探り
ひとまず、怪しいラルフ・ガイツについて探りを入れてみたい。
けれども奴はなかなかわたし達の前に現れない。
おそらくだが、直属の部下であるシスター・レーテルを手足のように使っているのだろう。
あの女性は本当に神出鬼没で、修道女達が奉仕作業以外でよからぬことをしようものならば、どこにでも出てくる。
そのため無理に動いたら、シスター・レーテルに見つかって罰を言い渡されるのがオチだろう。
こうなったら、正規の方法で会うしかない。
ラルフ・ガイツの仕事を手伝っている修道女に、どうしたらお声がかかるのか聞いてみることにした。
「ガイツ院長のところでのお仕事ですか? シスター・レーテルから声をかけてきたので、どういう基準で選ばれているのかわからないのですが」
「そう」
ラルフ・ガイツのもとに呼びだされる修道女を調べて話を聞いたところ、皆口を揃えてシスター・レーテルから命じられただけだ、と言うばかりだった。
もちろん、シスター・レーテルの独断で選んでいるようには思えない。
選ばれる修道女の特徴について考えてみたところ、総じて美人だということがわかった。
ならば、わたしも選ばれていいのではないか。
そう思って、シスター・レーテルに聞いてみることにした。
「……ガイツ院長のもとで行う奉仕活動をやりたい、ですか?」
「ええ! わたしもある程度の教養は叩き込まれているから、きっと役に立つと思うの!」
そう訴えたら、深く長いため息が返される。
「あなたみたいに立候補してきた修道女は初めてです」
「そうだったんだ! やる気はあるから!」
「いいえ、必要ありません」
「どうしてよ!」
「あなたみたいな主張が激しい人がやってきたら、皆の集中力が削がれるでしょう」
「そんなことないのに! 意外とおしとやかなんだから!」
「そんな大きな声で、はっきり自分はおしとやかだなんて言う人はいないでしょう」
たしかに、シスター・レーテルの言うとおりかもしれない。
少しガツガツしすぎてしまったようだ。
「一回だけ! 体験させてよ!」
「お断りします!」
わたしは交渉に向いていないらしい。
シスター・レーテルは頑なな性格なので、シスター・イーダみたいに金を握らせても応じてくれないだろう。
きっぱり諦めることにした。
ふと、部屋に戻ってから、ラルフ・ガイツのもとに呼びだされる修道女について考えていたら、ある共通点に気付く。
皆、大人しそうで主張が少なそうな品のある人達ばかりなのだ。
大人しそう、主張が少ない、品がある――わたしが選ばれないわけである。
「って、なんでなのよ!!」
思わず叫んでしまった。
◇◇◇
結局、ラルフ・ガイツに会えないまま、エマについての情報も掴めないまま時間だけが過ぎていく。
くじけそうになるが、今日頑張ったら、明日は待望の安寧日。
レンがわたしに会いにきてくれる日だ。
それまで頑張ろう。
と、気合いを入れていたところで、シスター・レーテルがわたしに物申す。
「シスター・ヴィオラ、今晩は夜にミサを行う日なので、さっさと部屋に戻らずに、礼拝室に来るのですよ」
「うわあ、そうだったんだ、最悪」
「修道女が最悪だなんて、なんてことを言うのですか!」
シスター・レーテルが福音書でわたしを叩こうとしたので、「暴力反対!」と訴えて逃げる。
そうだった。
月に一度、夜のミサが開かれるとラルフ・ガイツが言っていたのだ。
そして例の怪しい薬草茶は振る舞われる日でもあった。
気分が乗らないまま、一日の作業を終え、夜のミサに備えることとなった。
皆、蝋燭が灯った燭台を片手に、礼拝室に向かっている。
わたしは持ち歩くのが面倒なので、手ぶらで向かったらシスター・レーテルに叱られた。
「あなたはまた! 勝手なことをして!」
「だったら、罰として夜の墓地に見回りに行きましょうか?」
夜のミサに参加し、怪しい薬草茶を飲まされるより、夜の墓地を見て回るほうが百倍マシである。
なんて思って提案したのだが、罰を自分で申し出るな、と怒られてしまった。
「これを持って、席に着きなさい」
「はーい」
シスター・レーテルが持って燭台を手渡され、しぶしぶと礼拝室の椅子に腰掛ける。
普段、ミサの祭壇にはラルフ・ガイツが司式を執るのに、今日はシスター・レーテルが登壇している。それでいいのか、と思ったものの夜のミサ自体が例外なので許されるのかもしれない。
何か香でも焚いているのか、濃厚な甘い香りが漂っている。視界も少しだけ霞んでいるように見えた。
おまけに夜だからか、眠気も襲ってくる。
うたた寝なんぞしたら、蝋燭の火で前髪を焼いてしまうだろう。
我慢するために奥歯を噛みしめ、時間が過ぎるのを待つ。
一時間後、ようやくミサから解放されたものの、続けて食堂に行くようにと指示があった。
例の薬草茶は振る舞われるのだろう。
もう勘弁してくれと思ったが、シスター・レーテルから「シスター・ヴィオラ、食堂ですよ!」と釘を打つように言われてしまった。
目を付けられているので、逃げることはできないだろう。
欠伸をかみ殺しつつ、食堂へ向かう。
そこにはすでに薬草茶が用意されていた。
皆、席について薬草茶を飲み干している。
シスター・レーテルが「飲んだ人から寮に戻るように」という指示が飛んでいた。
そんな状況で、シスター・レーテルはわたしの前に座り、監視するようにじっと見つけている。
薬草茶をこっそり〝地獄の炎〟で蒸発させようと考えていたのに、これではできないではないか。
「シスター・ヴィオラ、何をしているのですか。さっさと飲んでください」
「わかっているわ」
そうこうしているうちに、ロミーやシスター・イーダも薬草茶を飲んで退室している。
わたしはちびちび飲む振りを続けた。
そんな中で、斜め前に座っていた修道女がその場で寝始める。
すかさず、シスター・レーテルが注意を促した。
「あなた、眠るならば部屋になさい!」
「ううん……」
「もう、仕方がありませんね。仮眠をしたら、すぐに戻るのですよ」
「はあ……」
注意はそれだけでいいのか、と思ってしまう。
ここで眠ることを許したら、あとから面倒になるのではないか。
なんて考えていたら、背後の席に座る修道女も寝始めた。
シスター・レーテルは立ち上がり、注意をしにいく。
先ほどの修道女と反応は同じ。
この薬草茶に眠気を誘う効果があったとしても、こんなに早く作用するものなのか。
なんて不思議に思っていたが、ふと気付く。
もしやここで眠らせて、地下に連れて行くつもりではないのか、と。
ならばすることは一つだけ。
シスター・レーテルが戻ってくる前に〝地獄の炎〟で薬草茶を蒸発させ、眠るふりをしてみた。
するとシスター・レーテルがすかさず声をかけてくる。
「まあ、シスター・ヴィオラ、あなたまで……! 仕方ないですね」
そのあと、なぜか食堂の扉が閉ざされ施錠される。
灯りも消され、真っ暗になってしまった。




