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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第四章 強かな者ほど、欲を渇望す

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修道女になるために

 どうして彼がここに?

 二年後の彼は神父の中でも序列が上位に位置する司教だった。

 こんな郊外にある修道院で神父をしていて、司教になれるなんて無謀としか言いようがないのだが……。

 いったいどんなカラクリで出世を遂げたのか、まったくわからない。

 ラルフ・ガイツはゆっくり立ち上がると、柔和な態度で問いかけてくる。


「おや、あなたは?」

「パッパード救貧院のキュプス院長の紹介で、修道女になりたくてやってきたの」

「ああ、そういうわけでしたか。寒かったでしょう、どうぞ奥の部屋へ」


 彼がいる修道院でいいのか、と思ったが、今戻っても、宿を借りて審査を待たなければならないのだ。

 お金はほとんどパッパード救貧院に寄付してしまったので、手持ちも心細い。

 彼の世話になるなんて正直ごめんだが、覚悟を決めてここで過ごすしかないようだ。


 ラルフ・ガイツはわたしを奥の部屋まで案内し、椅子を勧めてくれた。


「申し遅れました。私はここ、オプファー・ガーベ修道院で院長を務めます司祭、ラルフ・ガイツと申します」


 知ってる、という言葉を呑み込んで、わたしも自己紹介をした。


「ヴィオラ・ドライスよ」

「オプファー・ガーベ修道院は、あなたを歓迎します」


 そんなことを言いながら、ラルフ・ガイツは薬草茶を運んできた。

 鼻にツンとくる臭いで、どろっとしている。


「これは?」

「滋養強壮効果が期待できる、〝トーテ・ワスカ〟というとっておきの薬草を煎じて作ったものですよ」

「ふうん」


 なんだか怪しいので、カップを握って飲む振りをしながら、〝地獄の炎インフェルノ〟を使って全部蒸発させておいた。


「いかがですか?」

「まあ、悪くないわ」

「それはよかった!」


 お代わりはどうかと提案されるも、お腹いっぱいになったと言って丁重にお断りをしておいた。


「トーテ・ワスカ茶は月に一度の夜ミサの日に振る舞いますので、お楽しみに」


 みんな好んで飲んでいるのか、と我が耳を疑いたくなった。

 一度口にしたら癖になる味なのかもしれないが、飲む勇気がない。

 まあ、そのうちのいただく機会もあるだろう。そういうことにしておく。

 話題を逸らすために、キュプス院長から預かっていた酒瓶を手渡す。


「これ、キュプス院長から、預かってきたの」

「ああ、ありがたい。切らしていたところだったんです」


 お酒かと聞いたらそうではないという。


「健康にいい、特別な配合で作られた飲料なんです。キュプス院長が定期的に送ってくださるのです」

「ふうん、そうなの」


 酒だと決めつけ、生臭坊主め……なんて心の中で思っていたことをこっそり謝罪する。


「うちの修道院はとにかく人手不足でして、よろしければ明日から頑張っていただけると非常に助かります」

「もちろん、そのつもりよ」


 今日はこれから修道院内を案内してくれるという。


「修道女をまとめる、シスター・レーテルを呼んでまいりますので、お待ちください」

「ええ、わかったわ」


 待つこと十五分ほどで、三十代前後のふくよかな修道女がやってくる。

 彼女がシスター・レーテルらしい。


「あなたがヴィオラ・ドライスですね?」

「ええ、そうよ」

「案内しますので、ついてきてください」

「わかったわ」


 礼拝堂を出て、長い廊下を進んで外に出る。


「こちらの墓地は他の者が管理しておりますので、特に何もせずとも問題ありませんが――たまに大雨が降ったあとに、亡骸が出ているときがあるので、そのときは埋めてください」

「は、はあ」


 どうやら古きよき、土葬のようだ。

 腐敗臭などないのは、魔法で管理されているからだという。

 夜は絶対に通りたくない場所だ。

 続いて、建物を沿うように裏手に回る。

 ここは日当たりがいいようで、野菜や薬草を育てる畑が広がっていた。


「ここで農作業をするのも、修道女の重要な仕事です。詳しくはおいおい」


 畑以外に、牛舎や鶏舎があり、牛乳や卵を得るために飼育されているようだ。

 牛乳はバターやチーズに加工もしているようで、酪農工房もあるという。

 その背後にある平屋の建物は修道女らの寮で、その隣は巡礼者達が利用する宿泊所らしい。

 修道院のすぐ傍を川が流れているようで、その近くには洗水堂、風呂もある。


「基本的に見習い期間中、修道服は三日着て洗濯に出し、お風呂は一週間に一度です」


 そういう暮らしには慣れているので、その辺はなんら問題はない。

 もちろん、毎日着替えてお風呂に入るほうがいいのだが、このさい贅沢は言っていられないだろう。


 他にも、聖具室や書庫、談話室に食堂、回廊にある中庭などを案内してもらった。


「奉仕活動についてですが、ひとまず同室の者に習ってください」


 どうやら寮は二人部屋になっているようで、その人から仕事を習うようだ。

 いい人だといいけれど……。


 シスター・レーテルの案内で、寮に足を運ぶ。

 同室の修道女は非番の日だというので、挨拶できるらしい。


「こちらです」


 シスター・レーテルが扉を叩くと、「なんなの?」という迷惑そうな声が聞こえた。


「シスター・エマ、開けなさい!!」


 シスター・レーテルがそう言うと、面倒くさそうな顔をした女性が顔を覗かせる。

 ブルネットの髪を持つその姿に加え、エマという名に覚えがあった。

 思わず口にする。


「あなた、もしかしてヒルディスの取り巻きだったエマ?」

「あ、あんたは、ヒルディス様の腹違いの妹で、愛人の娘ヴィオラ!?」


 どうやら因縁の相手が同室の修道女のようだ。 

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