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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第二章 暴く者、食らう者
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例の指輪

 胸が苦しい。

 視界がぐらぐら歪み、呼吸も荒くなる。


「ずっと欲しがっていただろう? ほら、あの指輪だ」


 やはりナイトの野郎は婚約や結婚という言葉を避けていた。

 いつもわたしが一方的に口にするばかりだったのだ。

 どうしてこんな男に二年間も騙されていたのか、不思議でならない。

 燃えるような恋をしたら、人は誰しも相手の違和感に気づけないのだろう。

 その言葉のとおり、わたしはこの男の悪い部分が見えておらず、火刑で命を散らしてしまった。

 自分のことながら、なんて愚かだったのかと思う。


「ん? ヴィオラ、嬉しくないのか?」

「とっても嬉しい!」

「そうだろう? 受け取ってくれ」


 この男はわたしを策略に嵌めるために、この指輪を大聖堂から盗み出したのか。

 なんて考えつつも、そこまで頭が回る狡猾こうかつな男だとは思えない。

 ナイト・フォン・ホッファート・ジーヴントゥンという男はどこか能天気で、面倒な事態はひたすら回避し、楽しければそれでいいという短絡的な思考の持ち主である。

 もしもわたしが邪魔で、遠ざけたいのならば、適当にけむに巻くこともできるはずだ。

 ならばいったいどうして?

 疑問に思ったので、少し探りを入れてみる。


「この指輪、とっても素敵なんだけれど、なんていうか、少しアンティークみたいというか、歴史を感じるデザインだと思って」

「歴史? 職人に作らせた最先端の指輪なんだが――ああっ!!」


 ナイトの野郎の顔色が、わかりやすいくらい青くなる。


「どうかしたの?」

「いや! その! ま、間違えた!」

「間違えた?」

「あ、ああ。実はそうなんだ! ヴィオラに贈ろうとしていた指輪はこれじゃなくって、うっかり違う品を持ってきてしまった!」


 どうやら何か事情がありそうだ。深掘りしてみる。


「だったらその指輪はなんなの?」

「これは国にとって大事な品で、その、明日の儀式で使う予定だった物だ」

「儀式って?」

「それは――」


 婚約指輪を使う儀式と言えば、婚約式しかない。

 おそらくナイトの野郎は明日、ヒルディスと婚約お披露目パーティーを開くつもりだったのだろう。

 明らかにうろたえている。

 それも無理もない。

 わたしは彼にとって愛人で、ヒルディスのほうが正式な婚約者なのだから。


「王族が参加する、重要な儀式なの?」

「そ、それだ! そうなんだ!」

「ふうん、そう」


 ナイトの野郎の指先にあった婚約指輪を奪うように取る。

 するとうろたえていた彼の態度が一変。


「おい、何をするんだ!! 返せ!!」


 怒りの形相で婚約指輪を奪い返してきた。


「ごめんなさい、きれいな指輪だったから」

「冗談でも、そんなことをしないでくれ。大事な品なんだ」


 そういえば一度目の人生で婚約指輪を受け取ったとき、彼は保証書のような書類を所持していた。

 立ち上がったときにうっかり落としたのだが、慌てたような態度を見せつつ懐にしまったのだ。いったいあれはなんだったのか。


「酒を飲もう」


 ナイトの野郎が誤魔化すように言う。

 この言葉も一度目の人生のときと同じ。婚約を祝して、二人で杯を交わしたのだ。

 立ち上がった瞬間、一度目の人生と同じように書類を落とす。

 ナイトの野郎は気付いていなかったので、掠め取るように拾って見てみた。

 書かれてあったのは、婚約指輪の持ち出し許可証だった。

 彼は勝手に持ち出したのではなく、許可を取っていたようだ。

 でも、そうだったらなぜ、盗難騒ぎになったのだろうか?

 よくよく確認してみれば、持ち出し許可証に承認の署名サインがない。

 呆れた。

 この男はきちんと事務処理をせずに、大聖堂から婚約指輪を持ち出したのだ。

 盗難騒ぎになるはずである。

 ヒルディスに渡すはずだった重要な指輪を間違ってわたしに渡した上に、まともに事務処理をせず無許可状態で所持していたなんて。

 ポンコツにもほどがあるだろう。

 呆れて言葉も出てこない。

 わたしはこんな男のために人生を捧げ、母を捨てることとなり、命を散らしたのか。

 まだ入念に計画された策略に嵌まって死ぬほうが百倍もましだ。

 あっさり死んでしまった自分自身までも、とんでもない愚か者のように思える。

 腹の中でメラメラ燃えていた復讐心が小さくしぼんでいく。

 こんな男のために犯罪に手を染めることすら、馬鹿らしい。殺す価値もないと思ってしまった。

 持ち出し許可証はその場に捨て、はあとため息を吐く。

 ワインとグラスを両手に持ったナイトの野郎は、やっと落とした書類に気付いたようだ。


「ん、なんだこれ――うわっ!」


 慌てた様子で懐にしまうと、なんでもないと言って甘い笑みを向ける。

 一度目の人生のときは、最高にかっこいいと思っていたのに、今しっかり見てみると胡散臭うさんくささしか感じなかった。

 わたしはどうしてこんな男に夢中だったのか。今となっては魅力なんて欠片も感じない。

 もう、二度とこんな男とは関わらないでおこう。

 そうすれば、罪をなすりつけられて死なずに済むのだ。

 取り繕うような様子でワインを注ぐ彼に、わたしは宣言した。


「ねえわたし達、別れましょう」

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