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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第五章 怠を知る者、惰に溺れる

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魔獣退治の旅へ

 出発当日、わたしとヒルディスは揃って馬車に乗り込み、王都の郊外まで向かった。

 そこは聖騎士隊の演習場であるのと同時に、竜車の発着地点でもあるらしい。

 竜車というのは、車体を使役されたワイバーンに吊り下げて上空を飛ぶ、空を駆ける馬車だという。

 もちろん、乗るのは初めてである。

 演習場にはすでに複数のワイバーンと車体が用意されていた。

 その中に、巨躯を誇る黒いワイバーンがいる――と思ったが、他の個体とは体の作りが異なる気がした。


「あれはなんなのでしょう?」


 隣にいるヒルディスに話しかけたつもりだったのに、背後から返答があった。


「あちらはアイスコレッタ卿の守護獣、暗黒竜ですよ!」


 ハキハキしていて少し芝居がかった喋り方だ、と思いつつ振り返る。

 そこにいたのは、緩く波打った長髪を一つに結んだ、二十歳前後の青年。

 他の聖騎士と同じくサーコートに身を包んでいるが、隊長格を示す金の刺繍が胸に入っていた。


「大聖女ヒルディス様、お久しゅうございます。わたくしめを覚えていらっしゃいますでしょうか?」

「もちろんですわ、フリートヘルム・フォン・ファールハイト卿」


 やはり彼がそうだったか、と思う。

 見目麗しい青年、といった雰囲気だが、魔獣を何体も討伐しているような猛者には見えない。手足には筋肉が付いているようには見えないし、強い騎士が持つ隙のない雰囲気も感じなかった。

 もしかしたら聖術と併せて戦っている可能性がある。


「アイスコレッタ卿の暗黒竜も、竜車として大聖女ヒルディス様を運んでいただく予定なんです。ねえ、アイスコレッタ卿?」

「はっ!」


 ファールハイト卿の影のようにいたらしい、レンが一歩前に出て片膝を突く。


「大聖女ヒルディス様、彼、アイスコレッタ卿のことも記憶しておりますでしょうか?」

「ええ、最近聖騎士として叙勲したばかりですもの。彼、優秀な聖騎士なのでしょう?」

「そうなんです。神学校の最終試験となる巡礼旅で、アイスコレッタ卿は五体も魔獣を討伐したようで!」

「まあ! なんて頼もしい」


 レンの話で盛り上がっている間、当の本人は虚無の表情でいた。

 あまり褒められることに慣れていないからだろう。


「彼が操縦する竜車は揺れが少なく、快適な飛行ができると評判なんです!」

「そうでしたの。アイスコレッタ卿、頼みますね」

「はっ!」


 聖騎士達が集合し、出発式が開かれる。

 ずらりと並んだ聖騎士の数は、三十人くらいか。

 魔獣討伐のために編成された、精鋭部隊だという。

 ヒルディスが聖騎士達に労いの言葉をかけると、感極まっている様子を見せていた。

 そんな感じで出発となる。


 ヒルディスはファールハイト卿の手を借りつつ、竜車に乗った。

 わたしも続こうとしたところ、ファールハイト卿はこれまでにこにこしていたのに、わたしがやってきた途端に無表情となってプイッと顔を逸らす。

 お前みたいな女はエスコートに値しない、とでも言いたいのか。

 別にわたしもエスコートをしてもらおうだなんて思っていなかったのだが。

 その後、ファールハイト卿は踵を返し、レンに「しっかり大聖女ヒルディス様をお連れするように」と偉そうに行って去って行く。

 すっごい嫌な奴!! という印象だけが残った。

 はあ、とため息を零し、竜車のステップに一歩踏み出そうとした瞬間、レンがわたしに声をかける。


「お手をどうぞ、お嬢様」

「まあ!」


 ここでまさかレンがエスコートしてくれるなんて。

 先ほどの無表情とは打って変わり、柔和な笑みを浮かべていた。


「ありがとう」

「お安い御用です」


 レンの手を取ってステップを登り、竜車に乗り込む。

 中は花柄のオシャレな壁紙が張られており、座席は艶のある革で、車体のフレームは金だった。瀟洒しょうしゃなサロンといった雰囲気で、居心地もよさそう。

 暗黒竜に跨がって竜車を操縦するアイスコレッタ卿と話したいときは、伝声管と呼ばれる筒状のアイテムを使い、飛行中に話すことも可能らしい。ヒルディスが教えてくれた。


「ヒルディス様は竜車は乗ったことがあるのですか?」

「ええ、何度か」


 さすが大聖女と言うべきなのか。

 わたしが把握していないだけで、エマと一緒に慰問の旅に出かけているのかもしれない。


 そうこうしているうちに、ワイバーンがギャギャア鳴き始める。

 どうやら出発するらしい。

 先に護衛部隊となるワイバーンが飛び立つようだが、明らかに車体がぐらぐら揺れていた。


「うわ……けっこう揺れるんですね」

「それが竜車ですから」


 馬車では時間がかかる道のりも、竜車ならばあっという間に到着できる。

 乗り心地など二の次、三の次になるようだ。


 リリリ、と伝声管が鳴ったので手に取る。


『これから離陸します。立ち上がらず、座席のベルトをよく締めてお待ちください』

「ええ、わかったわ。よろしくね」


 それだけ伝えて切った。

 本当ならばもっとレンと話したかったのだが、ヒルディスがいる手前無駄話なんかできるわけもなく。

 ついに飛び立つようで、ドキドキしながらそのときを待つ。

 いったいどれくらい揺れるものか、なんて考えていたら、あっさり雲の上に到達した。


「え、揺れてない……ような?」

「ファールハイト卿が、アイスコレッタ卿の操縦は揺れないと言っていたのは、本当だったようですわね」


 心の中で盛大にレンと暗黒竜に感謝する。

 ワイバーンの竜車に乗って右に左にとシェイクされていたら、朝からお腹いっぱい食べたものが、台無しになっていただろう。  


 その後も空の旅は快適そのもので、これが巡礼旅だったらどんなによかったか、なんて考えてしまう。

 しかしながら残念なことに、わたし達が目指す先は、魔獣がはびこる場所だ。

 景色だけでも楽しもう。そう思って窓に張り付いていたら、ヒルディスが話しかけてきた。


「ヴィオラ、あなたは王都の外に行くのは初めてですの?」

「ええ、そうなんです」


 郊外にあるオプファー・ガーベ修道院にならば行ったことはあるものの、あの忌々しい場所をカウントしたくなかった。


「何もかも、新鮮に映るというのは、羨ましく思います」

「そうですか? わたしはいろんな場所に行って、見識を広げられる環境にあったヒルディス様のほうが羨ましいな、って思っていたのですが」

「わたくしの気持ちは、きっとあなたにはわからないのでしょうね」


 それは非難めいた言葉というよりは、諦めの色が滲んでいるというか、複雑な意味が込められているように思える。

 大聖女として生を受け、正しく在ろうと努力しつつ生きるヒルディスの苦労なんて、わたしには一生理解できないのだろう。

 ヒルディスにも、愛人の娘として育ち、母親の愛情を感じないまま生きているわたしの空しさなんて、一生知ることもない。

 同じ父親を持つ姉妹なのに、わたし達の心は通じ合っていない。

 今、こうして一緒にいるが、心から打ち解けられる瞬間なんて一生ないような気がした。


 若干気まずい雰囲気になっていたが、わたしは気付かずに無邪気に窓の外を眺める振りを続ける。

 そうこうしているうちに、最初の駐屯地に到着したようだ。

 駐屯地と言っても外壁のある立派な施設ではなく、家畜を囲むような柵があるばかりで、建物も天幕という、頼りない環境である。王都の演習場と比べるのはよくないな、と思った。

 大聖女であるヒルディスを迎える騎士の姿はない。

 駐屯地にも人の気配がない代わりに、盛り上がった土が並んでいた。

 おそらく、魔獣の襲撃によって命を落とした騎士達の墓なのだろう。

 目にするだけで、魔獣の脅威を感じてしまった。

 王都から竜車で三時間ほどの場所にあるのは、リーベルと呼ばれる農業の主要地である。

 見渡す限りの麦畑が広がっていて、すでに収穫期を迎えているようだが、魔獣の襲撃があり、農作業ができない日が続いているようだ。

 リーベルを領する貴族の当主がやってきて、ヒルディスと聖騎士達の到着を喜んでいた。 

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