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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第四章 強かな者ほど、欲を渇望す

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レンと

「よかった! 今日も会えるかもしれないと思って、こっそり抜け出してきたの」

「大丈夫だったのですか?」

「平気! 同室の修道女は大聖堂の所属になったから、今は一人部屋なの」


 レンは本日も棺を埋葬しにやってきていた。


「その、毎日来ているわけではありませんので」

「まあ、そうだったのね。運がよかったわ」


 それにしても、連日処刑があるなんて物騒な世の中である。


「公開処刑って、そんな毎日できるものなの?」

「いえ、公開処刑の頻度はそこまで高くありません」


 処刑される予定の犯罪者が百名ほどいれば、その中の数名しかいないらしい。


「半年に一度とか、その程度です」

「ふうん、そう」

「選ばれるのは被害を多く出した無差別殺人犯や、強盗致死犯などの重犯罪者が、罪を犯したらこのようになる、と見せしめのようにして選ばれるんです」


 大聖女ヒルディスの婚約者を略奪したわたしは、重犯罪者扱いだったようだ。

 いや、わたしはナイトの野郎に婚約者がいると知らなかった。その上、男を奪った行為が重犯罪者に仲間入りするなんて酷い話だとしか言いようがない。


「基本的に、処刑は特殊な場合を除いて騎士隊の拘置場で行われます」

「ここで執行されるのが、特殊な例ってこと?」

「まあ、はい。そうですね」


 その特殊な例というのは、話すことはできないらしい。

 まあ、処刑をすると一言で言っても、いろいろ事情があるのだろう。


「あ、そうだ。ハンカチ、あなたに返そうと思って。ありがとう!」


 レンのハンカチは手を拭いたあと、きれいに洗濯し、乾かしておいたのだ。

 天気がよかったので、夕方には乾いていたのである。


「ああ、洗ってくださったのですね」

「もちろんよ」

「ありがとうございます」


 レンは律儀にぺこりと頭を下げ、どこかに収納していた。

 その板金鎧のどこにハンカチを入れるスペースがあるのか。

 魔法みたいに、一瞬で消えてなくなったのだ。


「私が昨日お借りしたハンカチは、その、洗う暇がなくて」

「いいのよ! もう何年も使っている、くたびれたハンカチだったし」


 レンの鎧をきれいにできたので、ハンカチも本望だっただろう。


「あれ、捨てていいから」

「いえいえ、そんなことはできません! 代わりにこれを用意したのですが」


 レンがどこからともなく取りだしたのは、リボンが結ばれた包み。


「これは?」

「新しいハンカチをご用意しました」


 そこまでしなくてもよかったのに! という言葉が喉から飛び出そうになったものの、ごくんと呑み込む。

 ロミーみたいに素直になるんだったのだ。

 レンはきっとよかれと思ってしてくれたのである。ならば喜ぶのが正解だろう。


「ありがとう。嬉しいわ。開けてもいい?」

「はい」


 包みを開くと、エニシダのかわいらしい刺繍が施されたハンカチが出てきた。


「かわいい!」

「あなたに似合うと思って」

「本当に?」


 いつも薔薇とかアネモネとかダリアとか、派手な花が似合うと言われることが多かったのに。


「ありがとう。大切にするわ」


  明らかにレンのホッとした空気感が伝わってくる。

 遠慮しなくてよかった。

 と、お喋りはこれくらいにして、昨日と同じように埋葬を手伝う。

 最後に優しく土を被せてあげていたら、レンの視線を感じた。


「どうかしたの?」

「いえ、こういう仕事は、女性はやりたがらないと聞いたものですから」 

「暗黒騎士に女性はいないの?」

「おりません」


 そもそも認められていないという。なんでも生を産み出す女性を、死から遠ざけることが理由らしい。

 しかしそもそも、暗黒騎士になろうだなんて思う女性はいないのだとか。


「生を産み出す存在ねえ」

「そうなんです。すみません、失念していました。さんざん手伝っていただいておいて、いまさらこのようなことを言い出すのは申し訳ないのですが」

「いいのよ」


 そんな言葉を返すと信じがたい、という空気をレンがびしばし放っているような気がした。


「わたしの祝福は、生と死にまつわることなの。だから、死を遠ざけようとしても、難しい話なのよ」

「そうだったのですね」


 レンにならば、いつかわたしの祝福〝因果応報マウン=雌犬の仕返しティング〟について打ち明けられるかもしれない。

 驚くに違いないが、きっと信じてくれるだろう。


 すべて終わったあと、レンが小さな筒状の何かをわたしに差しだす。


「これは?」

「全身をきれいにする、魔法が付与された魔法札スクロールなんです」


 紐を解いて開くと、そこには魔法陣と呪文が書かれていた。


「こうして破ることによって、魔法が発動されるんです」


 レンは説明しながら魔法札をビリッと破ると、足下に魔法陣が現れる。そこから大きな水球が生まれ、全身を包んだ状態で水がくるくる回った。

 魔法陣が消えると、全身の汚れがきれいになっているというわけである。


「すごいわ」

「処刑を行う暗黒騎士用に、安価で販売されているものなんです」

「そうよね。返り血とかも浴びるはずだし」

「ええ」


 死体を埋葬する仕事に就いているレンは必要のないものだと思っていたようだが、土だらけになるわたしを見て、使ったほうがいいのではと思いついたらしい。


「よろしければ、そちらを使ってお体をきれいにしてくださいね」

「ありがとう!」


 これでお風呂に入らずとも、きれいな体で眠れるというわけだ。


「次はいつ会えるの?」

「わかりません」

「まあ、そうよね」

「そもそも夜間に、こうして会わないほうがいいのかもしれません」

「あなたの言うとおりだわ」


 夜に抜け出して男と会っているのがバレたら、シスター・レーテルはいい顔をしないだろう。


「もうあなたと会えないのかしら?」

「お休みの日なら、面会にやってくることもできると思うのですが」


 そういえば安寧日と呼ばれるものがあるんだった。


「だったら、その日に会いましょう」

「ええ」


 そんなわけで、次は安寧日にレンと会うことを約束した。 

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