どう生きるのか
修道院のお風呂は大きな桶に湯を張るだけの極めてシンプルなもの。
桶に火の魔石を入れ、ほどよい温かさにするようだ。
シスター・レーテルから桶の使用後はしっかり洗って、外に干しておくようにと命じられた。
ここに来てから初めての入浴で、ありがたく使わせていただく。
洗水堂から水を運んで火の魔石を入れ、熱めのお風呂にした。
「ふーーーーー」
冷え切った体が温まる。
シュヴァーベン公爵邸にいる頃や、ナイトの野郎の愛人時代は毎日お風呂に入っていたが、贅沢なことだったんだな、と改めて思ったのだった。
石鹸で髪と体を洗う。変な混ざり物が入った石鹸だからか、髪がギシギシになり、肌は乾燥する。
それでもお風呂に入らないよりはマシだ。
シスター・レーテルに感謝しつつ、部屋に戻った。
エマは寝ているかもしれない、なんて思っていたが、修道服を着て何か準備をしているようだった。
「あら、あなたも何か罰を命じられたの?」
「馬鹿を言わないで。あなたじゃないんだから!」
いったい何をしにいくのかと聞いたら、エマは優越感たっぷりな様子で教えてくれた。
「ガイツ院長の手伝いに行くのよ! お呼ばれがあった修道女は、王都の聖教会に派遣される可能性があるの」
「へえ、そうなの」
「社交界への伝手も紹介してくれるらしいわ」
それはどこぞの貴族の愛人になる、という意味ではないのか。
なんて思ったものの、怒らせそうなので言わないでおく。
「というかエマ、社交界に返り咲こうとしているのね」
「当たり前じゃない! こんなところで終わる私ではないのよ!」
大金持ちと結婚して、たくさんの人達に囲まれ、幸せになってやる。
そうエマは宣言した。
「あなたは? こんなところで終わる人生なんて考えていないでしょう?」
「わたしは別に、三食食べることができて、雨風しのげる場所さえあればいいのよ」
これまで何度も運命に抗おうとしたが、すべて無駄に終わった。
焼死も、中毒死も、刺創死も、すべて出る杭は打たれるようにして死んだのだ。
惨めな思いをして、終わる人生なんてまっぴらごめんである。
だから今世は何かしてやろうだなんて思わず、修道院で静かに暮らしていくのだ。
「ヴィオラ・ドライス、あんたって野心も欠片もない、つまんない女だったのね」
「つまらない女でけっこうよ。わたしは平々凡々な人生を生きてやるの」
わたしの人生はわたしだけのものだ。
他人に干渉なんてさせるものか、なんて思っている。
「あんたと違って、私は今の暮らしなんて耐えきれないの。だからここをすぐにでも抜け出してやるわ!」
エマは本当に社交界に戻って、普通に過ごせると思っているのだろうか。
一度地に落ちた名誉が元通りになることなんてないのに。
まあ、いい。
どうせわたしが何を言っても、聞き入れないだろうし。
そんなわけで、わたしはエマを見送ったあと、眠りに就いたのだった。
◇◇◇
翌朝――早起きしたものの、エマの姿はなかった。
早起きして礼拝室に向かったのか、と思ったものの、布団の状態が昨晩のままだった。
もしかしたらここ以外に、仮眠室みたいなところがあるのか。
なんて思いつつ支度をし、礼拝室へと向かった。
粛々と、祈りを捧げていく。
そんな修道女達の中に、エマの姿はなかった。
どうしても気になったので、シスター・レーテルに聞いてみることにした。
「あの、シスター・レーテル、少し聞きたいことがあるのだけれど」
「なんですか。忙しい時間なので、手短にお願いします」
「ええ」
エマが部屋に戻ってきていないことを伝えると、意外な答えが返ってきた。
「ああ、彼女ならば、大聖堂に派遣されることになり、昨夜出発したそうです」
「そうなの?」
「ええ。急遽人員が必要になったようで、彼女が適任であると、ガイツ院長がお決めになったそうです」
深夜に人手が必要なことなんてあるのか。しかも、修道女や修道士がたくさんいる大聖堂に。なんて思ったものの、エマにしかできない何かがあったのかもしれない。
「だったら、今日からわたしは一人部屋になるのね」
「ええ。ただ新しい修道女はすぐに来るでしょう」
エマとは二晩しか過ごしていなかったが、険悪だったのでありがたい。
次、同室になる修道女は、ロミーみたいなかわいげがあって、明るい娘がいいな、と思ってしまった。
その後、畑に行ったのだが、元貴族令嬢の修道女達は、エマが大聖堂に行った話で盛り上がっていた。
「さすが、大聖女ヒルディス様にお仕えしていたお方だわ」
「大聖堂での奉仕活動なんて、憧れるわね」
「いつか私も、行ってみたいですわ」
口を動かさずに手だけを動かしてほしい。なんて思ったものの、作業をしていても彼女達は虫が怖いだの土で汚れただの、うるさいだけだった。
働き手として期待しないほうがいいのだろう。
ロミーだけは健気に農作業をしていた。いい子、いい子だと頭を撫でたくなる。
そんなこんなで、大した仕事もしないまま、彼女らはラルフ・ガイツに呼ばれたからと言っていなくなった。
休憩時間になると、思わずロミーに彼女達について聞いてしまった。
「ロミーあなた、こんな環境でよく働いていたわね」
「うん! だってあの人達が生きる世界が違っていた人だから」
「でもあなたと同じく、修道院で神に身を捧げた修道女なのよ?」
「そうだけれど、あの人達はあの人達にある価値観の中で生きているから、きっとわかりあえないの」
期待なんてまったくしていない、と言いたいのか。
わたしよりずっと若いのに、達観している。
「ロミー、あなた、偉いわ」
「そんなこと言われたの、初めて!」
我慢しきれず、ロミーを抱きしめて頭を撫でてあげる。
「へへ、くすぐったい」
「嫌だった?」
「ううん、ぜんぜん。お母さんって、こんな感じだったのかな、って思った」
「そこはせめてお姉さんにして」
ロミーくらいの大きな娘を持てるような年齢ではない。
そう訴えると、ロミーは楽しげな様子でくすくす笑っていた。
◇◇◇
夜――わたしは部屋を抜け出し、墓場に向かった。
もしかしたら今日も、レンが来ているかと思ったからだ。
期待していたとおり、松明の火を発見した。
もしかしたらレン以外の暗黒騎士かもしれないので、大精霊ボルゾイに聞いてみる。
「今、歩いてきているのは、レンなの?」
『ええ、そのようですわ』
「よかった!」
暗い中なので気をつけつつレンのもとへ向かうと、彼は驚いた様子を見せていた。




