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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第四章 強かな者ほど、欲を渇望す

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シスター・エマ

 もしもエマがどこかに連れ去られていたとしたら?

 きっと今、不安で堪らないだろう。


「でも、彼女はわたしを嫌っていた」


 そんな相手を助けて何になるのか。


「わたしはもう、面倒事に首を突っ込まないって決めているの」

『あなた様……』


 大精霊ボルゾイはこんなわたしを非難すると思いきや、『わたくしはあなた様の決定を尊重いたします』なんて言ってくれる。


「私物を持ち去ることなく忽然と姿を消して、それをシスター・レーテルが不思議に思わないなんて、組織ぐるみの犯行に決まっているじゃない」


 ラルフ・ガイツが中心になって、何か悪事に手を染めているのか。

 ここは世間から爪弾きにされた者達が集まる場所。

 たとえ突然姿を消しても、誰も不思議には思わない。

 他人を利用し、何か犯行をするにはうってつけなのだ。

 わたしだって、ここで殺されても、誰も不審に思わないだろう。


「――!」


 ここの修道院は人の出入りが激しい、なんて話だったが、もしかしてここでなんらかの処分をされているのではないか、という可能性に気付く。

 レンが先日、ここには地下に処刑場があると話していた。

 そういうことがあって調査が入ったとしても、罪人を処しただけだと言い張ればいいだけなのだ。

 この前聖騎士がやってきたとき、必要以上にシスター・レーテルがピリ付いていたのは、ここでしていることが露見するかもしれないと思ったからなのか。

 わからない、わからないことばかりである。

 もう、気付かないふりをしてのほほんと過ごすことなんてできない。

 考えれば考えるほど、恐ろしくなってしまう。

 いっそのこと、逃げてしまおうか。

 エマが残したお金があれば、しばらく生きていける。

 救貧院で母を引き取って、二度目の人生で働いていた食堂でお世話になろうか。


「そうよ、最初から食堂を頼ればよかったのに!」


 どうしてこれまで失念していたのだろうか。

 食堂のおかみさんと旦那さんはレン以外で唯一、わたしによくしてくれた人達だというのに。

 きっと今からでも遅くない。やり直せる。

 行動するならば、早いほうがいいだろう。

 今のうちに荷物をまとめておいて、夜になったらレンを頼ろう。

 彼の守護獣である竜に乗せてもらったら、ここから安全に脱出できるはず。


「ねえ、ボルゾイ――」


 そう声をかけた瞬間、扉がノックされた。


「シスター・ヴィオラ、準備は整いましたか?」


 シスター・レーテルの声が聞こえ、ギョッとする。

 エマの鞄の蓋を閉め、寝台の奥に押し込む。

 急いで扉を開くと、シスター・レーテルが部屋に入り、キョロキョロと見回す。


「まだ終わっていないのですか?」


 ふと、エマの日記帳を鞄に入れ忘れていることに気付く。

 これだ! と思って拾い上げ、シスター・レーテルに見せつつ言い訳をする。


「ごめんなさい。エマが忘れ物をしていたみたいで、すぐに報告に行けばいいのか迷っていたのよ」

「忘れ物、ですか?」

「ええ」


 ナイトの野郎との甘々な日々について書かれた日記帳をシスター・レーテルに差しだしてみる。

 シスター・レーテルは奪うように取り上げると、ジロリと睨みながら聞いてくる。


「これの中身は読んだのですか?」

「いいえ、読んでいないわ」

「そうでしたか」


 一瞬、シスター・レーテルの瞳に安堵の色が滲んだように思えた。

 エマについて、何か隠しているとしか思えない。


「この日記帳は、大聖堂にいるシスター・エマに届けますので」

「本当? よかった。大切にしていたみたいだから、お願いするわね」

「あなたに頼まれなくても、きちんとお渡ししますので」


 シスター・レーテルは「しっかり準備をしておくように!」と言って部屋から去る。

 足音が聞こえなくなると、その場にくずおれ、「は~~~~~~~!」と深く長いため息を吐いてしまった。


 やはり、ここには何かがあるのだろう。

 修道女が次々といなくなるなんて、不気味としか言いようがない。


「ボルゾイ、わたし、ここを出て行くわ」

『そのほうがよいかと』


 ただ、その前にやりたいことがある。


「エマについて、少し調べたいわ」


 もしも安全に逃げだすことができたら、騎士隊に通報したい。

 ここで何か怪しいことが行われているとしたら、野放しになんてできないから。

 きちんと証拠を掴んでからでないと、騎士隊の調査があったときに、異常なしと言われてしまう可能性がある。

 危険だろうが、やるしかないのだ。


「エマも助けられたらいいのだけれど……」


 彼女が大聖堂に行ったと聞いてから、十日は経っている。

 もうすでにこの世にいない可能性も――。


「いいえ、最悪の事態を考えるのは止めましょう」


 まずは情報収集をしなくては。

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