翌日
ヒルディスは思っていたよりも落ち着いているように見えた。
魔獣の襲撃を受けたが、なんとか生き延びることができたのだ。
と、ホッとしている場合ではなかった。
天幕を守っていた聖騎士を助けに行かなければならない。
「ヒルディス様、わたし達を護衛していた聖騎士様の様子を見に行きませんと」
「いいえ、彼はもう……」
その言葉で、聖騎士が生きていないことを悟る。
「でしたら、負傷している聖騎士様を助けにいったほうがよいかと」
「そう、ですわね」
ヒルディスは落ち着いているというよりは、想定外の事態に呆然としているのか。
ぼんやりしている暇はない。魔獣との戦いで生死を彷徨っている聖騎士がいるかもしれないのだ。
「急ぎましょう」
ヒルディスの手を取り、助けを求める聖騎士達のもとへ向かった。
◇◇◇
長い長い夜だった。
ヒルディスの傍で一晩中、聖騎士達の看護に努めていたのだ。
わたしにできることは聖騎士達の血や汗を拭い、水を飲ませ、手を握って励まし続けることだけだったが……。
魔獣の襲撃で聖騎士達の三分の一が命を落とした。
ヒルディスの回復術で一命を取り留めた者もいるが、全員が全員、魔獣に襲われたショックで寝込んでいる。これ以上、任務を続けるのは難しいだろう。
翌朝、リーベルの領主が駆けつけ、被害状況を聞いて呆然としていた。
「また……魔獣が出たのですね」
顔色を悪くするリーベルの領主に、ファールハイト卿が元気付けるように言った。
「すでに魔獣はすべてこの私が倒しましたので! 今後は出現することはないでしょう!」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ! ご安心を!」
すべて倒した?
一頭、森のほうへ逃げたように見えたが。
「あの、ファールハイト卿、魔獣についてですが、一頭だけ逃亡したように思えたのですが――」
言いかけた瞬間、ファールハイト卿がジロリと睨んでくる。
これ以上、何も言うなという圧力をかけているようにも見えた。
「魔獣はすべて、この私が倒しましたので!!」
「は、はあ」
レンは見ていなかったか、と思って彼を振り返るも、顔色が真っ青なことに気付く。
「ねえ、レン――アイスコレッタ卿、大丈夫!?」
声をかけられ、レンはハッと我に返ったように見えた。
「どうかなさいましたか?」
「顔色が悪いわ」
「昨晩、眠っていないからかもしれません」
それだけでここまで顔色が悪くなるのか。
「どうかしたのですか!?」
「ファールハイト卿、アイスコレッタ卿の顔色が悪いようにお見受けしまして」
「でしたら、出発まであなたが看護なさい!」
「わかりました」
レンは大丈夫だと言ったものの、ファールハイト卿から帰りの竜車の操縦が不安になるので休むように、と命じられていた。
「あなたの竜車には、大聖女ヒルディス様が乗車されるのです!! もしも具合が悪いのを隠して竜車を操縦し、墜落でもしたら、どう責任を取るおつもりですか!?」
「……はい」
「つべこべ言わずに、休むように!!」
ここまで言われたら拒絶もできないのだろう。レンは素直に従ってくれた。
「レン、ヒルディス様に回復術をお願いする?」
「いいえ、気分が余計に悪くなるだけですので。少しの間、横になれば治るかと」
「そうなのね」
天幕は魔獣に破壊されたので、すべて撤去されてしまった。そのため、休むと言ってもその辺で休むしかない。
負傷し精神の回復を待つ聖騎士達が辺りに寝転がっているので、レンも同じように横になっても目立たないだろう。
聖騎士隊の物資が置かれた木箱が積まれた辺りが、人目に付かないだろう。
そう思ってレンを誘う。
膝を伸ばして座り、レンに膝枕を提供しようとぽんぽん叩いてみた。
「レン、ここで眠って」
「しかし」
「いいから」
どうせわたし達のことなんて、誰も気にしていない。
時間がもったいないと急かすと、レンは膝枕を使ってくれた。
顔を覗き込むと、レンは目を閉じてしまう。
瞼を縁取る睫毛が長いことに気づき、羨ましくなった。
いいや、今はそんなことはどうでもいいとして。
頬に触れると、熱を帯びている。
わたしのきんきんに冷えた指先で触れて、冷ましてあげた。
「どう、気持ちいい?」
「はい」
「よかった」
わたしにもできることがあるのだ。些細なことだが、どうしようもなく嬉しくなった。
しばらくレンを眺めていたが、瞼は閉じているものの、眠っているようには見えなかった。
「眠れない?」
「緊張して」
「これからヒルディスを乗せるから?」
「いいえ、こうして膝枕をしていただいている状況が、です」
「まあ! そんなことで緊張しているの?」
「私にとっては大事ですので」
ヒルディス相手に緊張しているのならばわかるが、わたしの膝枕ごときで気を張らないでほしい。
「だいぶ、よくなりました」
「まだ顔色が悪いわ。いったいどうして……」
言いかけて気付く。
そういえば昨晩、レンに対してファールハイト卿が不可解な行動を取っていたと。
「ねえ、レン。聞きたいことがあるんだけれど」
「なんでしょう?」
「昨日、ファールハイト卿が発動させていた輝く剣が、あなたの腕輪と連動していたように見えたの」
問いかけた瞬間、レンは眉間に皺を寄せる。
何かあるに違いない。そう思って深く話を聞くことにした。




