潜入!
暗い部屋に閉じ込めて、いったい何をするつもりなのか。
ここにはわたしの他に、二名の修道女がいた。
彼女らは深く寝入っているのか、異変になんて気付くわけもなく。
こんな状況なんて、嫌な予感しかしない。
正直、何が起こるのか知るのは恐ろしい。
けれども何もしなければ、わたしは前に進めない。
大丈夫、きっと大丈夫。
そう自らに言い聞かせた。
暗い部屋に放置されて一時間くらい経っただろうか。
たびたび眠りそうになっていたものの、そのたびに大精霊ボルゾイが起こしてくれた。
もしや本当に寝かしてくれただけなのでは?
明日、変な姿勢で眠った結果、体が悲鳴を上げている修道女が三名発生するだけだろうか?
なんて考えていたら、食堂の扉が開かれる。
薄目で確認する。入ってきたのは――シスター・レーテルだった。
「皆、よく眠っているようですね」
確認するようにそう言ってから、わたしのもとへ接近すると、肩を揺らし始めた。
あまりにも激しくするので文句を言いそうになるも、ぐっと我慢する。
「意識はない、みたいですね。独り言が多かったので、心配していましたが」
独り言というのは、大精霊ボルゾイとの会話だろう。
シスター・レーテルがいないと思って油断していた。まさか会話を聞かれていたなんて。
ただ、寝ぼけた状態での会話だったので、寝言に聞こえなくもなかったのだろう。
シスター・レーテルはそれ以上疑うことはせず、他の修道女も同様にきちんと寝ているか確認していた。
それにしても、どこで監視していたというのか。
神出鬼没な上に、会話も盗み聞きできるなんて。
「入りなさい」
その言葉を聞いて、内心ギョッとする。
いったい誰がやってくるのか。
と考えていたら、カチャカチャカチャ、という獣の爪が床を鳴らすような音が聞こえてきた。
大精霊ボルゾイも、硬い床の上を歩くときにこんな音がする。
けれども聞こえてきたのはそれよりも大きくて……。
大精霊ボルゾイよりも大きな獣が、接近しているようだ。
獣臭さなどはないが、気配を感じる。
息づかいまで聞こえてきた。
胸がばくんばくんと嫌な感じに脈打つ。
次の瞬間――冷たい鼻先が近づいてきた。
スンスンスン、という匂いを嗅ぐような息づかいも聞こえてくる。
「こら! 匂いを嗅いでいないで、早く運びなさいな」
シスター・レーテルの言葉に『ぐおお』という鳴き声が返ってくる。
いったいどんな獣なのか。
薄目で確認したら、視界いっぱいに茶色の毛並みが広がっていた。
鋭い牙に、大きな鼻先、丸い耳につぶらな瞳――熊だった。
こんなところに熊!? と思ったものの、きっとシスター・レーテルの守護獣なのだろう。
そんな熊はわたしの首根っこを咥えると、ズルズルと引きずり始めた。
服が、踵が、わたし自身が擦れる。
辛かったが、我慢するしかない。
シスター・レーテルが熊を先導していたようで、行き着いた先は地下へ繋がる扉。
まさか階段も引きずる気では!? なんて思ったが、昇降機があったようでホッと胸をなで下ろす。
昇降機を下りたあとから、再度熊に引きずられ、行き着いた部屋にラルフ・ガイツがいたようだ。
薄目で見てみると、祭壇に酒瓶がたくさん捧げられているような、怪しい部屋だった。
「連れてまいりました」
「おや、彼女は予定になかったのですが」
「ここ最近、シスター・エマの失踪について、嗅ぎ回っていたようで。処分するならば早いほうがいいと思いまして」
「なるほど。普通に過ごしているように思えたが、君の祝福〝偵察の目〟で監視していたわけですか」
「ええ」
どうやら彼女は、他人を見張るような祝福を所持していたらしい。
何かやらかしたら、決まってシスター・レーテルが現れるわけだ。
「では、処理を行いましょうか。発注が次々と届いていて、血がすぐになくなるんです」
いったい何をするというのか。
処置や血という単語からは、物騒なこと以外想像できないのだが。
「シスター・レーテルは次の修道女を連れてきてください」
「承知しました」
シスター・レーテルはいなくなりようで、扉がばたんと閉められた音だけが聞こえた。
残されたラルフ・ガイツは、誰かに語りかけるように喋り始める。
「パッパード救貧院の院長に処置を頼みたいところですが、あの子が空腹で辛そうでね。そのままこの娘を捧げようではありませんか」
パッパード救貧院の院長? あの子?
またしても、理解しがたい単語が出てくる。
「――いでよ、血塗れ狼!!」
生臭い臭いと、獣の激しい息づかいが聞こえてくる。
『グルルルルル!!!!』
「さあ、ガルム、その娘を食らうのです!!」
パッと瞼を開くと、目の前に血まみれの巨大な狼が迫っていることに気付いた。




