夜の墓
わたしが売ったドレスが盗難品だと決まったわけではないのに、聖騎士が調査にやってきたというだけで罰を命じるなんて。
こういう息苦しいところが嫌になって、みんな逃げだしているのではないか。
なんて思ってしまう。
聖教会の総本山である大聖堂から離れ、孤立した場所にあるので、独自のルールもいくつかあるのだろうが。
仕方ないと腹をくくる。行くしかないようだ。
シスター・レーテルから手渡された角灯を手に、墓地へ向かう。
「まったく、こんな意味のないことを命じるなんて、酷いとしか言いようがないわ」
『そうですわね……』
こうなったら、とわざと大声で話してやる。
一人だったら怖じ気づいていたかもしれないが、わたしには大精霊ボルゾイがいるのだ。
何かあったときに助けてくれるわけではないのだが、いてくれるだけでも心強い。
「ロミーが夜の墓を見てみたい、なんて言っていたけれど、安全な場所か確認してからのほうがいいわよね」
『ええ、そのほうがよろしいかと』
もしも本当に夜の墓が噂通りのな状態になるのならば、ロミーを連れていくべきではない。
「まあ、何かあったときは、〝地獄の炎〟で化け物を消し炭にしてやるわ」
『その調子ですわ!』
そういえば、〝壊れた心〟は何か武器が必要になるのだろうか? ナイフなどを所持していないと、胸を突けない気がするのだが。
ナイフを携帯するというのは物騒でしかないのだが、何かあったときを想定し、持ち歩いていたほうがいいのかもしれない。
外に出ると、キンと冷え込んでいてぶるぶると震えてしまう。
修道女の服が分厚い生地で作られているとはいえ、冬の厳しい寒さから守ってくれるわけではない。
「うう……〝地獄の炎〟で暖を取ろうかしら?」
『ずいぶんと冷えますわね』
「寒すぎるわ」
館内も寒いと言えば寒いのだが、冷たい風があるのとないのとでは、肌で感じる気温が大きく違うのだ。
「さっさと見て回って、さくっと帰りましょう」
『ええ、それがよろしいかと』
外は舗装されていないので、でこぼこ道を用心しながら進んで行く。
やっとのことで墓地が見えてきたのだが――。
「え、嘘!」
『どうかしましたの?』
「火の玉があるわ!!」
ロミーが話していた墓地にぼんやり浮かぶ火の玉が、本当に存在していたのだ。
見間違いかもしれないので大精霊ボルゾイにも確認してもらったのだが、たしかにあるという。
「ええええ、なん、なんなの!?」
『えーっと、その、なんと言いますか、火の玉から魔力的なものは感じないのですが』
「ど、どういうことなの?」
『実際に燃えている火が、ゆらゆら揺れているだけかと』
「それはそれで、超絶不気味なんだけど!!」
考えられる可能性としては、火の玉が揺れているように見せかける仕掛けがあるとか。
素行の悪い修道女を脅すために、シスター・レーテルが仕込んだものとか?
「だとしても、あの火の玉、どんどん前に進んでいるんだけれど!」
『ええ、本当ですわね』
もう一点、考えられるとしたら――。
「実際に誰かが墓地にいるってこと?」
『その可能性が高いかと』
「どうしてこんな時間に? どういう目的で?」
『それは……実際に確認してみないと、わかりませんわ』
ここで回れ右をして帰ったとしても、特に咎められないだろう。
だって、墓に火の玉が浮かんで漂っているというのは普通ではないから。
それについて報告したら、シスター・レーテルも罰は遂行できたものとして認めてくれるに違いない。
「でも、ここまで来たら、確認しないと」
ロミーが墓を見て回りたいと言ったときに、危険だったら止めないといけないのだ。
「仕掛けがあるものだったら、ロミーが見に行っても安全だし」
そうだ。ロミーのために見に行かないと。
「本当は嫌なんだけれど、やるしかないわ」
角灯の持ち手をぎゅっと握り、火の玉を目指して一歩、一歩と歩き始める。
近づいていくと、物音も聞こえてきた。
ずっ、ずっ、ずっ……何かを引きずるような音である。
そして、火の玉に照らされて人影がぼんやり暗闇の中に浮かんだ。
同時に目が赤く光ったようにも見える。
わたしはもう、ここで我慢できなくなった。
「きゃ~~~~~~~~~~~!!!!!」
お腹の奥底から叫んでしまう。
すると、一定の動きを見せていた火の玉がぴたりと止まった。
「だ、大丈夫ですか!?」
続けて心配するような声も聞こえる。
「え? ば、化け物が喋った?」
「そこから動かないでくださいね。危険ですので」
ガチャガチャと音を鳴らしながら接近してくる。
その姿がだんだん明らかになっていく。
頭から爪先まで覆う黒い板金鎧姿は、見覚えがありすぎた。
さらに優しい声も、よく知っている男性のものだったのである。
「もしかして、レン?」
「あの、どなたでしょうか?」
そう問いかけられてハッと我に返る。
四度目の人生を送るわたしが、今の彼を知っているわけがないのに。
恐怖で我を忘れていたために、うっかり失念したようだ。
ここで彼の姿をしっかり確認できた。
間違いない、暗黒騎士の姿をしたレンだった。
わたしがいきなり名前を呼んだので、戸惑っているように思える。
こうなったら、と一芝居打った。
「あの、わたし、覚えてない? ヒルディスの腹違いの妹よ。その、子ども時代に、エマと取っ組み合いの暴力沙汰を起こした……」
「もしや、ヴィオラ? ヴィオラ・フォン・シュヴァーベンですか?」
「そう、ヴィオラ。でもわたしは庶子だから、家名はドライスなの。子ども時代に会っているんだけれど、覚えている?」
「はい。忘れるはずもありません」
会話が続かず、なんとも気まずい空気が流れる。
これで誤魔化されてくれないか、と思ったのだが、そう簡単にいくわけもなく。
「あの、どうしてわかったのですか? 私はその、幼少期とはまったく姿が違っているのですが」
「それは――守護獣が教えてくれたの! ねえ、ボルゾイ?」
『は、はい!!』
大精霊ボルゾイの姿を唯一見ることができるレンは会釈をする。
早口で最近祝福に目覚めたことと、守護獣がついてくれたことを説明しておいた。
「わたしの人生を遡って、会った人の魔力を記憶してくれてるみたいなの」
「そうだったのですね」
納得してくれたので、ホッと胸をなで下ろす。
それにしても、まさかこんなところでレンに会うなんて。
火の玉だと噂されていたものは、レンが握る松明の火だったようだ。
化け物についても、きっと彼を見間違えたのだろう。
まだ胸がばくばくと激しく脈打っていた。
せっかく会えたのだ。少し話をしたい。
その前に、どうしてここにいるのか疑問を投げかけてみる。
「あの、お聞きしたいのだけれど、あなたはここで何をしていたの?」
「処刑された方を、埋葬にやってきたんです」
「そうだったのね」
なんでもここの墓は、処刑された罪人を埋める目的で作られたようだ。




