脅迫
レンは聖術で灯りを作ったようで、辺りが昼間のように明るくなる。
白い板金鎧の姿がはっきり見えるようになった。
いったいなぜ彼がここにいるのか?
ヒルディスの護衛として参加していたものだと思っていたのに。
頭が真っ白になりかけていたものの、エドウィン・フェレライの叫びを聞いて我に返る。
「この、くそが! その女は俺が狙っていたんだ! 横取りするな!」
閃光を浴びて視界が定かでないのに、エドウィン・フェレライは明後日の方向を向きながらレンに文句を言っていた。
「おい、ヴィオラ、こっちに来い!」
伸ばしたエドウィン・フェレライの腕を、レンは叩き落とす。
「汚い手で彼女に触れないでください」
「な、なんだと!?」
エドウィン・フェレライはレンがいる方向へ拳を振り上げるも、ひらりと躱されて不発に終わる。
その空振りでバランスを崩し、転んでしまった。
「どわっ!!」
レンはわたしを守るように前に立ち、剣の柄を握りしめる。
「これ以上、彼女に何かしたら斬ります」
「な、なんだと!?」
レンの声はこれまで聞いたことがないくらい冷ややかだ。
まるで別人のように思えて、少しだけ怖い。
「お前みたいな奴なんか、俺の敵ではない!! いいか、覚えておけ!! この俺は将来、大商人になってこの国を統べる男なんだ!!」
ジタバタ暴れつつ叫んでいたからか、巡回中の騎士が駆けつけてきた。
「何か問題でも?」
「俺の女を狙う、不審者がいる!!」
「彼がそうよ!!」
ビシッとエドウィン・フェレライを指差し、付きまとわれて困っているから連行してほしいとお願いした。
「は!? 何を言っているんだ!? この俺が不審者なものか!!」
「ぜんぜん知らない人なの。連れて行ってちょうだい」
「何が知らないだ! 俺だ! エドウィン・フェレライだ!」
ご丁寧に騎士の前で名乗ってくれた。これで取り締まりもスムーズにいくだろう。
八年前、エドウィン・フェレライはやってきたわたしに対してぞんざいな扱いをしてくれた。それの仕返しである。
エドウィン・フェレライは騎士に拘束され、ずるずると引きずられるように連行されていく。
「おい、何をする!? 放せ、この不届き者が!!」
「大人しくしろ!!」
あっという間にエドウィン・フェレライは連行されていく。
平和が訪れた――と思いきや、まだレンが目の前にいた。
彼はわたしを振り返って問いかけてくる。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、この通り無傷よ。助けてくれてありがとう」
自然に言葉を返すことができて、内心安堵する。
このままここを去れば、これまで通り。
わたし達の人生は二度と交わらない。
「じゃあ、さようなら」
「待ってください。夜道は危険です」
否定したかったが、エドウィン・フェレライに遭遇してしまったことを考えると、レンの言う通りでしかない。
「家まで送ります」
「でもあなた、その、ヒルディスの護衛をしていたんじゃないの?」
「護衛は他にもいますので」
自分は下っ端で、いてもいなくても変わらない存在だと主張していた。
そんなわけないだろうが……。
心の奥底で、ヒルディスよりもわたしを選んで来てくれたことを、喜ぶ自分自身がいた。
こんな醜い気持ちなんて気付きたくないのに。
いけない。突き返さないと、黙ってシュヴァーベン公爵邸を出てきた意味がないだろう。
「必要ないわ、平気だから」
「申し出を断ると言うのならば、あなたの秘密をヒルディス・フォン・シュヴァーベンに話してしまうかもしれません」
「え?」
ここでレンが兜を脱ぐ。
美しい銀色の髪に、紫水晶みたいな瞳を持つ美貌が露わとなった。
「この顔を覚えていませんか?」
忘れるわけがなかった。
素直に「会いたかった!」と言って抱擁を交わしたいのにそれだけはいけない、とどこかで警鐘が鳴っているように思える。
「ケレンです。ケレン・フォン・アイスコレッタ」
「え?」
彼の名に〝フォン〟が入っているのを初めて聞いた。
たしかそれは貴族の子孫であることを示すものだったような。
これまでのレンは名乗っていなかったものである。
「あなた――!」
「気付かれましたか?」
レンはにっこり微笑み、わたしに手を差し伸べる。
「ヴィオラさん、帰りましょう」
それはお願いというよりは、強制的な意味合いが滲んでいるように思えた。




