野営の夜
ヒルディスは負傷した人々を癒やし続ける。
わたしは診療所の清掃をし、そのあとリーベルの領主が収穫作業をしたいというので、聖騎士達の護衛のもと、麦刈りの手伝いに向かった。
ヒルディスの護衛はファールハイト卿がついたので、わたしのほうにはレンがついてきてくれた。
最初は黙々と作業を続けていた人々だったが、途中で状況が変わった。
護衛を任された聖騎士達の目が、圧力のように感じていると気付いたレンが、麦刈りの手伝いを申し出てきたのである。
もちろん、レンは初めてやることなので、上手くできない。
その様子を見た人々がレンに教えるうちに、場の空気は和らいでいった。
麦刈りは一日で終わらなかったものの、これまでできなかった農作業ができて、リーベルの領主も一安心しているようだ。
夜は、ヒルディスが宣言していたとおり、騎士隊の駐屯所に天幕を張って野営を行う。
リーベルの領主が炊きだしを提案してくれたものの、ヒルディスは断ったらしい。
日常生活を取り戻すためにやってきたのに、現地の人々の手を患わせるわけにはいかない、と言ったのだとか。
さすが、大聖女様だ。としか言いようがない。
夕食は乾パンと干し肉、水という、大聖堂から持参してきた最低限の物をいただく。
一日の労働のあとの食事がこれか……と言いたくなるようなラインナップだが、ヒルディスが聖騎士達の前で黙々と食べるので、文句を言う人は誰一人としていなかったようだ。
天幕はヒルディスと一緒に使うようで、布団も仲よく並んでいた。
外には護衛の聖騎士がいるようで、安心して眠るといいとファールハイト卿は話していたという。
「ヴィオラ、明日もあるので、早く休みましょう」
「はい」
横になったものの、すぐに眠れるわけもなく。
布団は敷いているものの、石でも転がっているのかなんだかゴツゴツしていて寝心地はよくない。さらに隙間風がピューピュー吹いている上に、ブランケットもなんだか薄くて、
肌寒さを感じてしまう。
粗末な天幕のようで、外に出ることができそうなくらいの隙間を発見してしまった。
大聖女であるヒルディスが使う天幕なのに、こんな安物をあてがうなんて。
お金がありそうな聖教会だが、上層部の人々が私腹を肥やしているだけなのかもしれない。
何度も寝返りを打って寝やすい姿勢がないか試みるものの、簡単に眠れるわけもなく。
わたしはあんがい繊細だったんだな、なんて思う。
ヒルディスは大丈夫なのか、と隣を見てみたら、スースーという規則正しい寝息が聞こえていた。
今日一日、負傷した人々を回復し続けたので疲れていたのだろう。
弱音の一つも吐かずにやりきるなんて、大したものだ。
わたしだったらとうの昔にもう無理! と言って投げ出していただろう。
今日はゆっくり眠ってほしい。
わたしも寝よう。
瞼を閉じ、うとうとし始めた瞬間、外から声が聞こえた。
「――魔獣襲来!! 魔獣襲来!!」
その声に驚き、飛び起きる。
すでにヒルディスは起きていて、外の聖騎士達に状況を聞いていた。
「数は不明、すでにファールハイト卿が戦闘中だそうです」
「ひとまずここで待機を――うわああああ!!」
ヒルディスは全身に、聖騎士の返り血を浴びていた。
「――ッ!!」
彼女が息を呑むのと同時に、魔獣の咆哮が聞こえる。
『グオオオオオオオオ!!』
空気がビリビリ震えるような叫びに、全身の肌が粟立つ。
ぼんやりしていたら死んでしまう。
ヒルディスの腕を引き、先ほど発見した天幕の隙間から外に脱出した。
ファールハイト卿と合流しなければ。
なんて思いつつ状況を確認しようとした瞬間、ギョッとする。
赤く光る瞳を持つ魔獣が何体もいたのだ。
聖騎士達は応戦するも、圧されている。
「どうしてこんな――」
『グオオオオオオオ!!』
わたし達の天幕の前にいた魔獣が、回り込んできたようだ。
護衛の聖騎士は二人いたはずだが、その姿はどこにもない。
魔獣は狼に似ていて、六つの赤い瞳を持ち、鋭い牙を持っているようだ。
夜間なのにその姿が目視できるのは、赤い瞳が灯りのように怪しく光っているからだろう。
魔獣の口は血で濡れていた。
おそらくだが、聖騎士を喰らったに違いない。
『グオオオオオオ!!』
魔獣は鋭い爪を振り上げ、わたしをなぎ払おうとした。
その瞬間、わたしは叫ぶ。
「――〝地獄の炎〟!!」
わたしとヒルディスを守るように炎が広がっていく。
「ヴィオラ、これはなんですの!?」
「説明はあとでするから!」
今はあれこれ言っている場合ではないのだ。
この炎は死を誘うものである。魔獣もわかっているのだろう。
炎に触れようとしないどころか、後退していく。
そうこうしているうちに、ファールハイト卿がやってきた。
「大聖女ヒルディス様!! ご無事でしょうか!?」
「ええ、なんとか」
「この炎は!?」
「いいから、あの魔獣を倒してちょうだい!」
何を暢気に確認をしているのか、と思って叫んだ。
「待っていてくださいね!!」
この危機的状況下で、何を待つのか、と思っていたら、それは意外なもので――。
「アイスコレッタ卿、どこにいるのですか!?」
「ここに」
レンも続けてやってきたのだが、全身血まみれだった。
おそらく魔獣のものだろうが……。
「腕輪を!!」
「はっ」
いったい何をするというのか。
ファールハイト卿がレンが差しだした腕輪に触れると、抜いた剣が輝きを放つ。
「あれは――魔法剣ですの?」
ヒルディスがポツリと呟いた言葉を耳にした。
ファールハイト卿は輝く剣を振り上げ、魔獣に向かって振り下ろす。
すると、魔獣は苦しげな咆哮をあげていた。
一刀両断、たった一撃で魔獣を屠ったようだ。
「大聖女ヒルディス様、大丈夫でしょうか?」
「え、ええ」
ファールハイト卿は優しく手を差し伸べようとするも、阻むようにレンが叫んだ。
「まだ魔獣の討伐は終わっていません!」
「わかっています!! アイスコレッタ卿、忘れたのですか!? 私達の任務は、大聖女ヒルディス様をお守りすることだと!!」
他の聖騎士達は魔獣相手に応戦している。しかも劣勢だ。
ヒルディスに手を差し伸べるよりも先に、やることがあるだろう。
レンの言うことは間違っていない。
ヒルディスも同じことを思っていたのだろう。即座にファールハイト卿に指示を出す。
「ファールハイト卿、今は魔獣の討伐を優先するように!」
「承知しました」
「わたし達はこの炎が守ってくれるから、大丈夫なの!」
その言葉を聞いたレンは頷き、ファールハイト卿のあとに続く。
残りの魔獣も、逃げた一体を除いてファールハイト卿の輝く剣で倒してしまったようだ。




