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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第四章 強かな者ほど、欲を渇望す

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 礼拝室から出ると、廊下にエマが待ち構えていた。


「ずいぶん遅かったじゃないの。サボっていたの?」

「まさか! 反省のお祈りをしていたのよ」

「怪しいわね」


 朝食を食べていましたなんて言ったら、シスター・レーテルに密告されてしまう恐れがある。そのため適当に誤魔化しておいた。


「待っててくれたのね。ありがとう」

「シスター・レーテルに言われていたの! あんたのためじゃないんだから!」

「はいはい」


 今日も畑仕事をするようだ。


「畑の場所ならわかるわ」

「だったら、案内はいらないわね」

「ええ」

「無駄な時間だった!」

「ごめんなさいね」


 朝、エマがわたしを起こしてくれたらこんなことにならなかったのでは。

 なんて思ったものの、大精霊ボルゾイが起こしても目覚めなかったので、無駄な行為になっただろう。

 ひとまず反省し、明日からは起きられるようにしなくては。


「じゃあね、エマ。また夜に」


 わたしのそんな言葉に、エマは迷惑そうに「はあ!」とため息を吐いて去って行く。


「さて、今日も頑張りますか!」


 修道女としての、最初の一日が始まる。

 畑にはロミーを始めとする、五名ほどの修道女達がいた。

 ロミーが皆を紹介してくれたものの、名前を覚えられるかどうか。

 まあ、困ったときは「シスター」とだけ言えばいいだろう。

 ロミー以外は貴族のご令嬢のようだ。

 土から「こんにちは」したミミズを前に悲鳴を上げたり、土で汚れることを嫌がったり、野菜を載せたかごが重たいと言って泣きそうになっていたり……その、仕事にならない。

 これでも皆、畑仕事をやり始めて半月以上は経っているという。

 ロミーだけがテキパキと働いていた。

 二時間ほど作業をしたあと、彼女達はラルフ・ガイツに呼びだされているとか言っていなくなる。


「ええ、本当に呼び出しとかあるの?」

「あるみたい」


 なんでも支援者からの返信を代筆したり、福音書の写本を作ったり、と仕事がいろいろあるらしい。


「文字の読み書きができると、畑仕事みたいな汚れる作業はしなくていいんだって。羨ましいなあ、あたしは文字なんて読めないし書けないから」

「だったら、覚えてみる?」

「ヴィオラはできるの?」

「ええ、簡単よ」


 その辺に堕ちていた木の枝を拾い、ロミーと文字で書いてみる。


「これがロミーよ」

「わあ、そうなんだ! すごい! 初めて見た!」

「真似して書いてみる?」

「うん!」


 ロミーは何度も自分の名前を書いていく。


「よし、覚えた! でも、明日になったら忘れているかも」

「靴の踵に、ナイフで書いてあげましょうか?」

「いいの?」

「ええ、貸してみて」

「うん!」


 ナイフの切っ先でロミーの靴に文字を刻んでいく。

 ロミーは瞳をキラキラ輝かせながら見ていた。


「これでよし、っと」

「ヴィオラ、ありがとう! 嬉しい!」

「いえいえ、お安いご用よ」


 名前を書いただけでこんなに喜ばれるなんて、夢にも思わなかった。

 たまにはいいこともしてみるものだ。


 それからわたしとロミーは二人で夕方まで畑仕事をし、夕食をいただく。

 あとは眠るだけだ、なんて思っていたのに、シスター・レーテルから呼びだしを食らった。


「シスター・ヴィオラ、少しいいでしょうか?」

「え、なんなの?」

「いいからいらっしゃい」


 体は休息を求めているというのに、まさかここで声がかかるなんて。

 いったい何があったというのか。

 シスター・レーテルは必要以上にピリピリした空気を放っていた。

 朝寝坊についてはしっかり反省したし、一日真面目に仕事に取り組んでいたというのに、これ以上何をしろというのか。

 しぶしぶシスター・レーテルに付いていくと、案内された部屋に聖騎士がいたのでギョッとする。


「え、何?」

「そこに座れ」


 わたしの背後にも聖騎士が立ち、逃げるのは許さないという空気感を醸し出す。

 いったい何用なのか。


「聖騎士様が、あなたに聞きたいことがあるそうです」

「はいはい。もう眠いから、手短にお願いね」


 そんな言葉を返すと、シスター・レーテルから生意気だと非難するような眼差しを浴びた。

 シュヴァーベン公爵夫人やマルティナ夫人の睨みに比べたら、かわいいものである。

 なんて思いつつ、聖騎士達を急かす。


「それで、聞きたいことってなんなの?」

「このドレスに見覚えはあるか?」


 聖騎士が見せてきたのは、つい最近、売り払ったドレスだった。


「見覚えがあるけれど、これがなんなの?」

「とあるご令嬢から、盗品だという届け出があった」 

「なんですって? そんなはずないわ」


 だってこのドレスは、母が借金をしてまで仕立てたドレスである。

 盗品なわけがない。


「このドレスを発注したのは母なの。母のほうが詳しい話を知っているはずだわ」

「その母親は、どこにいるのだ?」

「パッパード救貧院よ」


 聖騎士達はヒソヒソ内緒話をしているようだった。


「わたしは母から渡されたドレスを売った。それだけよ。あとはなんにも知らないわ」

「なるほど、承知した」


 母は酒浸りで借金まみれというだらしないところがあるものの、盗みだけは絶対にしない。だから盗品だなんてありえないのだ。

 ひとまず母のほうに事情聴取に行くという。

 騎士達は颯爽さっそうと帰って行った。


 ホッとしたのもつかの間のこと。

 シスター・レーテルがわたしを叱りつける。


「あなたは次から次へと、問題を起こして!」

「今回の件は不可抗力でしょう?」

「口答えしない!」


 シスター・レーテルはわたしに罰を命じる。


「今から墓の見回りをしてきなさい」

「えーーーー」


 まだ食事を抜かれるほうがマシと思えるような、罰をしなければならないようだ。 

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