またしても、時間は巻き戻り――
どくん! どくん! どくん!
止まっていたはずの心臓が、強く鼓動する。
「――はっ!!」
瞼を開くと、もはやお約束となった天と地が鏡合わせになったような不思議空間にいた。
またか、とため息を吐くと、大精霊ボルゾイが心配そうな顔で覗き込んでくる。
「ねえ、わたし、またしても死んだんだけれど」
『申し訳ありません』
大精霊ボルゾイはしょぼんと落ち込んだ様子でいた。
「どうしてあなたが謝るのよ」
『今回もお助けすることができなかったので』
「大丈夫よ。あなたにその辺は期待していないから」
腕を伸ばし、大精霊ボルゾイの鼻先をがしがし撫でてあげる。
すると、目を細めて心地よさそうにしていた。
起き上がって胸に手を当てる。
シュヴァーベン公爵夫人が祝福で作った凶器で深く突かれた心臓は、何事もなかったかのように動いていた。
そんなわたしの目の前に、新たな祝福の文字が浮かんだ。
〝壊れた心〟――攻撃対象の心臓を確実に一刺しできるスキルらしい。
「使いどころがわからない、物騒なスキルだわ」
『ええ……』
それにしても、上手くいっていると思っていたのにシュヴァーベン公爵夫人に妨害されるなんて。
「出て行こうとしていたのに、酷い話だわ」
『積もりに積もった思いがあったのでしょうね』
「十年も、シュヴァーベン公爵から蔑ろにされていたって話だし……。でも、母と出会う前から関係はよくないって話だったから、八つ当たりもいいところよ」
ただ、今回の騒動に至っては、わたしがエドウィン・フェレライに対して行った復讐が引き金となった。
「まさかマルティナ夫人とシュヴァーベン公爵夫人が繋がっていて、彼女の祝福〝猛毒の聖杯〟で作られたものが他人の手に渡るなんて、想像できるわけがないでしょう」
わたしは〝猛毒耐性〟があったから死ぬことはなかったが、母はあっさり死んでしまった。
「そこからさらにわたしを確実に殺しにかかるなんて、恐ろしい女性だわ」
よほど、わたし達母子が憎らしかったのか。
まさかシュヴァーベン公爵夫人の祝福が、ありとあらゆる物から武器を作り出すものだったなんて、思いもしなかったのだ。
「次こそ上手くいくって思っていたのに……」
いい子でいて、シュヴァーベン公爵邸を脱出さえすれば、生き残れると思っていた。
しかしながら、その行動もシュヴァーベン公爵夫人にいとも簡単に妨害されてしまったのだ。
そういえば、と思い出す。
シュヴァーベン公爵夫人との食事の前に、ヒルディスが初めてわたしを救貧院に誘ったことを。
「もしかしたらヒルディスは、母親の狂気に気付いていたのかしら?」
『ええ、そうかもしれませんわね』
でないと、出発前に突然誘うなんてありえないから。
振り返ってみれば、ヒルディスとももっと話しておけばよかったな、と思う。
彼女が何を考え、どう生きようとしていたのか、今になって知りたいと思ってしまった。
しかしながら、何もかも終わってしまったあとだ。
「状況を打開しようとすればするほど、裏目に出るなんてね。皮肉なものだわ」
もしも赤子から生まれ変わったとしても、シュヴァーベン公爵邸から人生を始めることに変わりはない。
運命をどうにかするために奔走しても、待っているのは〝死〟のみ。
わたしのもとに残るのは、死因を元にした使いどころがわからないスキルだけだ。
「もう、何もするなってこと?」
ただそうしても、誰かの悪意に晒されて命を脅かされるだけなのだろう。
「どうしろって言うのよ」
『あなた様……』
愛人の子に生まれ、周囲の人達から疎まれ、頑張って努力しても最終的に殺される。
意味のない人生だと思ってしまう。
「ねえ、ボルゾイ。もう、楽になれないの?」
『楽になる、というのは?』
「このままやり直しを放棄するってこと」
『それは……』
できない、と言いたいのだろう。
わかっている。
こんなところで酒に酔ったようにくだを巻いても、意味がないってことを。
「死と生き返りの連鎖を止めるのは、わたしが復讐心を持って死ななければいいだけなのよね?」
『ええ、そのとおりですわ』
お金持ちと結婚したいとか、偉業を成し遂げて尊敬されたいとか、大金を稼いで裕福な暮らしをしたいとか、たいそうな人生なんて望まない。
このさい贅沢なんて言わないから、どんなささいな幸せでもいい。
好きなことをして、おいしいものをたくさん食べて、お婆さんになるまで生き延びて、「あ~~~、楽しかった!」なんて言えるような人生にすればいいのだ。
「そのためには、シュヴァーベン公爵邸からどうにか抜け出さないと」
こうなったら、他人を気にしている場合ではないのかもしれない。
生き延びるために、自分を最優先にしなければならないのだろう。
「次はある程度大きくなってからのほうがいいんだけれど」
『そうですわね』
子どもにできることは限られているのだ。
次の人生は大人の行動力を使って、生き延びるために頑張りたい。
そんな話をしているうちに、周囲が光で包まれていく。
時間の巻き戻りが始まったのだろう。
『それではご一緒に、がんボルゾイ、ですわ!』
「だからなんなの、それは……」
呆れているうちに、意識がぶつりと途切れた。




