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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第一章 嫉の炎、妬の刃
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神に見放された女

 絶対に何かの間違いだ。

 もしかしたらヒルディスから嘘を吹き込まれているかもしれない。

 そうに違いないだろう。


「お願い、ナイト様と話をさせて……!」

「黙れ!」

「お前の発言は許可されていない!」


 またしても、背中を棒で殴打される。

 じくじくと痛みを訴えていたものの、心の悲鳴に比べたらなんてことはない。

 少しだけでいい。

 ナイト様と話すことができたら……。


 顔を上げ、ナイト様へと訴えようとしたそのとき、ヒルディスと目が合った。

 彼女は小さく「きゃっ!」と悲鳴を上げる。

 シュヴァーベン公爵夫人は娘を庇うようにわたしの前に立つ。それからヒルディスを見ないようにと牽制するように叫んでいた。


「誤解よ! そんな目で見ていないわ」

「黙りなさい!」


 そんなつもりなんてないのに。

 誤解を解こうとすればするほど、人々の眼差しは冷たくなっていく。


「なんて凶暴な眼差しなのか。まるで獣のようだ」


 そんな言葉を口にしたのは、筆頭書記官の女性。

 彼女はたしか、大商人エドウィンの妻、マルティナだったような。

 会員制の酒場に若い愛人と出入りしているのを、たまに見かけていたのだ。


「あれは女の形をした、正真正銘の獣だ。大聖女様の婚約指輪を奪うなんて、狂気の沙汰だろう」


 非難するような物言いをするのは、マルティナの夫である大商人エドウィン。

 彼はたしかあくどい商売をすることで有名である。

 どの口が言っているのか。


「愛人の立場に耐えられなくなって、犯行に及んだのでしょう」


 聖騎士部隊の隊長、フリートヘルムが同情を滲ませたような声で言う。


「神よ、迷える悪女の魂を救い給え……」


 祈り始めたのは、司祭ラルフ。

 いったい何を言っているというのか。

 皆、いい加減にしてほしい。


 ヒルディスは怯えたような態度を見せ、ナイト様は守るように肩を抱く。

 あろうことか、ナイト様はわたしを敵だと言わんばかりに、ジロリと睨み付けてきたのだ。

 その瞬間、胃の辺りがスーーッと冷え込むような、心地悪い感覚を覚えた。

 ナイト様はわたしを助けるつもりなどない、というのを理解してしまう。

 いったいどうして?

 わたしと結婚するって言ったのに……。

 ふと、冷静になって振り返ってみると、ナイト様の求婚にははっきり「結婚しよう」という言葉はなかった。

 それに結婚する意思もあまり見られなかったような気がする。

 結婚までの日程も先延ばしにし続け、誤魔化していたのだ。

 最初からナイト様はわたしと結婚するつもりなんてなかった。

 そもそも会う場所は夜の高級宿のみ、というのもおかしかったのだ。

 愛人として傍において、都合がいいように利用することが目的だったのだろう。

 ずっと王子様に愛されていると錯覚し、現実が見えていなかったのだ。


「――ッ!」


 あまりにも酷い。

 ただ捨てるだけならばまだしも、こんなふうに犯罪者に仕立てるなんて。

 わたしのことを悪辣あくらつ雌犬めすいぬだとののしるような言葉も聞こえてきた。

 もう、この世に味方なんていない。

 きっと母を見捨てた罪なのだろう。

 酒浸りになって、わたしが用意したお金がないと母は暮らしていけなかった。

 きっとひもじい思いをしているに違いない。

 胸が痛い、引き裂かれそうだ。

 皆がわたしの悪口を口々に言う中、再び裁判長の木槌が鳴り響く。


「これより開廷する! 被告人は前に出て、名前を口にするように」

「そんなの、どうでもいいでしょう」


 わたしを罪人に仕立てあげたいだけのくだらない集まりの中で、名乗る名前なんてない。


「被告人、無駄口は慎め!」

「くだらないのよ。こんなでっちあげの裁判所を作って」

「被告人!!」


 聖騎士達がわたしの首元に細長い拘束棒を十字に押し上げ、強制的に前を向かせる。

 別の聖騎士が鞭で頬を叩き、早く答えるように促してきた。

 

「早く答えろ!!」

「この雌犬が!!」


 神聖な大聖堂で、このような口汚い言葉を耳にするとは、夢にも思っていなかった。

 ならば、わたしもレベルを合わせるべきだろう。

 そう思って答えてやった。


「みんな、みんなくたばってしまえ!!」


 後頭部にズシン! と重たい一撃が繰り出される。

 聖騎士がわたしを黙らせるために、殴ったのだろう。

 頭が真っ白になりかける中で、裁判所の木槌がカンカンと鳴らされた。


「それでは、ここにいる者達で採決を取る! まずは筆頭裁判官であるラルフ・ガイツに訊ねる。この者をどうするべいか」

「死して魂を浄化するべきかと」

「死刑に一票」


 こんな裁判、聞いたことがない。

 きっと陥れたい人物を辱めて、死刑を宣告させるために開くいかれた集まりなのだろう。

 趣味が悪いとしか言いようがない。


 その後も口々に死刑を言い渡してくる。


 筆頭書記官マルティナ・フェレライは「死刑にすべき」と言い、その夫である裁判官補佐エドウィン・フェレライも「死刑に決まっている」と言い切る。

 裁判官次席、フリートヘルム・フォン・ファールハイトも「死刑にするしかありませんね」と言い、最後に弁護官であるナイト様に問いかける。


「弁護官、ナイト・フォン・ホッファート・ジーヴントゥン、答えよ」

「こんな盗人、死刑にしてしまえ!!」


 崖から突き落とされたような衝撃を受ける。

 今日、ここで初めてナイト様と目が合った。

 けれどもその眼差しに甘さなんて欠片もなく、憎悪と悪意に満ちた目で私を睨んでいた。

 頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなった。

 ぼんやりしているうちに、裁判が木槌を鳴らす。

 よく通る声で、刑罰が宣言された。


「被告人を〝死刑〟に処す!!」


 薄れゆく意識の中で思う。重たい刑が処されるだろうと思っていたが、まさか死刑とは。

 もう、いい。

 この世に希望なんてない。

 最初から、わたしは神になんて愛されていなかった。

 誰もが持つ祝福がない上に、守護獣すらいないなんて。

 未練なんてない。


 そんなわたしを処するのは、炎に抱かれて罪を洗い流すという〝火刑〟だった。

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