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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第五章 怠を知る者、惰に溺れる

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否が応でも時間は巻き戻って……

「ヴィオラお嬢様、おはようございます。朝の紅茶を持ってまいりました」

「!?」


 その一言でわたしは目を覚ます。

 慌てて起き上がると、メイドが驚いた様子でわたしを見つめていた。


「あの……?」

「お砂糖はいつも通り、三杯入れていただけるかしら?」

「承知いたしました」


 驚いた。

 わたしはどうやらまたしても子ども時代に時間が巻き戻っていたらしい。

 三度目人生と同じく、十歳のわたしだった。

 以前までは母と一緒にここを脱出しようと躍起になり、結果、シュヴァーベン公爵夫人の反感を買って殺されてしまった。

 今度は同じ轍を踏まないようにしないと。

 メイドがいなくなったあと、すぐに大精霊ボルゾイを呼んでみた。


「ボルゾイ、いる?」

『ええ、お傍におりますとも』


 彼女の姿を見るとホッとする。

 何度も死んで生き返って、時間を巻き戻すという普通じゃない状況で、大精霊ボルゾイだけは変わらずに傍にいてくれるから。


「ガルムは?」

『あなた様が生まれ変わったときに転移する、〝鏡の間〟にいるようです』

「あの空間、名前があったんだ」


 ガルムが野放し状態ではないと聞き、深く安堵した。


『〝魔獣召喚サモン・ビースト〟で、いつでも呼ぶことはできるかと。試してみますか?』

「いいえ、大丈夫」


 鏡の間で再会したガルムは大人しく、見た目も怖くなかった。

 けれどもラルフ・ガイツが使役し、襲撃してきたガルムの記憶は脳裏にこびりついていて、わたしを今でも震えさせる。

 しばらくしたら、召喚できるかもしれない。

 今は距離を置く時間が必要だと思った。


「少し、使える能力についても整理してみましょう」


 わたしの祝福〝因果応報マウン=雌犬の仕返しティング〟は死んだあと、やり返したいという強い思いがあれば死因を能力として習得し、人生のやり直すことができるものである。


 一度目の人生で火炙りとなり、焼死したことによって〝地獄の炎インフェルノ〟と火属性の耐性を習得。

 二度目の人生では猛毒を盛られ、中毒死したことによって〝猛毒耐性トキシック・ガード〟を習得。

 三度目の人生では胸を刺され、刺創死しそうしされたことによって、〝壊れた心ブロークン・ハート〟を習得。

 四度目の人生では魔獣ガルムに噛みつかれ、出血死したことによって、〝忠犬ロイヤル・ハウンド〟を習得。

 ガルムが人の血を啜ることにより、祝福を複製できるという能力があって、これまで習得したものの一部を使うことができるようだ。

 その一部というのが、母の祝福〝美貌コムリネス〟、ラルフ・ガイツの祝福〝魔獣召喚サモン・ビースト〟、エマの祝福〝光源〟。

 ずいぶんといろいろ使えるようになったものだ、と振り返る。


「そういえば、〝壊れた心ブロークン・ハート〟はシュヴァーベン公爵夫人の祝福〝武器錬金術ウェポン・アルケミー〟の要素もあったわね」


 ただのナイフが槍のように変化し、ラルフ・ガイツの胸を貫いたのだ。

 あれがなかったら、ラルフ・ガイツの息の根を止めることができなかったのだろう。


「でも、どうしてかしら?」

『おそらく死因に祝福が関わっていたので、付与されたのかもしれませんね』

「そうなのね」


 子ども相手なので祝福を使わずとも殺せただろうに、あのときのシュヴァーベン公爵夫人は確実にわたしを仕留めたかったに違いない。

 まあ、猛毒が効かない子ども、というのは恐怖でしかなかっただろうが。

 祝福と能力については把握できた。

 今度は状況について話をしよう。


「また子ども時代に巻き戻ったみたい。時期もたぶん三度目の人生と同じくらいね」

『そのようにお見受けします』


 二度目、三度目、四度目と通して、わたしは母を助けられなかった。

 五度目ともなれば、好き勝手生きるものいいのではないか。

 なんて思いが胸にあったのだが、いざ、時間が巻き戻ってみると、母のためにできることがあるのではないか、なんて思ってしまう。


「でも、正直どうすればいいのかわからないの」


 母については巻き戻った人生を送る中で、救済をやり尽くしたように思える。

 その点について、大精霊ボルゾイがわたしを諭すように言葉をかけ始めた。


『お母様はお母様の人生を、責任をもってまっとうされているはずです。以前も申しましたが、お母様は大人ですし、子どもであるあなた様が考える必要はないと思います』

「そう……かしら?」


 母を見捨てるなんて親不孝者だ。

 なんて決めつけ、何度もやりなおしの人生に挑んできた。

 けれども母を取り巻く状況は厳しいもので、わたしが軌道修正しようとしても、本人の強い意志と周囲の者達がそれを許さない。


「考えれば考えるほど、わからなくなるわ」


 甘い紅茶を飲んで、心を落ち着かせる。


「おいしい……!」


 ものすごく久しぶりに、口にしたような気がする。

 ナイトの野郎と交際してからも飲めたものの、美しさを保つために甘い物は食べていなかったのだ。

 実を言えば、わたしは砂糖がたっぷり入った紅茶に目がなかった。

 ずっとずっと、わたしは好きな物を我慢していたのだ。

 これからは少しだけ我が儘を言ってもいいのだろうか?

 甘い紅茶を好んで飲むように、自分を甘やかして、生きたいように生きたい。

 そんな素直な気持ちを大精霊ボルゾイに打ち明けてみた。


『わたくしはあなた様の決定を、応援しておりますわ』

「ボルゾイ、ありがとう」


 ならば今回は自分自身が望むように、生きてみようではないか。

 母に関しては、助けられる部分は助けて、最終的には自分の生きたいように生きて、生をまっとうしてもらおう。

 そういうふうに考えることにした。


 ひとまず、今後について大精霊ボルゾイと話し合う。


「ここで過ごすにあたって大事なことは、シュヴァーベン公爵夫人の反感を買わないこと、よね?」

『ええ』


 しかしながら、わたし達親子は盛大に反感を買っている状態だった。

 これからどうすればいいのか。


『自分達はこれ以上、余計な口出しや手出しはしない、というアピールが大事だと思います』

「シュヴァーベン公爵に、大聖堂で修道女をして、ヒルディスを支えたいってお願いするのはどうかしら?」

『それはいいかと思いますが、少し段階を踏んでからのほうがよいと思います』

「どうして?」

『大聖堂は大聖女ヒルディスの〝縄張り〟でしょうから、勝手に入ったらあまりいい思いをしないような気がしまして』

「たしかに、一理あるわ」


 この屋敷に暮らす中で、わたしはシュヴァーベン公爵夫人やヒルディスと敵対する気持ちはなく、むしろ従う側ですと主張してからのほうがいいようだ。

 どうすればわかりやすく伝わるだろうか。

 しばし考えた結果、ある名案が思いつく。


「そうだわ! ヒルディスの取り巻きの仲間入りをさせてもらう作戦はどうかしら?」


 ヒルディスを支えたいと言って彼女の傍で大人しくしているのである。

 これ以上、従う姿勢をアピールできる機会はないだろう。


「それが上手くいったら、これからもヒルディスの力になりたいとか言って、修道女になればいいのよ!」


 ヒルディスの後押しがあれば、大聖堂の所属になれるはず。

 きっとシュヴァーベン公爵夫人もわたしを見直すだろう。

 不透明だった将来に、光が差し込む。

 今度こそ幸せになってみせるのだ、と気合いを入れたのだった。


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