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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第四章 強かな者ほど、欲を渇望す

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対峙

『ガアアアア!!』


 生臭い吐息を浴びる。全身に鳥肌が立った。

 今から回避しても間に合わない。

 本能的に悟った。

 けれども諦めきれないわたしは、〝地獄の炎インフェルノ〟 をガルムと呼ばれる魔獣に向かって放った。


『ギャウン!!』


 効果があったようで、ガウルは大きく後方に飛んだ。


「なっ、シスター・ヴィオラ!? あなた、意識があったのですか?」

「そうよ!!」


 命を脅かされるような状況になることはわかっていた。

 けれども魔獣が出てくるなんて、想像できるわけがない。


 わたしの身を守るように〝地獄の炎インフェルノ〟を全身に纏わせる。

 するとガウルは唸るばかりで、警戒し近寄ってこない。


「シスター・ヴィオラ、その炎は、あなたの祝福なのですか?」

「ええ、きれいでしょう?」


 そういうことにしておく。他にスキルがあることなんて言うわけがない。

 〝地獄の炎インフェルノ〟 に警戒しているうちに、奴らから情報を聞き出さなければ。


「ねえ、エマはどこなの?」


 ラルフ・ガイツは悪びれもせずに言った。


「ああ、彼女はすでにパッパード救貧院の院長のもとへ送って、ガルムの餌となって戻ってまいりました。半分食べてしまったのですが、見てみますか?」

「どういうことなの?」


 ラルフ・ガイツはわたしの言葉を無視し、祭壇にあった酒瓶を手に取り、逆さまにした。 すると真っ赤な液体が地面に落ちていく。

 その液体にガルムが飛びかかり、ぺちゃぺちゃと啜る音が響き渡る。


「ふふ、ガルム。シスター・エマの血はおいしいでしょう?」

「な、なんですって!?」

「パッパード救貧院の院長特製の、血のワインなんです。生き血を余すことなく搾って、我々に提供してくれるのですよ」

「嘘でしょう……ありえないわ」


 衝撃のあまり、〝地獄の炎インフェルノ〟 が消えてしまった。


「さあ、ガルム、今です。あなたの猛毒を浴びせなさい!!」


 そう命じると、ガルムはブルブルと体を震わせる。

 すると血が辺りに散った。

 床にガルムの血が付着すると、シュウシュウと音を立てて溶けていく。

 そんな血をわたしは全身に浴びたが――。


「さあ、苦しんで……なっ!?」


 溶けたのは修道服だけで、わたしはまったくの無傷。

 〝猛毒耐性トキシック・ガード〟の効果が目に見える形で発揮されているようだ。


「なぜ、ガルムの血が効かないのでしょうか!?」

「生家で毒の耐性をつけていたのよ」

「馬鹿な!! 魔獣の猛毒ですよ!!」


 嘘は言っていないのだが、信じてもらえないようだ。

 再度ガルムが襲いかかってこようとしたので、〝地獄の炎インフェルノ〟 を体に纏わせて遠ざける。


「それよりも、エマを手にかけたのはパッパード救貧院の院長ということなの?」

「まあ、そうです。彼の祝福〝生搾りピュア・スクイーズ〟によって、人体から鮮血だけをきれいに搾り取っていただいたんです。ここに来る初日に、あなたが運んできたのもそうなのですよ」

「は!?」


 たしかにパッパード救貧院の院長から酒瓶をラルフ・ガイツに届けるように頼まれた。

 それがまさか、他人の血を搾ったものだったなんて。


「人間の血は魔力が豊富に含まれていて、ガルムの大好物なんです。飲めば飲むほど、強くなれる!」


 さらに、ガルムは飲んだ人間の祝福も取り込むことができるらしい。


「あなたを喰らえば、ガルムは炎と毒の耐性を得るというわけです!」

「そんなことをしたら、〝地獄の炎インフェルノ〟 でここを焼き尽くすわよ!」


 ラルフ・ガイツが思っていた以上に、危ない奴だった。

 早くここから逃げなければならない。

 パッパード救貧院に預けた母も心配だ。あの人の好さそうな院長が、他人の命を奪い、血を搾り取っていたなんて信じられないが……。


「ああ、そう。シスター・ヴィオラ、あなたが運んだ血は、あなたの母親のものだったんですよ」

「何を、何を言っているの? そんなの、嘘に決まっているわ!」

「嘘を言うものですか。あなたの母親は、引き取り手がなく、娘であるあなたは修道女となった。つまり、誰も気にすることのない命ですので、ガルムの餌になってもらったのですよ」

「嘘よ、嘘……! そんなわけないわ」

「でしたら、これをご覧なさいな」


 ガルムの顔が突然輝く。

 まるで恋に落ちたときのように、目が離せなくなった。


「これは、母の祝福〝美貌コムリネス〟……!」 


 三回目の人生で見せてもらったのだ。間違うわけがない。

 母は本当にパッパード救貧院で殺されてしまったのだ。


「ガルム、今です!!」


 〝美貌コムリネス〟にかかっている間に、〝地獄の炎インフェルノ〟 が解けていたようだ。

 それを狙って、ガルムがわたしの首に噛みついてくる。


「きゃあ!!」


 噴水の水のように、自分の血が噴き上がるのを他人ごとのように目にする。

 その場に力なく倒れた。

 ガルムはわたしの血をがぶがぶ飲み干し、ぺろりと舌舐めずりをしている。


「ガルム、下がりなさい」


 ラルフ・ガイツは楽しそうな顔でわたしを覗き込む。


「どうですか? 生きながらに餌になる気分は?」

「死ね」

「はい?」

「死んでしまえ!!」


 そう叫び、手に隠していたナイフを振りかざす。

 虫の息となったわたしの攻撃は、あっさり回避されてしまった。

 それだけではなく、ナイフを持つ手にも力が入らず、床に落とす。


「悪あがきというわけですか」


 そうよ!! なんて返す余裕もなく、代わりにわたしは最後の力を振り絞って叫んだ。


「〝砕けた心ブロークン・ハート〟!!」


 スキルを口にすると、ナイフが槍のように長くなり、弓を放ったかのように飛んでいった。

 まっすぐラルフ・ガイツのほうへ飛んでいき、胸を突き刺す。


「がっ!!」


 ラルフ・ガイツが大量の血を吐き、その場に倒れ込む。

 胸から流れる血を、ガルムが大喜びで啜り始める。それだけでは足りなかったのか、ラルフ・ガイツ自体をむさぼり始めた。

 そんな残酷な光景を、薄れゆく意識の中で見つめることしかできない。

 すぐ傍で大精霊ボルゾイがわたしを呼んでいるものの、その声も遠ざかっていく。

 舞台の緞帳どんちょうが下りるかのように、意識が消えてなくなる。

 四度目の人生も、あっけなく終わっていった。


 ◇◇◇


 ぽた、ぽた、ぽた……滴った血がわたしの顔に降り注ぐ。

 いったい誰の血――。


「うわっ!!」


 眼前にガルムが迫っていて呼吸が止まるほど驚く。

 血だと思っていたものは、ガルムのよだれだったようだ。

 飛び起きて周囲を見渡すと、いつもの鏡合わせになったような空間にいた。

 どうやらわたしはまた、死んだようだ。


「っていうか、あなた何!?」

『新しい祝福のようです』


 わたしの疑問に大精霊ボルゾイが答えてくれる。


「あなたが?」

『くうん!』


 なんともかわいらしい鳴き声をあげるものだ。

 ラルフ・ガイツの傍にいたときは不気味としか言いようがない血濡れた魔獣だったが、今のガルムはふかふかな白く大きな犬にしか見えなかった。


「あなた、わたしの祝福になったの?」

『くう』


 目の前に文字が浮かぶ。

 〝忠犬ロイヤル・ハウンド〟――血を口にすればその人物の祝福を複製できる、忠誠心に溢れる魔獣。


「えっ、普通にいいじゃないの」


 しかも、これまで喰らった人々の祝福の一部を習得している状態らしい。


「母の〝美貌コムリネス〟に、ラルフ・ガイツの〝魔獣召喚サモン・ビースト〟、エマの〝光源ブライト〟――最高じゃない」


 ようやく使い勝手がよさそうな祝福が回ってきたわけだ。

 と喜んでいる場合ではない。


「ラルフ・ガイツ、絶対に許さないわ!!」


 相討ちになったことだけが、これまでにない成果だったと言えよう。


「やっぱり、他人のために行動すべきではないわね」


 四回も人生を繰り返して、ようやく察することができた。


「次の人生は、レンと仲よくなって――」

『結婚ですか?』

「結婚!?」


 驚いたものの、それもいいかもしれない。

 レンという人生のパートナーがいたら、わたしの人生は幸せになれるはず。


「よし! レンとの結婚を目指して、五度目の人生を目指すわよ!」


 大精霊ボルゾイとガウルが前足をあげ、応援してくれる。


『では、ご一緒に、がんボルゾイ、ですわ!!』

「いや、言わないわよ」


 そんな感じで、わたしの五度目の人生が始まるのだった。   

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