六度目の人生も、時間は巻き戻り……。
うんざりするくらいの眩しい中で目覚めた。
「……最悪」
これまで何度も目にしてきた、鏡合わせの空間にいることに気付き、思わず独りごちる。
「ボルゾイ、いる?」
『こちらに』
起き上がって確認すると、大精霊ボルゾイが申し訳なさそうな様子でうな垂れていた。
目の前には、〝違背神聖罰刑〟の文字が浮かび上がる。
ファールハイト卿が揮った悪者を屠る〝神聖罰刑〟でわたしとレンは死んだ。
習得した〝違背神聖罰刑〟は、悪しき聖者を屠るものらしい。
「こんなの、なんの役に立つというのよ」
聖職者を手にかけたら最後。徹底的に悪者にされ、闇に葬られるに決まっている。
これまでの人生も酷い目に遭ってきたが、五度目はもっとも最悪だ。
「レンを利用した挙げ句、殺すなんて酷い……」
彼が魔力過多で日常生活にも困っているところを、ファールハイト卿は悪用し、自らの手柄としていた。
こんなの、絶対に赦せるわけがない。
でも、今回に限ってはわたしも加担しているように思えてならなかった。
なぜならば、わたしがレンに聖職者にならないか誘ったから。
あのとき、わたしが彼を唆さなければ、聖騎士になることなんてなかったのだ。
「もう二度と、レンとは関わらないほうがいいのね」
わたしが近づけば近づくほど、レンも不幸になる。
そんな結末が待っているのならば、出会わないほうがいい。
暗黒騎士として生きることが幸せかはわからないけれど、わたしのやり直し人生に巻き込まれるよりはマシだろう。
次の人生は六度目――いい加減うんざりしてしまう。
「独立して働こうとしてもだめ、母と一緒に逃げようとしてもだめ、聖職者として正しく生きようとしてもだめ、ヒルディスに媚び売って大人しくしようとしてもだめ――どう生きろって言うのよ」
それぞれの人生の死因を回避しようとすれば、また別の不幸を誘ってしまう。
何もかも嫌になって、その場に寝転がる。
「もう無理。頑張ることなんてできない」
『あなた様……』
わたしは生きようと頑張っているのに、欲望や憎しみ、野望や野心を抱く愚かな人達に人生を台無しにされるのだ。
「どうせわたしは幸せになれないの。不幸の星のもとに生まれた女なのよ」
自分で言ったことなのに、傷ついてしまう。
皆、同じ世界に生きているというのに、どうして不公平なのか。
なぜ、小さな幸せを掴んで生きることを、許してはくれないのか。
これまでの人生を振り返っている中で、ふと気付く。
「そうよ、わたしも他人の幸せを踏みにじって生きたら、幸せが手にできるはず。ねえ、これまでの人生も、そうだったでしょう?」
ナイトの野郎は都合が悪いことが起これば、わたしに罪を押しつけ、エドウィン・フェレライはわたしを脅し、マルティナ夫人は夫の制裁をするためにわたしを利用した。
シュヴァーベン公爵夫人はわたし達親子の独立を許さず、ラルフ・ガイツはわたしの命を悪用し魔獣の餌にしようとしていた。
ファールハイト卿はレンの魔力を利用し、英雄になろうとしていたのだ。
「だったらわたしも、同じようにすればいいの」
そう口にした瞬間、涙が溢れる。そこまでしないと幸せになれない人生なんて、価値はあるのだろうか?
わからない。
わからないけれど、搾取され続ける人生を送るのも限界だ。
「ボルゾイ、わたし、やってやるわ」
間違っていたら、命を絶てばいいだけ。
それで二度と時間が巻き戻らなくても、仕方がない。
「だって、どうあがいても幸せになれない人生なんて、生きる意味がないもの」
どんな結末が待っているかはわからない。
けれどもやるしかないのだ。
目を閉じると、光に包まれる。
ボルゾイは応援する言葉を、初めて口にしなかった。
◇◇◇
目覚めてすぐに、現状を確認する。
小さな手に、すべすべの肌、豪華な寝台――間違いない、ここはシュヴァーベン公爵邸である。
またしてもわたしは、子ども時代に時間が巻き戻ったらしい。
鏡を覗き込む。
これまでと同じ、十歳くらいのわたしだろう。
「ボルゾイ、神様はわたし達に味方をしたわ!」
人生をやり直すとしたら、この時代がもっとも都合がいいだろう。
「ボルゾイ?」
返事がなかったので振り返ると、ボルゾイの姿はなかった。
「ねえ、いないの?」
姿も見えない。
時間が巻き戻るときに何も言わなかったので、もしかしたらガルムみたいに鏡の間にいるのかもしれない。
まあ、いい。
これまでも、ボルゾイは傍にいても、危機的状況となったときに助けてくれるわけではなかったから。
一人でやってやる。
そんな意気込みで行動を開始した。
まず、自分の命を守る術を手にしなければならない。
わたしの祝福はどれも物騒で、目立ってしまう。
もっと人目に付かないような武器が欲しい。
考えた結果、ある名案を閃く。
それを得るには、対価が必要だ。
部屋にあった高価そうなものをかき集めてみた。
誕生日にシュヴァーベン公爵が用意した銀のティアラに、金の髪飾り、宝石があしらわれたペンダント――。
愛人の子であったが、シュヴァーベン公爵はわたしにもいろいろと贈り物を用意していたのだ。
それらを袋に詰め、こっそり屋敷を飛び出す。
向かった先は、エドウィン・フェレライの屋敷。
もちろん、エドウィン・フェレライと面会するつもりはない。
会いたい人物は、マルティナ夫人である。
普通であれば面会が叶う相手ではなかったが、わたしには奥の手があった。
エドウィン・フェレライの浮気相手について知っている。
そう告げると、あっさり面会が叶った。




