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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第四章 強かな者ほど、欲を渇望す

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違和感

 一人部屋は最高だ。

 部屋に戻ってきただけでルームメイトから舌打ちされることもないし、畑仕事から戻ってきたときも土臭いなんて言われることもない。

 寝返りを打っただけでうるさいとか、視界に入らないでとか、いろいろと酷い発言をぶつけられていた。

 そんな主張が過激なルームメイト――エマの発言のすべてを聞き流していたのである。

 一度目の人生のわたしだったら、とっくの昔に取っ組み合いのケンカになっていただろう。

 人生を何度も繰り返す中で、わたしも丸くなったのか。

 なんて思ったものの、単に問題行動を起こしたら罰則があるし、わたし自身の人生にも影響が出る可能性があるのだ。

 だから何を言われても我慢していたのである。

 わたしを敵対視するエマがいなくなって毎日平和に、健全に生きていられる。

 野心丸出しで聖教会へ向かったエマに感謝したのだった。

 と、一人部屋ライフを堪能するわたしを、シスター・レーテルが呼び止める。


「ああ、よかった。シスター・ヴィオラ、あなたに話があったんです」

「わたし、何もしていないけれど」

「罰則ではありません」


 シスター・レーテルに呼ばれたら、何か悪いことをして注意を受けてしまうものだと思っている節があった。

 今回ばかりは無罪だったので抗議したものの、どうやら別件らしい。


「あなたの部屋に新しい修道女がやってくるようですので、シーツと毛布を交換し、新しい修道服を寝台に用意しておいてください」

「えー、もう新しい人が決まったんだ。せっかく一人部屋を楽しんでいたのに」

「つべこべ言わずに、早く準備なさい!」

「はーい」


 リネン室からシーツと枕カバー、毛布を持って部屋に戻る。


「ボルゾイ、気ままな一人部屋はもう終わりみたい」

『思いのほか、早かったですわね』

「本当よ」


 さすが、人の出入りが早いと言われるだけある。


「っていうかさ、立つ鳥跡を濁さずなんて言葉もあるけれど、普通、部屋をきれいにしてからいなくなるわよね」


 エマはわたしになんの挨拶もなしに、大聖堂へ旅立っていったのだ。

 彼女のことだからわたしにさんざん自慢をしてから出発しそうだが、異動が嬉しくてそのまま出て行ってしまったのだろう。

 朝の祈りの時間に、荷造りなどもしてしまったに違いない。


「面倒だけど、やりますか」


 毛布を床に放り投げ、シーツを乱暴に剥ぐ。

 その瞬間、枕の下から宝石箱がころりと転がってきた。


「あれ、これって……」


 エマが大事に保管していたダイヤモンドが鏤められた、白銀の婚約指輪が入っている宝石箱である。


「え、嘘! まさか忘れたの?」


 いいや、そんなわけはない。

 彼女はときおりこの宝石箱を取りだし、指輪を眺めていたのだ。

 それだけが楽しみだったようにも見えていたので、絶対に忘れるわけがないのだが。


「中身が入っていないとか?」


 縦に、横にと振ってみるも、音なんかしない。


「ねえ、ボルゾイ。指輪だけ持っていくなんてことがあると思う?」

『普通はありえないと思います』

「だよね」


 どうしても気になったので、宝石箱の鍵をあけてみることにした。

 普段、宝石箱の鍵はチェーンに繋いで、エマが首から提げて持ち歩いていたのである。

 そのため、探しても見つからないだろう。


「こうなったら――!」


 髪に挿していたヘアピンを引き抜き、鍵穴に入れてみる。


「だいたい、こういうのって適当にヘアピンを動かせば、開くのよ」


 下町で母と暮らしていたときに、何度か鍵をかけられ、締め出しを食らったことがあったのだ。

 母は酔っ払って眠っていたので、いくら扉を叩いても起きなかった。

 そのため、ヘアピンで鍵をこじ開けて入るしかなかったのである。


「でも、宝石箱の鍵だから、複雑な作りかも――あ!」


 ガチャリ、と手応えを感じた。

 あっさり宝石箱の蓋が開く。

 ドキドキしながら中を確認したら、例の指輪はしっかりホルダーに嵌まって入っていた。


「ねえ、エマ、どういうことなの? あなたが大事にしていた指輪、うっかり忘れているじゃないの」


 いったいどうしたというのか。

 気に入って頻繁に眺めていたのに、置き忘れていくことなんてありえる?


 まさかと思って寝台の下を探ってみる。

 するとエマの鞄が出てきた。


「嘘でしょう? これを持っていかないことなんてある?」


 修道院は身一つでやってこい、なんて決まりがその昔はあった。

 けれども今は経費削減なのか、必要最低限の生活に必要な品は持ち込めるようになっている。


 鞄を開くと、ワンピースや化粧品、香水など、エマが大事にしていそうな品々が入っていた。

 日記帳もあった。

 見るのはよくないが、何かここでのことについて書かれてあるかもしれない。

 そう思って中を確認してみるも、そこにはかつて恋人だったナイトの野郎との甘々な日々が書かれているだけだった。日記帳については、見なかったことにした。

 気持ちを入れ替え、鞄の中身を検める。


「お金も入っているじゃないの」


 不用心ながら、鍵がかかっていない鞄に金貨が五枚もある財布が入っていた。

 調べれば調べるほどありえない。

 何もかも捨てて、大聖堂で奉仕活動をすることを選んだというのか。


「そんなわけないわ。エマは何もかも手にしたい、我が儘な子だもの」


 ならばなぜ、これらの品を残していったのか。

 考えられるのは――。


「あの子、もしかして連れ去られたの?」


 ドクン、と心臓が嫌な感じに跳ねた。

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