代筆屋さんの初仕事①
「作業は私の書斎でなさい。前に届いた手紙も置いてあるから、それも代筆よろしくね」
「わかったわ」
母に書斎があったなんて初耳である。
銀盆を持つメイドの誘導で、書斎とやらに移動した。
「こちらになります」
「ありがとう」
「紅茶を運んでまいりますね」
「ええ、お願い」
中に入ると、立派な本棚に事務机が置かれた立派な書斎だった。
「ねえ、お母様はここをよく使っているの?」
「いいえ、まったく」
書斎なんて必要ないだろう、なんて思っていたが、案の定使っていないらしい。
事務机の上には、今日届いたもの以外の手紙が乱雑に置かれていた。
ざっと見る限り、五十通くらいあるだろうか。
手紙と一緒に届いたという贈り物も、床に積み上がっていた。
母は興味はないのか、すべて未開封である。
「お手紙は、どちらに置きましょうか?」
「そうね」
卓上に置き場所はない。仕方がないので、積み上がった贈り物の上に置いておく。
メイドは一礼し、退室していく。
「そういえば、紅茶を持ってくるとか言っていたわね」
このままでは置き場所がない。急いで手紙をかき集め、片側に寄せておく。
まずはペンとインクを取りだして――と引き出しを開いてみたら、羽根ペンがコロコロ転がってきた。インク壺は空である。封蝋に使う蝋燭や封蝋印などもなかった。
二段目、三段目を開いたら、手紙が出てきた。ここにも貯めていたとは。
「はーーーーーー」
紅茶を持ってきたメイドに、道具一式を持ってくるようにお願いしておく。
必要な品が届いたら、仕分けから始めよう。
手紙をざっと見る限り、同じ人から何通も届いているようだ。
「マテウス・ブシュケット――宝石商じゃない。アレキサンダー・シュヴェンケ、こっちは有名な富豪ね」
あれよあれよと出てくる、王都でも有名なお金持ちの名前。
みんな、シュヴァーベン公爵に取り入りたいが、相手にされないので母に取り持ってほしいのだろう。
新興貴族の夫人からも多く届いているようだった。
こちらはシュヴァーベン公爵夫人との付き合いが難しいので、どうにか繋がりを持とうと母に手紙を送ったに違いない。
他にも新人舞台女優や俳優、オペラ歌手などの舞台関係者からの招待も多い。
「あら、レオン・バシュからの手紙もあるじゃない!」
レオン・バシュは新人俳優だが、十年後の世界ではスターになっていた。
おそらく彼はさまざまな人達に取り入ってチャンスを掴み、人気俳優の座を得たのだろう。
今後、この手紙を取っていたら、彼を利用できる交渉材料になるかもしれない。
なんて野心を抱きつつ、選別作業を続ける。
「げ!」
見知った名前を発見し、ぞわっと鳥肌が立つ。
差出人に書かれている名は、マルティナ夫人の夫であるエドウィン・フェレライ。
「うわ、あの人、愛人がいるのにお母様にもちょっかいをかけようとしていたのね。気色悪い……」
今すぐにでも手紙を燃やしたくなったが、これもマルティナ夫人に対する交渉材料になるだろうから、取っておかないと。
それから一時間くらいかけて、手紙の仕分けを行った。
母が溜めに溜めていた手紙は全部で百通以上。中には一年以上前の消印が押されているものもあった。
思っていた以上に、母はものぐさだったのだ。
もしも母が社交が大好きなタイプだったら、交友の広げ方によってはシュヴァーベン公爵夫人よりも影響力のある人物になっていたかもしれない。
母にはそういった野心というものがないのだろう。
まあ、もしもあれこれと交友を広げるタイプだったら、早い段階でシュヴァーベン公爵夫人に潰されていた可能性もあるが。
続いて贈り物を開封しよう。
母はお菓子だと言っていた。減量中なので、手を付けていなかったのだろう。
こういうときは、メイドに下げ渡したらいいのに。
そうやって使用人を労うのも、女主人の仕事なのだが。
おそらく一年前に届いた物もあるのだろう。
絶対に腐っている。開封したくないが、調べないと。
荷物の山から上下をひっくり返し、もっとも古い物だと思われる包みを手に取る。
「差出人はマテウス・ブシュケット。宝石商ね」
彼はいったいどんなお菓子を贈ったのか。
いろいろな意味でドキドキしながら開封する。
一応、臭いを嗅がないように鼻を摘まみつつ、蓋を開いた。
入っていたのは、真っ赤なストロベリーキャンディ――ではなく、宝石があしらわれたネックレスだった。
「嘘でしょう!?」
そっと触れてみたが、宝石に似せて作ったお菓子ではなく本物だ。
「これはルビーだわ!」
おそらく高価な一品だろう。
マテウス・ブシュケットはシュヴァーベン公爵との付き合いが欲しいがために、母にここまでしていたなんて。
母に言おうか迷った。
けれども母はこれらの贈り物は好きにしていいと言っていた。
ならば、このルビーのネックレスもわたしの物である。
そうだ! これもマルティナ夫人に買い取ってもらおう。




