修道女になるために
どうして彼がここに?
二年後の彼は神父の中でも序列が上位に位置する司教だった。
こんな郊外にある修道院で神父をしていて、司教になれるなんて無謀としか言いようがないのだが……。
いったいどんなカラクリで出世を遂げたのか、まったくわからない。
ラルフ・ガイツはゆっくり立ち上がると、柔和な態度で問いかけてくる。
「おや、あなたは?」
「パッパード救貧院のキュプス院長の紹介で、修道女になりたくてやってきたの」
「ああ、そういうわけでしたか。寒かったでしょう、どうぞ奥の部屋へ」
彼がいる修道院でいいのか、と思ったが、今戻っても、宿を借りて審査を待たなければならないのだ。
お金はほとんどパッパード救貧院に寄付してしまったので、手持ちも心細い。
彼の世話になるなんて正直ごめんだが、覚悟を決めてここで過ごすしかないようだ。
ラルフ・ガイツはわたしを奥の部屋まで案内し、椅子を勧めてくれた。
「申し遅れました。私はここ、オプファー・ガーベ修道院で院長を務めます司祭、ラルフ・ガイツと申します」
知ってる、という言葉を呑み込んで、わたしも自己紹介をした。
「ヴィオラ・ドライスよ」
「オプファー・ガーベ修道院は、あなたを歓迎します」
そんなことを言いながら、ラルフ・ガイツは薬草茶を運んできた。
鼻にツンとくる臭いで、どろっとしている。
「これは?」
「滋養強壮効果が期待できる、〝トーテ・ワスカ〟というとっておきの薬草を煎じて作ったものですよ」
「ふうん」
なんだか怪しいので、カップを握って飲む振りをしながら、〝地獄の炎〟を使って全部蒸発させておいた。
「いかがですか?」
「まあ、悪くないわ」
「それはよかった!」
お代わりはどうかと提案されるも、お腹いっぱいになったと言って丁重にお断りをしておいた。
「トーテ・ワスカ茶は月に一度の夜ミサの日に振る舞いますので、お楽しみに」
みんな好んで飲んでいるのか、と我が耳を疑いたくなった。
一度口にしたら癖になる味なのかもしれないが、飲む勇気がない。
まあ、そのうちのいただく機会もあるだろう。そういうことにしておく。
話題を逸らすために、キュプス院長から預かっていた酒瓶を手渡す。
「これ、キュプス院長から、預かってきたの」
「ああ、ありがたい。切らしていたところだったんです」
お酒かと聞いたらそうではないという。
「健康にいい、特別な配合で作られた飲料なんです。キュプス院長が定期的に送ってくださるのです」
「ふうん、そうなの」
酒だと決めつけ、生臭坊主め……なんて心の中で思っていたことをこっそり謝罪する。
「うちの修道院はとにかく人手不足でして、よろしければ明日から頑張っていただけると非常に助かります」
「もちろん、そのつもりよ」
今日はこれから修道院内を案内してくれるという。
「修道女をまとめる、シスター・レーテルを呼んでまいりますので、お待ちください」
「ええ、わかったわ」
待つこと十五分ほどで、三十代前後のふくよかな修道女がやってくる。
彼女がシスター・レーテルらしい。
「あなたがヴィオラ・ドライスですね?」
「ええ、そうよ」
「案内しますので、ついてきてください」
「わかったわ」
礼拝堂を出て、長い廊下を進んで外に出る。
「こちらの墓地は他の者が管理しておりますので、特に何もせずとも問題ありませんが――たまに大雨が降ったあとに、亡骸が出ているときがあるので、そのときは埋めてください」
「は、はあ」
どうやら古きよき、土葬のようだ。
腐敗臭などないのは、魔法で管理されているからだという。
夜は絶対に通りたくない場所だ。
続いて、建物を沿うように裏手に回る。
ここは日当たりがいいようで、野菜や薬草を育てる畑が広がっていた。
「ここで農作業をするのも、修道女の重要な仕事です。詳しくはおいおい」
畑以外に、牛舎や鶏舎があり、牛乳や卵を得るために飼育されているようだ。
牛乳はバターやチーズに加工もしているようで、酪農工房もあるという。
その背後にある平屋の建物は修道女らの寮で、その隣は巡礼者達が利用する宿泊所らしい。
修道院のすぐ傍を川が流れているようで、その近くには洗水堂、風呂もある。
「基本的に見習い期間中、修道服は三日着て洗濯に出し、お風呂は一週間に一度です」
そういう暮らしには慣れているので、その辺はなんら問題はない。
もちろん、毎日着替えてお風呂に入るほうがいいのだが、このさい贅沢は言っていられないだろう。
他にも、聖具室や書庫、談話室に食堂、回廊にある中庭などを案内してもらった。
「奉仕活動についてですが、ひとまず同室の者に習ってください」
どうやら寮は二人部屋になっているようで、その人から仕事を習うようだ。
いい人だといいけれど……。
シスター・レーテルの案内で、寮に足を運ぶ。
同室の修道女は非番の日だというので、挨拶できるらしい。
「こちらです」
シスター・レーテルが扉を叩くと、「なんなの?」という迷惑そうな声が聞こえた。
「シスター・エマ、開けなさい!!」
シスター・レーテルがそう言うと、面倒くさそうな顔をした女性が顔を覗かせる。
ブルネットの髪を持つその姿に加え、エマという名に覚えがあった。
思わず口にする。
「あなた、もしかしてヒルディスの取り巻きだったエマ?」
「あ、あんたは、ヒルディス様の腹違いの妹で、愛人の娘ヴィオラ!?」
どうやら因縁の相手が同室の修道女のようだ。




