これまでのお話
愛人である母と、シュヴァーベン公爵の間に生まれ、ヴィオラ・ドライスとして命を受けたわたしは、誰もが持っているはずの祝福を持たず、また守護獣も存在しなかった。そのため、美貌を唯一の武器とし生きてきたのだ。
そんな中、十八歳の晩に第二王子ナイト・フォン・ホッフート・ジーヴントゥンに恋に落ちた。
それが人生の過ちだと知らず、二十歳まで交際を続け、彼との結婚を今か今かと夢みていたのだ。
彼から求婚され、ダイヤモンドが鏤められた婚約指輪を渡され、幸せの絶頂にいたわたしの人生が、急降下する出来事が起こる。
恋人として交際を続けていた彼は、大聖女で二歳年上の腹違いの姉ヒルディス・フォン・シュヴァーベンの婚約者だったのだ。
わたしとの関係がヒルディスにバレたナイトの野郎は保身のためか、婚約指輪を盗んだ犯罪者としてわたしを糾弾した。
あれよあれよという間に聖騎士達に拘束され、大聖堂に連行されたかと思えば、裁判が開かれることとなる。
そこには裁判官達がいて――。
裁判長であり、聖教会の枢機卿であるゲラルト・ツォーン。
筆頭裁判官であり、司教であるラルフ・ガイツ。
裁判官次席であり、聖騎士隊長であるフリートヘルム・フォン・ファールハイト。
裁判官補佐であり、大商人でもあるエドウィン・フェレライ。
筆頭裁判官であり、大商人エドウィン・フェレライの妻であるマルティナ・フェレライ。
ヒルディスと、その母であるシュヴァーベン公爵夫人も登場し、さらにナイトの野郎は彼女の弁護官としてやってきたようだ。
いくら彼に訴えても聞く耳なんて持たず、ただただひたすらヒルディスを支えるばかりだった。
ナイトの野郎だけでなく、この場にいる誰もがわたしの主張を無視し、犯罪者に仕立てようと、意味のない裁判を進めていく。
もうどうにもならない。
それに気付いた瞬間、心がぽっきりと折れてしまった。
最初から決まっていたかのように、わたしの死刑が執行される。
ただ殺されるわけではない。
王都の広場で、公開処刑が行われるようだ。
瞬く間に罪人として仕立てられたわたしの身柄は、聖騎士から暗黒騎士の手に渡った。
漆黒の板金鎧を纏う姿は、どこか不気味だった。
けれども暗黒騎士の彼、ケレン・アイスコレッタはわたしを丁重に扱ってくれた。
さらに彼は聖教会の裁判がでたらめだということを知っていた。
また、わたしを助けることができなくて申し訳ない、とも言ってくれたのだ。
この世界で唯一、わたしを信じてくれる存在がいる、というのがどれだけありがたかったか。
ただそれだけで、救われたような気がした。
その後、わたしの死刑が執行される。
観衆の好奇な視線に晒されながら、炎に抱かれ、命を落とした。
つまらない人生だった。
そう思いながら、わたしは息絶えたのだ。
人は死んだらどうなるのか。
記憶をなくし、あたらしい生を与えられるのか?
それとも天国で幸せに暮らすのだろうか?
わたしの場合は、どちらでもなかった。
天と地が鏡合わせになったような謎の空間に飛ばされ、大精霊ボルゾイと名乗るわたしの守護獣が待っていたのである。
わたしには祝福もなければ、守護獣もいない。
そう思い込んでいたのに、実際は違った。
大精霊ボルゾイは傍にいなかったものの、わたしの人生を見守ってくれていたらしい。
さらに、わたしには祝福も与えられていたようだ。
〝因果応報=雌犬の仕返し〟
それは死因となった要因を能力として身につけ、時間を巻き戻した状態で復活する、というものだという。
つまり、死なないと効果が発揮されない祝福を与えられていたようなのだ。
炎に抱かれて死んだわたしは、炎を意のままに操る〝地獄の炎〟を習得した。さらに、炎を無効化とする火属性の耐性も身につけることができたらしい。
これらの能力があれば、火炙りにされても死なない。
同じ屈辱を味わうことはないのだ。
こうしてわたしは一度死んでから祝福を得て、守護獣である大精霊ボルゾイと共に新たな人生の一歩を踏み出すこととなる。
二度目の人生では母を見捨てずにいよう。
なんて目標を掲げていたのだが、時間が巻き戻ったのは火炙りの刑を受ける十日前だったのである。
子ども時代に戻るならばまだしも、たった十日前に巻き戻っただけでどれだけ挽回できるものか。
ひとまずナイトの野郎と別れ、母を探すこととなった。
一度目の人生でわたしに優しくしてくれたアイスコレッタ卿とも再会し、星灯堂のおかみさんと旦那さんにお世話になって、住み込みで働くことも決まった。
あとは母を探して一緒に暮らすばかり。
そう思っていたのに、母の居場所は大商人エドウィン・フェレライが握っていたのである。
母の行方を知るために彼に協力していたのだが、マルティナ夫人に不貞を疑われ、わたしは食事に毒を盛られ、あっけなく死んでしまった。
中毒死し、二度目の人生を終えたわたしは、〝猛毒耐性〟の能力を得る。
三度目は子ども時代まで巻き戻っていた。
まだシュヴァーベン公爵邸で居候をしていた時代である。
そこでわたしは、母と一緒に屋敷を脱出することを目標とした。
当時、シュヴァーベン公爵は母をいたく気に入り、寵愛されていたようだ。
それをシュヴァーベン公爵夫人がよく思うわけもなく……。
ヒルディスは無関心を装っていたものの、面白くなかっただろう。
そんな気持ちを察した取り巻きの一人、エマに目を付けられる。
一度目の人生では彼女と派手にやりあったものの、彼女の相手をしている暇なんてなかった。
ヒルディスの取り巻きの中に、幼少期のアイスコレッタ卿もいた。
女の子にしか見えなかったのだが、人数合わせのために雇われた身だったらしい。
そんなアイスコレッタ卿――レンと打ち解け、仲よくなった。
屋敷を出てからも、付き合いを続けよう。
そう思っていた矢先に、わたしと母はマルティナ夫人に殺されてしまう。
食事に毒が盛られていたのだが、〝猛毒耐性〟の能力を持つわたしに効果はなかった。
ただそれだけでは難を逃れられたわけもなく、わたしはシュヴァーベン公爵夫人の祝福〝武器錬金術〟で武器に変換されたカトラリーで胸をひと突きされ、あっけなく命を落とす。
四度目の人生は、一度目の人生の二年前、十八歳のわたしに時間が巻き戻る。
その当時のわたしは母の命令で、貴族と結婚し、玉の輿に乗ることを目標にしていた。
シュヴァーベン公爵の後ろ盾を失ったわたしが相手にされるわけもなく、途方に暮れているところになナイトの野郎と出会ったわけである。
繰り返してたまるものか、とわたしは母をパッパード救貧院に預けることに決めた。
わたし自身もパッパード救貧院のキュプス院長の紹介で、オプファー・ガーベ修道院に身を寄せることになったのだった。
そこでわたしは一度目の人生で裁判官を務めていたラルフ・ガイツと出会う。
どうして二年後に司教となる彼がここに? と思ったのだが、人生いろいろあるのだろう。
なんて、大して気にしなかったのである。
そんなオプファー・ガーベ修道院で、レンと会うことができた。
彼は処刑された人を埋葬するため、ときおり通ってきていたという。
さらにヒルディスの取り巻きだったエマと再会した。
彼女はなんと、ナイトの野郎と不貞を働いていたことがヒルディスにバレ、社交界を追放されてしまったという。
あろうことかエマは、かつてのわたしが手にし、ヒルディスが受け取るはずだったダイヤモンドが鏤められた指輪を所持していたのである。
ナイトの野郎から貰ったあと、返すようにという言葉を無視し、ここまで持ち込んでいたようだ。
彼女はうっとりと、その指輪を眺める時間を至福としていた。
それなのに、エマはその指輪を残して大聖堂への異動に応じたという。
明らかにおかしい。
彼女は何者かに連れ去られたのではないか。
そんな疑問が生まれた。
探りを入れるうちに、わたしは事件に巻き込まれる。
ラルフ・ガイツが淹れた怪しい薬草茶で修道女達の意識を奪い、地下に連れ去っていたのだ。
そこで行われていたのは、世にも恐ろしい魔獣ガルムの飼育。
ガルムは人の血を餌とし、力を付けていたという。
ラルフ・ガイツは身よりがなく、従順な修道女を拐かし、パッパード救貧院の院長に預けていた。
パッパード救貧院の院長は〝生搾り〟の祝福を用いて生き血を絞り、酒瓶に詰めてラルフ・ガイツに返していたわけである。
母もパッパード救貧院で生き血となっていた。
わたしは知らずにそれをラルフ・ガイツの元まで運んでいたわけである。
事情を知りすぎてしまったわたしは、ガルムに噛みつかれ、命を脅かされる。
命の灯火が消えようとした瞬間、わたしは三度目の人生で得た能力〝砕けた心〟を用いてラルフ・ガイツを殺した。
そのあとわたしも死んでしまったのだが、初めて復讐を果たすことができたのだった。
このようにして、わたしのやりなおし人生は何一つ上手くいっていない。
しかしながら五度目の人生こそ、幸せを掴めるはず。
そう信じ、わたしはまた一歩、前に踏み出すのだった。




