屋敷について
エドウィン・フェレライは子どもに興味がないようで、こちらを一瞥もせずに面会が終了した。
続いては屋敷の中を案内してもらう。
「ここはリビングルーム。まあ、家族団らんなど皆無に等しいので、誰も使っていないな」
ピカピカに磨かれた大理石の床に、キラキラ輝く水晶のシャンデリア、美しい彫刻入りの暖炉の飾り棚に、マホガニー製の家具。
贅が尽くされた内装だというのに、使っていないというのはもったいない。
「次はこっちだ」
そこは客人を招く大ホール。
中心に二階から繋がる螺旋階段があって、パーティーの主役が華やかに登場できるようになっているという。
招いた客人が泊まるゲストルームは、二十部屋も備えているようだ。
「パーティーは新商品発表の場に使ったり、取引先の代表の誕生パーティーを開催したりする」
商人らしい、華やかな催しを開く部屋のようだ。
他にも暖かな日差しが差し込むサンルームや、お茶会を楽しむ瀟洒な客間、晩餐会も開かれる広いダイニングルーム、エドウィン・フェレライの書斎にマルティナ夫人の執務室など、屋敷を余すことなく案内してもらう。
もちろんシュヴァーベン公爵邸よりは規模は小さいものの、それでもとんでもない豪邸に間違いはない。
調度品や内装などは、確実にこちらのほうがお金がかかっているだろう。
「最後はお前の部屋だ」
二階部分にある、マルティナ夫人の隣の部屋。
レースの天蓋がある寝台に背の高いチェスト、テーブルに長椅子、白亜の暖炉に、大きな窓のある、白い家具で統一されたかわらしい部屋だった。
「ここがわたしの部屋なの?」
「ああ、そうだ。気に入ったか?」
「ええ!!」
願ってもない好待遇である。マルティナ夫人に感謝したのは言うまでもない。
「それはそうと、あの山積みの荷物はなんだ? 大半が服だとしたら、あのチェストには入りきらないぞ」
「ああ、あれは売ろうとしているドレスが大半なの。貸衣装店に買い取ってもらおうと思って」
「なるほど、そういうわけだったか。ならば買い取りは使用人に任せておこう」
「いいの? ありがとう!」
どうやってお店まで持っていこうか悩んでいたのである。
マルティナ夫人のおかげで解決したわけだ。
「食事は各自の部屋で行う」
「ダイニングルームは晩餐会用なのね」
「まあ、そうだな」
そんなわけで、今日はゆっくり過ごしたらいいと言ってくれる。
「代わりに明日からバリバリ働いてもらうからな」
「わかったわ」
そのまま去ろうとするマルティナ夫人を引き留める。
「どうした?」
「いえ、その、ここで過ごしにあたってのルールとかないのかと思って」
修道女になったときは、面倒な禁忌事項が百個くらいあった。
ここでもさまざまなルールがあるだろう。
マルティナ夫人はしばし考えたのちに、「盗むは働くな、ここで見知った情報は漏洩させるな」とだけ言った。
「それだけ?」
「まあ、そうだな」
「深夜の外出は?」
「危険だが、止めはしない」
「庭で違法薬草の栽培もいいの?」
「バレないようにやるといい」
マルティナ夫人はどうやら母と同じくらいの放任主義らしい。
けれども彼女は困っているわたしに手を差し伸べてくれた。
それにここにはヒルディスはいない。
仕事も、住処も提供してくれる。
決まりでがんじがらめになっていないこともいいのではないか。
そう思ったのだった。
それからあまり待たずにマルティナ夫人に命じられた使用人がやってきて、わたしのドレスを貸衣装店に売りに行ってくれるという。
やってきたのは、二十代後半くらいのフットマンである。
やたら顔がきれいで、お金がかかっていそうな使用人だな、と思ってしまった。
「こちらにある品すべてでよろしいでしょうか?」
「ええ、お願いね」
フットマンはドレスが入った鞄を荷車に載せ、ぺこりと会釈し、去って行って。
待つ間は荷ほどきを行う。
二時間後に使用人が戻ってきて、売り上げである金貨十枚を渡してくれた。
思っていた以上に高値で買い取ってくれたようだ。
マルティナ夫人が宝飾品を買い取ってくれた分の半値である金貨二十五枚に、シュヴァーベン公爵夫妻が用意してくれた持参金である金貨百枚、そしてドレスを売った金貨十枚。
合計金貨百三十五枚がわたしの全財産である。
十歳の少女にしては、なかなか裕福ではないのか、なんて思ってしまった。
これだけあれば、しばらくは暮らしていける。
マルティナ夫人の庇護のもと、なんとか生き延びなければ。
夕食はマッシュルームのポタージュに、スペアリブのオーブン焼き、鰯のマリネにレモンシャーベット。
食事はこちらのほうが豪勢であるが、量が多いので、メイドに半分の量でいいと伝えておいた。
寝台の布団もふかふかで、天蓋はお姫様みたいだった。
待遇は悪くないし、部屋は最高だし、収入もあったし。
上々の滑り出しだと思った。




