時間は巻き戻り……?
温かい、なんて温かいのか。
ハッと意識が戻ると、わたしの身は炎に包まれていたのでギョッとした。
けれどもそれは火刑のようなジリジリヒリつくような炎ではなく、優しい抱擁を受けているような温かなものだった。
炎は光となり、わたしの体は解放される。
「――はっ!!」
慌てて飛び起きる。
辺りをキョロキョロと見回したところ、よく見知った高級宿の寝台の上にいることがわかった。
全身びっしょりと汗を掻いていた。
もしかしたら隣にナイトの野郎がいるのかもしれない、と思ったが、誰もいなくてホッと胸をなで下ろす。
もしかして処刑場から誰かが助けてくれたのだろうか?
そう思いつつ頬に触れると、すべすべだった。
炎で焼かれてただれた皮膚ではない。
聖騎士達に叩かれた背中に痛みはないし、引きずられて連行された足にも擦り傷は見当たらない。
というか、どこにもケガはなかった。
「もしかして、悪い夢でもみていたの……?」
『そんなことありませんわ!』
返答があったのでギョッとする。
寝台の傍にボンネット帽とケープを纏った大型犬、もといわたしの守護獣だという大精霊ボルゾイがいたのだ。
彼女の存在に気付いた瞬間、頭がズキズキ痛んだ気がした。
「ねえ……今まで起こった最低最悪な出来事が、夢じゃなくて現実だったっていうの?」
『残念ながら、そのようです。ただ、あなた様はただ生き返ったわけではありません。〝地獄の炎〟と共にありますので、何も心配いりませんよ!』
手を開くと、真っ赤な魔法陣が浮かび上がる。
魔法の知識なんてからっきしもないのに、どうやって〝地獄の炎〟を使えばいいのかわかる。
これが祝福の力なのだろう。
「っていうか、どれくらい時間を遡ったの!?」
ここの高級宿へは十八歳の頃から二年間、通い続けていた。
手元に鏡があったので、自らの姿を映してみる。
「んんん?」
そう変わらない――というか十日前、ナイトの野郎から「大切な話があるんだ」と言われておろしたてのナイトドレスを着たときの姿のままである。
手鏡を投げ捨て、サイドテーブルにあった水晶型の魔導暦を手に取った。
そこに表示されていたのは、〝ステラ・ライト歴百五年、火食鳥の月四週目〟。
「待って、わたし、死んでから十日しか時間を遡っていないの!?」
ナイトの野郎と出会う前ならば、関わらないで済んだのに。
がっつり二年間交際して、結婚間近な状態の時間軸に巻き戻っただけのようだった。
「ねえ、ボルゾイ、どうしてなのよ!!」
『どこに時間が巻き戻るかは、神の思し召しですので』
「ああ、もう、なんなの!!」
母のことはすでに捨てているし、ナイトの野郎とも関係を深めている。
十日前のわたしはナイトの野郎に裏切られるとは知らずに、彼からの〝大事な話〟に心をときめかせていたのだ。
「とにかく今日は帰って――」
寝台から出ようとした瞬間、扉が開かれる。
「マイスイートハート、ヴィオラ、待たせたな!」
あろうことか、ナイトの野郎が満面の笑みでやってくる。
その瞬間、くらりと目眩を覚えた。
彼がわたしに見せた酷い所業が、脳裏に甦ってきたのだ。
「ヴィオラ、どうしたんだ?」
「……嬉しくて」
「え?」
「あなたと会えて、嬉しかったの」
ぐっと掴んだ手のひらには、炎が渦巻いているのがわかった。
今、彼に触れたら、その体を焼き尽くすことができるだろう。
死んで償え!!
そう思って地獄の炎を発動しようとした瞬間、大精霊ボルゾイが叫んだ。
『なりません!!』
大きな声だったものの、ナイトの野郎には聞こえていない。
先ほど言っていたように、彼女の姿は普通の人には姿を見ることも、声を聞くこともできないのだろう。
それはそうと、なんで止めるのか、と大精霊ボルゾイをジロリと睨む。
『廊下に王子殿下の護衛がいますの。ここで殺したら、あなたが容疑者にされてしまいますわ』
どうやらここは、復讐の場にふさわしくないらしい。
ふーふー、と呼吸を繰り返し、怒りを押さえ込む。
「おい、ヴィオラ。本当に大丈夫なのか?」
「……ええ、平気。それよりも話って何?」
「ああ、そうだ! 約束していた指輪が、ついに完成したんだ!」
そう言ってナイトの野郎が取りだしてきたのは、大聖堂に保管されていたという、ダイヤモンドが鏤められた白銀の婚約指輪。
どくん! と胸が嫌な感じに脈打つ。
絶対に間違えるわけがない。その指輪はわたしを火刑に追い込んだ物だった。




