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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第六章 憤怒の牙、罪深き者共に噛みつく

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マルティナ夫人の訪問

 どうにかしなくては、なんて思ったものの魔法の知識に伝手があるわけもなく。

 今、わたしができるのは、ブラッティ・ナイフが発動しないようにヒルディスから遠ざかることだろう。

 まずはこの家から出て行かなくてはならない。

 ただ、十歳の子どもを受け入れてくれる場所なんてごくわずかだ。

 おそらく修道院へ行って、修道女になるくらいだろう。

 ヒルディスに会う可能性があるので、その道は選べない。

 下町にある食堂〝星灯堂〟のおかみさんや旦那さんだって、十歳の子どもが働きたいと訴えても困らせるだけだろう。

 どうしたものか、と頭を抱えていたら、マルティナ夫人の訪問がメイドより告げられた。

 客間ではなく、わたしの部屋に通すように命じる。

 やってきたマルティナ夫人は、わたしの部屋を興味津々な様子で見渡す。

 おそらく貴族邸の私的な空間に足を踏み入れたのは初めてなのだろう。


「愛人の娘でも、いい暮らしをしているようだな」

「おかげさまでね」


 ヒルディスはさらにいい環境で暮らしているのだが、それを抜きにしても破格の待遇を受けている自覚はある。

 メイドが紅茶を運んできたので、席について話をすることにした。


「先日提供してもらった情報についてだが――本当だった」


 証拠をしっかり掴んで、別れさせることに成功したという。


「慰謝料もたんまり受け取ることができた。あれだけの金を請求されたら、しばらく舞台上に立つのは難しいだろう」


 なんでも舞台女優は出演するだけで、相当なお金がかかるらしい。

 自分にぴったりの美しいドレスは自腹。

 さらに確実に役が欲しい場合は、審査員にお金を握らせるのだとか。


「それから毎日の髪結い、化粧も人を雇っているだろうし、夜会に参加するための斡旋料だって必要だ」

「舞台女優って、信じられないくらいお金がかかるのね」

「ああ、そのようだ」


 そのため舞台女優には、エドウィン・フェレライみたいなお金持ちの支援者パトロンが必要となるようだ。


「夫はあの女に、妻とは別れるから三年待ってほしい、だなんて話していたようだ。私がいなくなったら、商会の経営が成り立たないというのに、どういうつもりなんだか」

「呆れた話ね」

「まったくだ」


 マルティナ夫人はカロエイーネ・ブレンネから慰謝料をたんまり貰うだけで満足せず、新聞社に醜聞スキャンダルとして情報を売ったらしい。

 カロエイーネ・ブレンネの名声は地に落ち、舞台が上演されたとしてもしばらくは閑古鳥が鳴くだろう、とマルティナ夫人は話す。


「夫の悪評がこんなところで役立つとはな! 哀れな女だ!」


 なんというか、恐ろしい女性ひとだ。

 エドウィン・フェレライの浮気の一つでここまでできるなんて。

 三度目の人生では、エドウィン・フェレライを直接毒殺したのだ。

 これくらいならば、かわいいほうに部類されるのかもしれない。


「そんなわけで、情報は確かだったからお前の要望に応えようではないか」

「ええ、お願い」


 バスケットに詰めた宝飾品をマルティナ夫人へ差しだす。


「ん? 量が増えてるな」

「お母様からいただいたの」

「こんなに大量にか?」

「ええ。なんでも社交を望む人からの贈り物だったみたいで。お母様、そういうのに興味はないみたいだから」

「そうか」


 マルティナ夫人はそれ以上深く聞かずに、宝飾品の査定を続けてくれた。

 実は、エドウィン・フェレライが贈った下着はマルティナ夫人に返すつもりだった。

 一応価値がある品だし、買い取りの件でお世話になるから。

 しかしながら、エドウィン・フェレライが母に興味を抱いているなんて知ったら、新たな火種となりかねない。

 まだ下着は手元に置いておこう、と心の中で予定を変更したのだった。

 ぐるぐると思考を張り巡らせている間に、査定が終了したようだ。


「宝飾品はどれも一級品だった。ざっと見て、全部で金貨五十枚くらいだろうか?」


 庶民が汗水垂らして働いた月給が金貨一枚程度である。

 そう考えたら、金貨五十枚は大金だ。


「査定を鑑定士に調べさせたい場合は、連れてくるがどうする?」

「必要ないわ」

「いいのか?」

「ええ」


 小娘相手だが、マルティナ夫人は情報を偽るような女性ひとではないだろう。

 彼女の商人としてのプライドは、信頼しているのだ。


「お前は本当に不思議な娘だな。前にも言ったが十歳だというのに、大人の女のように肝が据わっている」


 七回も人生を繰り返しているのだ、自然と肝も据わるのだろう。

 子どもっぽい演技なんてできないので、その辺は受け入れてほしい。


「子どもと話している気がしない」

「つまり生意気って言いたいの?」

「まあ、そうだな」


 いい意味でと付け加えていたのだが、それはいったいどういう意味なのか。

 まあ、いい。

 面会はこれで終わりかと思いきや、マルティナ夫人が想定外の提案をしてくれる。


「何やら困っているようだから、もう一つだけ願いを叶えようか」


 その言葉を聞いて、すぐに訴える。


「だったらこの家を出て行きたいの! 職と住処を提供してくれる!?」


 わたしからの想定外のお願いに、マルティナ夫人は目を丸くしていた。

 

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