暗黒騎士の仕事
ここは処刑された人達の墓地であるのと同時に、処刑場でもあるらしい。
「え、そうなの?」
「はい。地下にそういった施設があるんです」
「知らなかった」
そうならそうと、教えてくれたらいいのに。
もしかしたら把握しているのは院長であるラルフ・ガイツやシスター・レーテルくらいで、他の修道女は知らないのかもしれない。
そういえば、二回目の人生でもレンが郊外の処刑場がどうとか話していたような。
きっとそれはここのことだったのだろう。
なんて会話している途中に、レンの足下に棺があってギョッとしてしまう。
「そういえばさっき何か引きずるような音が聞こえていたんだけれど、棺を引きずる音だったのね」
「はい。これから埋葬するんです」
「わたしも手伝うわ」
「いいのですか?」
「ええ」
きっとこのまま帰っても、心臓がばくばくして眠れないだろう。
何か体を動かさないと、冷静でいられない。
そんなわけで、レンのお手伝いをすることにした。
墓にはシャベルが突き刺さっていて、近くにあった物を引き抜く。
「この辺りにしましょうか」
「ええ、そうね」
レンはシャベルを振り上げ、一気に振り下ろして土を掬いあげる。
深くえぐられた土はすでに大穴だ。
一回でこんなに掘ることができるなんて、さすが騎士様としか言いようがない。
わたしも続けてシャベルで掘ってみたのだが、土が硬くて手がじんじん痛む。
たった一回掘っただけで音を上げてしまいそうだったが、なんとか頑張った。
ザック、ザックと土を掘る音が墓地に響き渡った。
「あ!」
「どうかなさったのですか?」
「いえ、修道女達の間で噂になっていたんだけれど、夜になったら死者が土を掘って這いでる音が聞こえるとかで。それはこの音だったのね、って思って」
「そんな噂話があったのですね」
「ええ、そうなの。ここが処刑された人達のお墓で、あなた達暗黒騎士が埋めに来ているって、みんな知らないのよ」
「それはそれは、悪いことをしていましたね」
レンは棺を墓地に運び、埋める仕事をしているらしい。
「こんな大変な仕事を、あなたばかりにやらせるなんて、酷いわ」
「わたしの守護獣が竜で、運ぶことは簡単なんです」
「でも、こんな夜遅くに一人でする仕事じゃないわよ」
そんなことを言うと、レンはぴたりと動きを止めた。
「どうしたの?」
「いえ、そのように言っていただけたことなんてなかったので」
「当然よ!」
竜で運べるにしたって、こんな仕事ばかりしたくはないだろう。
「というか、守護獣について、わたしに言ってよかったの?」
「あなたの守護獣についても知ってしまいましたので、これでおあいこです」
「そういえば、そうだったわ」
そんな話をしながら十分ほどで棺が入る大きさと深さになる。
レンは大きな棺を持ち上げると、丁寧に穴の中へ置く。
それからそっと土を被せ、名前が刻まれた十字を突き刺した。
レンと並んで祈りを捧げる。
「ありがとうございます。おかげさまで、早く済みました」
「気にしないで」
あまり力になっていなかったから! なんてことは言わないでおく。
感謝の気持ちは素直に受け取っておこう。
それにしても、畑作業をする以上に汚れてしまった。このまま帰ったらエマに土臭いと怒られてしまうだろう。
「レン、洗水堂で泥を落としましょう」
「いえ、私は大丈夫です」
「いいから、いいから!」
レンの腕を掴んで、洗水堂に向かった。
洗水堂には大きなポンプ式の井戸があり、石鹸も用意されている。
他の修道女の監視の目がないので、遠慮することなく使わせていただこう。
レンは洗水堂の出入り口に立ち、気まずげな様子でいた。
仕方がない。そう思いつつ、ハンカチを水に浸し、よく絞ったものを持っていく。
「はい、これで鎧を拭いて」
「ハンカチが汚れてしまいます」
「ハンカチは汚すためにあるのよ。土まみれの体で帰ったら、あなたを乗せて帰る竜も嫌がるでしょう?」
こうなったら、とおろおろするばかりのレンの鎧をガシガシ拭いていく。
「あの、大丈夫……そんな、ああっ!」
声だけ聞いていると、わたしがレンに無体を働いているように聞こえてしまう。
それが面白くて、笑ってしまった。
「ちょっと、笑っちゃうから、大人しくしていてよ」
「しかし」
そんな言い合いをする間に、レンの鎧はピカピカとなった。
「これでよし、と!」
額の汗を拭っていたら、いつの間にかハンカチが手から引き抜かれていた。
「あの、洗ってお返ししますので」
「いいのよ、ここで洗うから」
「申し訳ないので!」
「わかったわ」
続いてレンは真っ白なハンカチを取りだす。
「これを使ってください」
「大丈夫よ」
「申し訳ないので」
受け取らないと納得しないのだろう。そう思って受け取ることにした。
「わたしも、次に会うときまでにきれいにしておくわ」
「次……」
「何? 会いたくないの?」
「いいえ、会いたいです」
「だったら約束ね!」
なんて言葉を返したら、足音が聞こえてギョッとする。
別にやましいことなんてしていないのだから、堂々としていればいい。
「誰かいるのですか?」
シスター・レーテルの声だったので、元気よく返事をした。
「わたしよ」
「あなたでしたか!」
シスター・レーテルが角灯を片手にやってくる。
「いったいここで何をしているのですか!?」
「何って――」
レンを振り返ったが、忽然と姿を消していた。
代わりに、大精霊ボルゾイが小首を傾げている。
彼の存在については、言わないほうがいいのだろう。
そう判断し、話を誤魔化す。
「守護獣と戯れていたの」
「どこに守護獣がいるのですか?」
「恥ずかしがり屋だから、わたし以外の人の前には出てこないわ」
そんな言葉を返すと、はーーーーと盛大なため息を吐かれる。
「夜に騒がないこと!」
「ええ、わかったわ」
見回りについては異常なし、と報告する。
全身土だらけになっているわたしを見たシスター・レーテルは、特別にお風呂に入る許可を出してくれた。
優しいところもあるものだ、と思ってしまった。




