処刑人、暗黒騎士
最後に、ナイト様は私のもとへとやってくる。
「おい、逃げてどうにかしようとか考えないことだ!」
ナイト様はそう言って、紙の束をぶつけてきた。
すべて新聞である。そこにはわたしが大聖女ヒルディスの婚約指輪を盗んだ世紀の悪女、という内容で報じられていた。
ずっと暗い場所にいたので時間の経過など把握していなかったのだが、一夜明けていて、すでに多くの新聞で報じられていた状態だったらしい。
「お前は極悪人だと国中の皆が知っている。罪を受け入れ、刑を粛々と受け入れることだな!」
その言葉を最後に、ナイト様はヒルディスの肩を抱いて去って行く。
もう彼を振り返ることはしなかった。
すでに私は用なしらしい。
拘置されることなくそのまま連れていかれ、刑が執行されるようだ。
大聖堂の中は聖騎士が連行したものの、外に出た先は漆黒の鎧に全身を包んだ暗黒騎士が迎える。
暗黒騎士というのはその昔、処刑官と呼ばれていた人達である。
いつの時代も忌み嫌われていたため、三十年ほど前から騎士の位が与えられるようになった。
それでもなり手がいなかったため、顔が見えないようなフルフェイス型の板金鎧が与えられ、匿名で職務に就くようになったのだとか。
通常の騎士は身分がある者しかなれないのだが、暗黒騎士だけは身分を問わず、さまざまな者が職務についているという。
そんな暗黒騎士が、私に火刑を処すためにやってきたのだ。
「今日の罪人だ! さっさと殺してこい!」
聖騎士はそう言って、わたしを突き飛ばす。
両手を縛られているので、受け身が取れずに頭から地面に突っ込んでしまった。
痛い。
けれどもこれから行われる火刑はもっと痛いのだろう。
でも、いい。
わたしの名誉なんて地に落ちていて、死んだほうがマシな状態になっている。
早く止めを刺してほしいとすら思ってしまった。
聖騎士は乱暴に扉を閉め、わたしを追いやった。
立てるだろうか、なんて考えていたら、想定外の事態となる。
「大丈夫ですか?」
暗黒騎士がそう言って、わたしに優しく手を差し伸べたのだ。
ぽかんとその手を見ていると、彼は焦ったように言う。
「すみません、両手を縛られていて、掴むことができませんよね。少し触れてもいいでしょうか?」
「え、別にいいけれど」
彼はわたしの腰を支え、立ち上がらせてくれた。
「この先に、馬車が待っていますので」
「え、ええ」
暗黒騎士はわたしの両手を縛った縄を掴むと、ゆっくり丁寧に誘導してくれる。
先ほどの乱暴な聖騎士の扱いとは大きく異なっていた。
大聖堂の裏門に大きな漆黒の馬車が停められている。
馬車を引く馬も黒く、御者は黒死病のやぶ医者みたいな仮面を身につけていた。
窓は格子状になっていて、逃げられないようになっている。
暗黒騎士が手をかざすと、馬車の出入り口が自動で開いた。
きっとここは、暗黒騎士しか開け閉めできないような構造なのだろう。
彼は馬車に乗るときも、優しく誘導してくれた。
暗黒騎士が馬車に乗り込み、剣の柄で御者席に繋がる窓を叩くと、動き始める。
向かう先は、処刑場なのだろう。
そこは処刑専用の施設でなく、王都の中央広場なのだ。
俗に言う公開処刑というものである。
公開処刑は毎週のように行われていた。
労働者階級の者達は、罪人が処刑される様子を見ることを娯楽としている。
ただ、公開処刑は人々に楽しみを提供することが目的ではない。
犯罪行為を働いたら、こうなるのだと暗に示しているのだ。
けれども見に来る人々にとっては対岸の火事、なんの痛痒も感じないのだろう。
本当に趣味が悪い、なんて思ってしまった。
悪路を進んでいるのか、馬車がガタゴトと音を立て、右に左にと大きく揺れていた。
そんな中、石に乗り上げたのか馬車が大きく跳ねた。
両手を縛られているわたしは体の均衡を崩し、倒れかける。
「危ない!!」
暗黒騎士はそう言って、倒れる前に体を支えてくれた。
一瞬、気まずい空気が流れたものの、彼は優しく座席に戻してくれた。
しばらく無言でいたものの、ついつい話しかけてしまった。
「ねえあなた、どうして親切なの?」
相手は罪人だと説明を受けているはずだ。それなのに彼はわたしを丁重に扱ってくれる。
無視されるかもしれない、なんて思っていたのに、暗黒騎士は答えてくれた。
「聖教会の裁判なんて、公正も何もない、ただのごっこ遊びのようなものですから。連れてこられる罪人と呼ばれる人々の大半は、冤罪で囚われたような人達だと思っておりますので。きっとあなたもそうだと信じています」
まさか見ず知らずの人間が、わたしの無罪を信じるなんて。
なんだか泣きそうになる。
「あなた、名前はなんて言うの?」
「名乗るべき者ではありません」
「家名だけでもいいから教えてよ。どうせ、これから死ぬから、悪用なんてできないし」
暗黒騎士はしばし悩むような素振りを見せてから、名乗ってくれた。
「家名は……アイスコレッタ、です」
「アイスコレッタって、大貴族じゃないの!」
「いいえ、私は違うんです。両親は駆け落ちして、その、父は継承権なんて持たない四男坊でしたし」
「そう」
貴族の家に生まれても、長男でなければ爵位も財産も継承できない。
自分で身を立てないと、暮らしていけないのだ。
なんとも世知辛い世の中である。
「だったら、ご両親を支えるために、この仕事をしているのね」
「ええ……」
母を見捨てたわたしとは違って、立派な男性だ。
こういう男性と出会えたらよかったのに、と今になって思う。
きっと影響を受けて、母のことも大切にできたはずだ。
それを思うと、胸がツキンと切なくなる。
わたしの人生は、どこで間違ってしまったのか。
「すみません、あなたのことを、助けることができなくて」
「いいのよ、あなたにも立場があるだろうから、気にしないで」
王族との結婚に目が眩み、母を見捨てたことがわたしの本当の罪だろう。
「不思議だわ。あなたと話していると、ささくれていた心が穏やかになっていくの」
「それは、あなたが優しいからだと思います」
「優しい? 初めて言われたわ」
生きることに精一杯で、他人に優しくできる余裕なんてなかったのに。
「酷い人生だったの。祝福がない上に、守護獣もいなくて」
「祝福や守護獣なんてなくても、生きていけますよ。私の祝福なんて、用途がよくわからなくて、一度も使えていませんし」
「そういう祝福もあるのね」
そんな話をしているうちに、処刑場となる中央広場に到着してしまった。