
遠回しにもう護衛は大丈夫だ、と言ったのに、レンはわたしをまっすぐ見つめたまま去ろうとしない。
「他に、言うことはないのですか?」
「護衛してくれてありがとう」
求めていた言葉ではなかったようで、落胆の空気が伝わってくる。
彼はこんなにわかりやすかっただろうか?
自分の感情は胸の奥に隠し、微笑んでいるような男性だと思っていたのに。
「久しぶり、元気だった?」
レンは肩をすくめる。これも違うらしい。
「わからないわ。わたしに何を求めているの?」
そう口にした瞬間、レンの全身から怒りが湧き上がったように思える。
あまりの迫力に後退った。
ここで気付く。
「もしかして、黙っていなくなったことを怒っているの?」
ぴくりと肩が揺れる。
どうやら正解らしい。実にわかりやすい反応を示してくれる。
きっとこのまま帰ってはくれないのだろう。諦めて彼と少し話をすることにした。
「部屋に行きましょう。ここは目立つわ」
「わかりました」
あっさり応じるのも、彼らしくない。
これまでの人生のレンであれば、女性と二人きりになることを避けるはずだ。
今のレンは、わたしがよく知る彼ではないのかもしれない。
そんなことを考えつつ、貴賓専用の昇降機に乗り、部屋に向かった。
王都の風景が一望できる、開放感に溢れる部屋はわたしのお気に入りである。
「こちらは……特別な部屋ですね。どなたかと一緒に泊まられているのですか?」
「違うわ。ここはわたし専用の部屋なの」
「贈り物ですか?」
「いいえ、わたしが自分の力で得た部屋よ」
「それは、失礼しました」
わたしに支援者がいて、その人が買い与えた部屋だと思っていたようだ。
まあ、普通であればわたしくらいの年齢の娘が持ち得ないような豪勢な部屋である。勘違いされるのも無理はない。
「いつも、こうしてどなたかをここに招いていらっしゃるのでしょうか?」
「連れてきたのはあなたが初めて。信用しているから。とにかく座って」
このあとも仕事だろうから、飲み物はお酒でなくジュースがいいだろう。
栓を抜いてグラスに注ぎ、彼の前に差し出した。
「突然いなくなったことに、怒っているのよね?」
改めて確認すると、レンはこくりと頷いた。
「シュヴァーベン公爵邸の使用人にあなたについて尋ねても、誰も知らないと言われてしまい……」
十歳の娘が身を寄せる場所と言えば修道院しかない。
そう思ったレンは神学校に入って聖騎士になり、聖教会でわたしを探すことにしたという。
「わたしを見つけるために、神学校に通ってまで聖騎士になったの?」
「はい」
どうしてそこまでできるのか。心配の域を超えているだろう。
暴走と言っても過言ではない。
「待って。わたし達って、そこまで親しい関係ではなかったわよね?」
「誰にも言えない秘密を抱える仲間です」
「そうだけど」
黙っていなくなった行為が、レンの暴走を加担させることになったのかもしれない。
「ごめんなさい! あなたがそこまで心配するとは思っていなかったの」
「あなたにとって、私は軽い存在だったのでしょうね」
「いいえ、違うわ。あなたのことは、忘れたことなんてなかった」
今、この瞬間だけでも素直な気持ちを伝えてもいいだろう。
「本当にごめんなさい。あなたの人生を、めちゃくちゃにしてしまったわ」
「ええ、責任を取ってください」
これまでのレンであれば許してくれたのに。
大人になった彼はわたしを許してくれないようだ。
「何をしたら許してくれるの?」
ここでレンは思いがけないことを言う。
「結婚してください」
「はい?」
我が耳を疑うような言葉だった。




