リーベルの町
リーベルの領主は二十代半ばの、年若い青年だった。
なんでも先代当主が魔獣の襲撃で命を落としたらしく、代替わりしたばかりだという。
「我が領地に大聖女様がいらっしゃるなんて……!」
リーベルの領主は憔悴しきっていた。
頬は痩け、顔色も悪く、唇は紫色。
けれども大聖女であるヒルディスが聖騎士達を率いてやってきたことに救いを見いだしているのか。瞳はキラキラと輝いていた。
「ご覧の通り、ここで町を守る任務に就いていた騎士様は、魔獣に喰われるか、夜逃げするかのどちらかで、一人もおりません」
「まあ……!」
町の人達を守るために存在していた騎士も、魔獣の脅威に戦力を削がれてしまっているようだ。
「あの、何もないところですが、町にご案内しますね」
「ええ、お願いいたします」
駐屯地からリーベルの町に、領主が用意した馬車で移動する。馬車に揺られること十分ほどで到着。
町の周囲には魔獣避けか杭が打たれ、土のようなものが塗りたくられている。
酷い臭いなので、家畜の糞か何かなのかもしれない。
ファールハイト卿は気になったのか、すぐに質問を投げかけていた。
「領主、こちらの杭に塗った物はなんですか!? 酷い臭いですね!!」
「家畜の糞を塗ったものです。魔獣が嫌うという噂を聞いたものですから」
「こんなの無意味です。今すぐ撤去なさい!!」
その言葉に、レンが何か言いたげな表情を浮かべていた。
言いたいことはわかる。けれども部下である手前、物申すことなんて許されないのだろう。
どうしたものか、と思っていたところに、ヒルディスが「少しよろしいですか?」と声をかける。
「大聖女ヒルディス様、このような物など魔獣を前にするのは無意味だというのに、不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません! これはすぐにリーベの町の者達に撤去させますので!」
「いいえ、ファールハイト卿、必要ありません」
「どうしてですか!? こんなの、我慢できないでしょうに!?」
「わたくしは気になりませんわ。それに、これを撤去する者の労力も、惜しいような状況でしょうから」
ヒルディスがリーベの領主に「そうですよね?」と聞いたところ、遠慮がちに頷いていた。
「しかし、ここで数日滞在することになりますのに、この臭いの中で暮らすというのは、食事も喉を通らないのでは!?」
「ここには滞在しません。駐屯地に天幕を張って、そこを拠点とします」
ヒルディスの言葉にファールハイト卿は驚いた顔を見せる。
野宿するなんて、想定外だったのだろう。
「大聖女ヒルディス様にそのようなことをしてもらうわけにはいかないですよ!」
「ここでお世話になるには、リーベの町の人達の労力を割かなければなりませんから。わたくしにはヴィオラがおりますので、彼女さえいれば、どこで寝泊まりしようが問題ありません」
心の中でヒルディスに拍手を送る。レンもヒルディスのいるほうへ頭を下げ、敬意を示していた。
リーベルの領主は実際に手を叩いて涙を浮かべていた。
さすが大聖女様だ、と言いたくなるくらいの立派な心構えである。
ファールハイト卿はポカンと口を開いたまま、それ以上ヒルディスに意見しようとしなかった。
「まずは、被害に遭った人達のもとへゆきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「はい、ご案内します!!」
町にはかやぶき屋根の家がたち並んでいるものの、活気がなく人通りもほぼない。
「もうすでに、三十名くらいの者達が、命を落としました……」
その多くは、農作業をしているときの襲撃だという。
一家の主を亡くした者、妻を喪った者、家族全員魔獣に奪われた者――そんな話を聞いていると、胸が締め付けられる。
町に唯一ある診療所には、魔獣に襲われた者達が運び込まれているようだが、完治した者は一人もいないらしい。
「痛み止めも、魔法薬も、回復術も、すべて効果がないようで」
魔獣から受けた傷は呪いのように体を蝕み、苦しみを永久的に与え、最終的には命をも奪うという。
中に入ると、腐敗臭のようなものが漂い、患者達のくぐもった声も聞こえてくる。
ベッドはすでに足りていないのだろう。
廊下に横になっている患者もいた。
腕に巻かれた包帯は血で真っ赤に染まっている。
止血できない傷なのか、血がぽたぽたと滴っていた。
「ああ、ああああ……」
患者はヒルディスのほうへケガをしていない手を伸ばそうとしたが、ファールハイト卿が「汚い手で大聖女ヒルディス様に触れないでください!!」と一喝した。
けれどもヒルディスは気にすることなく、患者の手を優しく包み込むように握る。
「痛かったでしょうに」
ヒルディスはすぐに患者の前に膝を突き、神に祈りを捧げる。
「――祝福よ、不調の因果を癒やしませ」
彼女がそう口にするや否や、出血が止まり、患者の顔色がよくなる。
「ま、まさか……!?」
患者は勢いよく起き上がり、包帯を取り去った。
「き、傷が、傷が治っている!?」
ヒルディスの祝福の力は、呪いのような魔獣の傷も治してしまうらしい。
患者は涙を流し、ヒルディスに感謝していた。
それからというもの、ヒルディスは次々と患者の傷を回復させていく。
中には足を食いちぎられた者の欠損部分も復活させていた。
これが大聖女の力なのだ。
初めて、大聖女の力を目の当たりにする。
ヒルディスの活躍で、診療所にいた患者全員が元気を取り戻したのだった。




