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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第六章 憤怒の牙、罪深き者共に噛みつく

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出発の朝

 屋敷から独立する朝――母はシュヴァーベン公爵と一緒に過ごしていて、わたしのもとにやってくることはない。

 メイドが運んできた朝食を食べ、身なりを整えてもらう。

 太陽の位置が高くなっても、母がわたしの様子を見に来ることはない。

 まあ、なんというかいつもの朝である。

 とうとう、迎えがやってくる時間となった。

 馬車を寄越してくれるようだが、裏口のほうへ回すようにお願いしている。

 わたしはもうここを出て行く人間なので、玄関を使うべきではないと思ったから。

 ドレスなどの私物は、昨日の晩にエドウィン・フェレライの屋敷へ運ばれた。そのため身一つで出発する。

 当然ながら、母は見送りにやってくるわけがない。

 というか、わたしを送りだそうとする者なんていないと思っていたが――。


「ヴィオラお嬢様!」


 リナが顔を真っ赤にしながら走ってくる。


「あなた、どうしたの?」

「お見送りを、と思いまして」

「リナ……ありがとう」


 誰からも見送られることなく出て行くものだと思っていた。けれども彼女がやってきてくれたのだ。

 振り返ってみれば、いつシュヴァーベン公爵邸を出て行くとか、母に言っていなかったような気がする。

 言っていても「あら、そうなの」とか言って、聞いている振りをするだけだろうだから。

 リナは昨日荷造りを手伝ってくれたときに、翌日に出て行くことを告げていたのだ。

 作業を急かすために言った言葉だったが、それを聞いてリナは見送りをしにきてくれた。


「ヴィオラお嬢様、どうかお元気で」

「リナ、あなたも」


 できることならばリナと抱擁し別れたかった。けれども七度目の人生で言葉を交わしたのは昨日が初めてである。やっても戸惑うばかりだろう。

 抱擁する代わりに手を差しだして握手を求めてみた。リナは目を丸くし、驚いた様子を見せていたが、最終的に応じてくれた。

 リナに見送られるようにして、シュヴァーベン公爵邸を発つ。

 これでヒルディスと顔を合わせることもあるまい。

 安堵していたら、聖教会の馬車とすれ違う。

 あれはヒルディス専用の馬車だ。

 ミサに参加し、送迎してきた帰りだったのだろう。

 もしも玄関から出発していたら、ヒルディスと顔を合わせていたかもしれない。

 裏口を選んで本当によかった。

 そう、心の奥底から思ったのだった。


 遠ざかっていくシュヴァーベン公爵邸を、窓から複雑な気持ちで眺める。

 まさか十歳にして、独立することになるなんて……。

 それもこれも、わけがわからないブラッティ・ナイフのせいだ。

 本当にいったい誰が寄越してきたのか。

 大聖女であるヒルディスがいなくなることを願う者なんていないだろうに。

 もう少し大人になったら、独自に調査もできるようになるはず。

 まだ子どもの身なので、何もかも思うようにできない。

 今は地盤を固め、自分の立ち位置をしっかり確立しなくてはならないだろう。


 そんなこんなで考え事をしているうちに、エドウィン・フェレライの屋敷に到着した。

 通された応接間で待っていると、マルティナ夫人がやってくる。


「来たか」

「ええ」


 これからお世話になります、と頭を下げると、マルティナ夫人は子どもらしくないと笑う。


「まあ、いい。その子どもらしくない様子を活かして、しっかり働いてくれ」

「そのつもりよ」


 屋敷の下働きでも命じられるのかと思っていたが違った。


「まずは秘書官補佐のような働きをしてもらおう」


 思いがけない仕事内容に、言葉を失ってしまう。


「どうした? 秘書官補佐では不満か?」

「いえ、下働きから始めるものだと思っていたから」

「シュヴァーベン公爵の娘に、そんなことなどさせるわけないだろうが」

「でも、愛人の娘だから」

「関係ない。お前にはシュヴァーベン公爵の血が流れている。それを利用させてもらうまでだ」


 マルティナ夫人は母のように、将来的にはわたしに社交をさせたいのだろうか?

 まあでも、ここでお世話になる以上は、彼女の思惑通りに動く必要もある。

 今は後見人になってくれたことに感謝し、しっかりお仕えしなくては。


「夫にも紹介しよう」

「わかったわ」


 エドウィン・フェレライ――できれば顔を合わせたくない相手だが、今回ばかりは仕方がない。

 まだ十歳の子どもなので、奴も興味なんて持たないだろう。


「こっちだ」


 しぶしぶマルティナ夫人のあとに続き、エドウィン・フェレライの私室を訪ねる。

 扉の向こうからキャッキャと楽しげな女性達の声が聞こえてきた。


「あの男、こんな時間から女を呼んでからに……!」


 出直すのかと思いきや、マルティナ夫人は問答無用で扉を開く。

 エドウィン・フェレライは驚いた表情でわたしとマルティナ夫人を迎えた。


「うわ、なんだお前!!」

「今日はヴィオラがやってくると言っていただろうが」

「なんのことだ!?」

「やはり聞いていなかったか。話があるから、少しの間だけ大人しくしていろ」


 部屋はお酒臭く、おそらく昨晩から飲んでいたのだろう。

 朝っぱらからいいご身分だと思ってしまった。

 マルティナ夫人は女性達をジロリと睨み、出て行くように命じた。


「おい、追い払うな! その娘らは唯一の癒やしなんだ!」

「話があると言っただろうが!」

「お前の都合なんてどうでもいい! この前から散々なんだ! 女には逃げられるわ、新聞であることないこと悪口を書かれるわ、紳士クラブの入会を断られるわ!」

「身から出た錆ではないか」

「だ、黙れ!!」


 どうやらエドウィン・フェレライは、カロエイーネ・ブレンネが絡んだ騒動にマルティナ夫人が関与していたことを知らないらしい。

 なんともおめでたい男である。


「それで、話はなんなのだ! 手短に話せ!」

「この娘、ヴィオラの後見人となった。これから彼女はここで暮らす」

「は? 子どもを引き取ったのか?」

「そうだ」


 エドウィン・フェレライは「はっ!」と鼻先で笑う。


「子どもができないから、慈善活動でも始めたのか!」

「子どもができないのは、お前のせいだと数年前に話しただろうが、この種なしが!」

「……」


 なんていうか、すごい。

 言葉のナイフでエドウィン・フェレライを黙らせた。

 わたしも彼女の強さを見習わなくては、と思ったのだった。 

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