炎に抱かれて
馬車の扉が開かれると怒号や叫びが聞こえ、空気がビリビリ震えているように思える。
処刑場にはすでにたくさんの人々が押し寄せ、見ず知らずであろうわたしを罵った。
「大聖女様の婚約者に手を出すなんて!!」
「この、恥知らずな雌犬が!!」
そんなの知らない。
わたしは彼がヒルディスの婚約者だと知らずに恋人関係にあったのだ。
馬車に押し寄せようとする人から、暗黒騎士の彼アイスコレッタ卿が守ってくれる。
他にも現場には暗黒騎士がいて、集まる人達を追い払い、処刑台までの道を作っていた。
手を縛る縄をアイスコレッタ卿に導かれるように引かれ、わたしは一歩、一歩と進む。
処刑台までの道のりが、永遠のように長く感じる。
結局、わたしはシュヴァーベン公爵邸でメイド達が噂していたように、惨めな人生を歩むこととなった。
処刑台には十字架が立ててあり、そこに私を繋ぐらしい。
アイスコレッタ卿はエスコートをするように、ここまで丁寧に連れてきてくれた。
他の暗黒騎士もやってきて、十字架を背に縄で体が縛られる。
たくさんの人達が、わたしに憎悪の眼差しを向けていた。
中には好奇の視線を向ける者もいる。
怒号と共に石が飛んできたが、アイスコレッタ卿が剣の柄で弾いてくれた。
アイスコレッタ卿がわたしを振り返り、言葉をかけてくれた。
「最期に、ご家族かそれ以外の方でも問題ないのですが、言い残したいことなどありましたか?」
家族に伝えてくれるという。
父であるシュヴァーベン公爵はわたしなんか気にも留めていないだろうし、母も裏切った娘の最期の言葉なんて聞きたくないだろう。
唯一、気になっていたことをアイスコレッタ卿に問いかける。
「やっぱり、あなたの名前が気になるわ。教えてくれる?」
「私の、ですか?」
「ええ、そう。もしも生まれ変わったら、名前を頼りに会いに行くから」
教えてくれなくてもいい。
そんな思いで聞いたのに、アイスコレッタ卿は名乗ってくれた。
「ケレンです。ケレン・アイスコレッタ」
「そう、ケレンっていうの。いい名前ね」
他の暗黒騎士が彼、ケレンに下がるように声をかけた。
「じゃあね、ケレン」
その言葉を最期に、わたしの足下に真っ赤な魔法陣が浮かび上がる。
次の瞬間、炎が激しく巻き上がった。
熱い、痛い、苦しい……。
悲鳴をあげたくても、煙を吸ってそれどころではなかった。
ケレンは他の暗黒騎士に腕を引かれ、下がっていく。
割れるような歓声が、処刑場に響き渡る。
燃えゆくわたしを見て、人々は喜んでいるのだ。
絶対に、絶対に許さない。
もれなく全員、呪ってやる。そんなことさえ思ってしまう。
本当に、ろくな人生ではなかった。
祝福があったら少しはマシだったのか。
守護獣でもいたら、わたしを守ってくれたのか。
どうしてわたしは、わたしは――。
意識を保っていられず、手放した。
炎が、わたしの命までも焼き尽くしたのだった。
これでわたしはお終い。
あーあ、つまらない人生だった!
◇◇◇
人は死んだらどうなるのか。
ずっと気になっていた。
その答えを今、知ることができた。
温かな光の粒に抱かれ、どこも痛くない。
目を開くと、そこは天と地が鏡合わせになったような不思議な空間にいた。
ここが天界へ繋がる空間なのだろうか?
迷子みたいに辺りを見回していたら突然、フワフワな毛並みを持つ生き物が、わたしの目の前に現れる。
宗教画では天使が天界へ導くのがお決まりだが、実際は違うらしい。
わたしを覗き込んでいたのは、長い鼻先を持つ生き物で――。
「え、オオアリクイ?」
『オオアリクイではありませんわ!!』
返答があったので、ギョッとする。
意識もはっきり鮮明になった。
わたしの前にいるのは、長い鼻先に垂れた耳、くりっとした瞳に長い手足を持つ犬みたいな生き物である。
なぜかフリルたっぷりのボンネット帽と、ケープを合わせた姿でいた。
「あなたは?」
『わたくしは〝大精霊ボルゾイ〟ですわ!』
「ボルゾイ……?」
貴族の間で飼育が流行っていた犬種に、そんな犬がいたような気がするが、たしか人語は喋っていなかったような……?
「っていうか、大精霊?」
『ええ、わたくしはあなたの守護獣ですわ』
「は?」
我が耳を疑うような返答を聞いてしまう。
このオオアリクイ……ではなくて、ボルゾイがわたしの守護獣?
「守護獣って、どうして? なんで死んでから現れるの?」
『申し訳ありません。あなたの祝福が解放されないと、動けない状態にありまして。ですが、わたくしはずっと、あなた様の人生を見守っておりました。そして祝福が解放された今、こうして現れた次第です』
「祝福? 何を言っているの? わたしには祝福なんて――」
そう口にした瞬間、目の前に文字が浮かんできた。
【因果応報=雌犬の仕返し】
「何、これ……?」
そう呟いた瞬間、わたしの目の前に炎が巻き上がる。
それは、わたしの命を焼き尽くした火刑の炎だった。
『あなた様の【因果応報=雌犬の仕返し】は、〝死因となった要因を能力として身につけ、時間を巻き戻した状態での復活するという祝福〟ですわ!』
「なんですって!?」
聞いただけで、頭がくらくらしてきた。
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