お友達
新居を探したり、家具を見て回ったり、と街を頻繁に行き来するようになったからか、リナの同行を条件に一人で出かけてもいいという許可を母が出してくれた。
そんなわけで、一ヶ月ぶりにレンと会えただけである。
「レン、久しぶり!」
今日のレンも、ワンピース姿でやってきた。
そんな彼に会えたのが嬉しくって、出会い頭に抱きついてしまう。
「ヴィ、ヴィオラ、こういうのは、その、あまりよくないかも、しれません」
どうして? と聞きそうになったが、レンが男の子だということを思い出す。
まだ隠したいようなので、問い詰めないほうがよさそうだ。
「わかったわ。でも、手を握るくらいはいいでしょう?」
「手……そう、ですね。手、くらいだったら構いません」
「ありがとう!」
そんなわけで、わたしはレンと一緒に手を繋ぎ、〝レディ・マレット〟のお店に向かった。前に食べたバター・ガレットについて手紙に書いたら、レンも味わってみたいというので、行列に挑むことにしたのだ。
事件から一ヶ月ぶりに再訪したのだが、お店の前に屋台ができていることに気付く。
「ヴィオラ、あの屋台はなんでしょう?」
「バター・ガレットを売っているみたい!」
持ち帰り用の行列と、バター・ガレットを求める行列に別れているからか、以前ほどの長蛇の列ではなかった。
「レン、リナ、並びましょう!」
「はい!」
「承知しました」
二時間以上並ぶ覚悟でいたのだが、十五分ほどで順番が回ってきた。
屋台でバター・ガレットを焼いていたのは、この前わたし達を接客してくれた店員だった。
店員はわたし達を覚えていたようだ。
「ああ、あのときのお嬢さん達ですね。いらっしゃいませ!」
「バター・ガレットを三ついただける?」
「承知しました」
バター・ガレットは溶かしバターがたっぷり入った生地を、鉄板の上でカリッカリに焼くのだ。仕上げにバターの塊を塗って、生地を折りたためば完成だ。
焼けるのを待つ間、店員に話しかける。
「ここ、屋台ができたのね」
「ええ。エドウィン・フェレライ商会のマルティナ夫人が、出資してくださったみたいで」
夫と愛人に牙を剥くイメージしかないマルティナ夫人だったが、商売人としての手腕も振るっているようだ。
そういう有能な部分をエドウィン・フェレライは気に入り、妻として迎えたのかもしれない。
「おかげさまで、たくさんのお客さんにバター・ガレットを提供できるようになりました。あのとき、マルティナ夫人のご機嫌を取ってくれた、お嬢さんのおかげですよ」
「ははは、どうも」
あのときのやりとりが大聖堂で起きた事件のきっかけになったのだが、店員は気付いていないようだ。
そんな話をしているうちにバター・ガレットが焼き上がる。
受け取ったあと、噴水広場のベンチでいただくことにした。
「リナも座って。一緒に食べましょう」
「しかし」
「いいから」
「どうぞ、おかけになってください」
レンにも座るように促されたので、リナは恐縮した様子を見せながらも、ベンチに腰掛ける。
青空の下で食べる、焼きたてのバター・ガレットはおいしい。
「こういう日が、ずっと続けばいいですね」
「続くわよ」
そう返したのに、レンの表情は翳る。
きっと隠し事をしているのを気にしているのだろう。
「大丈夫。わたし達の友情は永遠だから!」
「友情……。そう、ですね」
信じていないような反応である。
こうなったら、一生かけてわからせてあげる必要がありそうだ。
「レン、覚悟してなさい。これからずっとずーーっと、あなたの傍にいるんだから」
ここまで言うと思わなかったのか。レンは驚いた表情を浮かべる。
しかし次の瞬間には、花が綻ぶような可憐な笑みを見せてくれたのだった。
◇◇◇
ついに迎えたシュヴァーベン公爵夫人との食事会当日。
母から思いがけない提案を受ける。
「そうだわ。あなたのお付きのメイド、名前はなんだったかしら?」
「リナ?」
「ええ、そう。その子も新居に連れていきましょう」
「いいの?」
「ええ。家のことをできる人を雇う予定だったんだけれど、知っている人のほうが安心できるでしょう?」
もちろん、リナの気持ちも重要になるが。
彼女は行儀見習いに来ていて、ずっとメイドを続けるわけではない。
わかっていたが、離れ離れになるのが寂しかったのだ。
もしもリナが了承してくれたら、母がシュヴァーベン公爵夫人に交渉を持ちかけてくれるという。
「リナに聞いてくるわ」
「お願いね」
さっそくリナに聞きにいったところ、驚いた反応を見せる。
「私を引き抜いてくださるのですか?」
「ええ。でも、わたし達母子の家で働いても、給料はたくさん出せないし、いい実績になるとは思えないんだけれど」
「いいえ、そんなことありません! ぜひ、お願いします!」
リナは引き抜きに応じてくれるらしい。
なんでもわたしの専属から外れたあとは、ここを辞めるつもりだったようだ。
「あと数年は、行儀見習いとして働く予定でしたので、その、願ってもないお話です」
「よかった。リナ、ありがとう!」
リナをぎゅっと抱きしめ、感謝の気持ちをこれでもかと伝える。
「シュヴァーベン公爵夫人にお願いするよう母に頼んでおくわね」
「はい!」
シュヴァーベン公爵夫人が許可を出さなくとも、リナはシュヴァーベン公爵家での仕事を辞めるつもりだという。
ならばシュヴァーベン公爵夫人に交渉を持ちかけなくてもいいのでは、と思ったものの、角を立たせないためにも話を通しておくのは必要なのだろう。
母の交渉の手腕は期待できないので、どうか上手くまとまりますように、と神様にお願いする他ない。
「新居でヴィオラお嬢様にお仕えする日を、楽しみにしていますね!」
そんなわけで、新しい生活にリナが仲間入りをすることとなった。




