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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第三章 色恋と、欲望の狭間で

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ヒルディスのミサ

昨日、予約投稿を誤っていたようで、2話更新していたようです。前々話を読んでいない方がいらっしゃいましたら、ご確認をお願いします。

 なーーーーんて、簡単に諦めるわたしではなかった。

 すぐさまわたしはレンに手紙を書き、大人の事情でこっそり会うことが難しいこと。それでもお友達付き合いを諦めたくないことを書き綴った手紙を書いた。

 それをリナを通して、レンの父親に運んでもらったのだ。

 翌日、レンの父親を通して返事が届く。

 レンは偽名でのやりとりを提案してくれた。名前を付けてくれと言うので、しばし考えた結果〝伝書鳩の君〟というのはどうかと手紙で提案してみる。

 すると、次から〝伝書鳩の君〟からの手紙が届くようになった。

 それからわたし達は、文通をする仲となる。

 内容はいたってシンプルで、今日は寒かったとか、きれいな花を見つけたとか、そういうことを報告し合うだけ。

 けれども初めての文通だったので、とても楽しかった。

 そんな中で、もうすぐ〝大ミサの日〟が近いことに気付いた。

 〝大ミサの日〟は大聖女であるヒルディスが、大勢の信者の前で福音を読むという大役を務める日。言わば大聖女としての初めての晴れ舞台というわけである。

 一度目の人生のわたしは祝福を持たないコンプレックスを刺激されるので、行ったことはなかった。

 今回は参加して、そのあとレンと落ち合えないか。

 そんなことを考えてみる。

 さっそく手紙に書いて送ると、翌日には了承するという旨の返信が届いた。

 なんでもレン達一家は大ミサの招待を受けていないので、参加する予定はないようだ。

 ただ、当日落ち合って、会うことは可能だという。

 もうすぐレンと会える!

 思いがけず、大ミサの日が楽しみになってしまった。


 夕方、古典学の授業を終えて廊下を歩くわたしの前方から、シュヴァーベン公爵夫人とヒルディスの姿を発見する。

 よくよく見たら、シュヴァーベン公爵夫人の隣に、ゲラルド・ツォーン――十年後、枢機卿となり、聖教会の裁判長を務めるようになる男がいることに気付く。

 このときの位は司教だったか。

 なぜ彼がここに? と思ったものの、きっと大ミサの予行練習でもしていたのだろう。

 わたしは壁際に避け、彼らに道を譲った。

 気配を消していたつもりだったが、シュヴァーベン公爵夫人がめざとくわたしの姿を発見し、話しかけてくる。


「あら、ヴィオラではありませんか」

「どうも、シュヴァーベン公爵夫人、ヒルディス。ツォーン司教も、ごきげんよう」


 スカートを軽く摘まんで会釈すると、ツォーン司教が目を見張る。


「いい子だ。シュヴァーベン公爵家に来ている、行儀見習いの娘だろうか?」

「まあ、そんなところよ」


 ここで愛人の娘と言えば、シュヴァーベン公爵夫人に恥を掻かせてしまう。

 わかっていたので、適当にはぐらかした。

 シュヴァーベン公爵夫人はわたしを睨んでいるものの、この様子だとこれ以上余計なことは喋らないように、という牽制けんせいに違いない。

 そんなシュヴァーベン公爵夫人だったが、ツォーン司教が振り返ると、にっこり笑みを浮かべる。そんな表情のまま話しかけてきた。


「それはそうとヴィオラ、あなたはヒルディスの大ミサは参加するのですか?」


 祝福を持たず、八歳の鑑定式アナライズ・セレモニー以来、ミサは不参加であるわたしが行かないであろうことをわかっているだろうに、わざわざ聞いてくるなんて性格が悪い。

 きっとわたしが不参加だと言ったら、どうしてなのか聞き出すつもりなのだろう。


「今度ある大ミサ? 行くわ」


 まさかの返答に、シュヴァーベン公爵夫人だけでなく、ヒルディスも目を見開いて驚く。


「ヒルディスがみんなの前で、特別な福音を読むんでしょう? 楽しみにしているわ」


 それを聞いたツォーン司教は、「なんて敬虔けいけんな信者なのか」と感心したように言う。

 シュヴァーベン公爵夫人は、悔し紛れにしか聞こえない言葉をわたしにぶつけてきた。


「その言葉、嘘偽りないと言えるのですか!?」

「ええ、もちろん。必ず参加するわ」

「破ったら、容赦しませんからね!!」


 参加の義務があるわけではない大ミサに行くかどうかごときに、そこまで言わなくてもいいのでは、と思ってしまう。

 シュヴァーベン公爵夫人はきっと、わたしが祝福を持たないので、コンプレックスが刺激される大ミサには参加したくないのだろう、という揚げ足を取りたかったのだろうが。


「それでは、暇ではないので、さようなら」


 そんなことを言ってから、この場を去る。

 勝ち逃げと言っても過言ではないだろう。


 ◇◇◇


 その日の夜、珍しく母がわたしのもとへやってきた。

 何かいいことでもあったのか。上機嫌な様子で話しかけてきた。


「ねえヴィオラ、この前話していたお友達の件、シュヴァーベン公爵夫人から話があった?」

「お母様、その件だけれど、どうして話がシュヴァーベン公爵夫人まで伝わっていたのかしら?」

「それはシュヴァーベン公爵が、夫人に聞かないとわからないと言ったからよ。だから早く聞いてって、急かしたのよ」


 どうやら母は、よかれと思ってあれこれ言ってくれたらしい。


「嬉しそうじゃないけれど、どうしたの?」

「わたし、シュヴァーベン公爵夫人にヒルディスの友人を奪うなって、頬を叩かれたのよ。見て、この傷痕! もう薄くなっているけれど、すごく痛かったんだから!」

「あら、そうだったの。相変わらず、酷い女ねえ」


 他人ごとのように言ってくれる。

 一度、シュヴァーベン公爵夫人との関係について、しっかり話さないと、と思っていたのだ。いい機会だと思って、母に釘を刺しておく。


「お母様、あのね、わたし達は薄氷の上で暮らしているようなものなの」

「薄氷? どういう意味?」


 母は自らが立っている場所を把握はあくせずに、毎日のほほんと暮らしているようだ。


「誰かが怒って足を踏み入れたら、容易たやすく壊れてしまうような環境で、わたし達は生きているのよ。つまり、シュヴァーベン公爵夫人を怒らせてしまったら、わたし達はこの家で暮らせなくなるの!」

「どうして? ここはシュヴァーベン公爵の屋敷だから、夫人がどうこう言おうが関係ないと思うのだけれど」

「あるわ。貴族の屋敷は、当主の妻である女主人が掌握しょうあくしているの」


 愛人を家に置くというのは、そもそも恥でしかない。

 今はシュヴァーベン公爵夫人が〝夫の愛人を置くことを特別に許している〟、という状況なのだ。


「だからこれ以上、シュヴァーベン公爵夫人を刺激しないでほしいのよ」

「よくわからないけれど、シュヴァーベン公爵夫人が面倒な女だっていうことだけはわかっているわ」


 伝えたいことの三分の一も理解してもらえなかったが、今日のところはその認識でいいことにしておく。


 今後はなるべく、シュヴァーベン公爵夫人の目に付かないよう、大人しくしていてほしい。そんなお願いをすると、母は「はいはい」と本当にわかっているのか疑いたくなるような反応を返してくれた。


 大ミサへの参加についても、念のため母に言っておく。


「ああ、そうだ。今度ある大ミサだけど、わたしも行くことになったの」

「あら、珍しいわね」

「ヒルディスが読む福音が、どんなものか気になって」

「あれ、面白いものでもないわよ。普通のミサとなんら変わりないって、シュヴァーベン公爵が言っていたわ」

「お母様、ミサに行ったことがあるの?」

「ええ、毎回参加しているわ。シュヴァーベン公爵と」


 うわ、と非難するような声が出そうになったものの、口から飛び出る寸前で呑み込んだ。

 シュヴァーベン公爵は公の場にも母を連れていっていたなんて。シュヴァーベン公爵夫人から嫌われるのも無理はないだろう。


「私はいつもと同じようにシュヴァーベン公爵と参加するから、一緒には行けないからね」

「わかっているわ。そんなこと、期待していなかったから」

「だったらいいけれど」


 これ以上、シュヴァーベン公爵夫人を刺激しないでくれ、と思ったのは言うまでもない。


 ◇◇◇


 あっという間に大ミサ当日となる。

 大ミサでのドレスコードは、白い服らしい。

 リナが用意してくれた白いワンピースを着て、髪型も主張が少ない控えめなシニョンスタイルにしてもらった。

 準備が整ったので、さあ出発だ。そう思っていたところに、リナから思いがけない申し出があった。


「ヴィオラお嬢様、私も同行します」

「リナ、あなたは部屋付きのメイドよ。同行する必要はないわ」


 それに今日はレンと会う予定である。勝手に計画したことで、もしもシュヴァーベン公爵夫人に見つかったら咎められる。


「あなたまで怒られてしまうかもしれないのよ」

「構いません」

「本当に?」

「ええ。もしも怒られたときには、この私が盾になってみせます」

「そんなことさせないわよ。シュヴァーベン公爵夫人は怒ると、張り手が飛んでくるのよ」


 叩くのと同時に、爪でひっかくという攻撃力が強い技だ。なんて言ったら、リナは少し怯えた表情を浮かべる。


「怖いでしょう?」

「こ、怖いです! でも、頑張って耐えてみせます!」

「いいの?」

「はい!」


 リナは強い眼差しを向ける。折れる様子はまったくなかった。


「わかったわ。もしもシュヴァーベン公爵夫人に見つかったら、一緒に怒られましょう」

「はい!」


 それでいいのかと思ったのだが、いいのだろう。そんなわけでリナという心強い仲間と一緒に、大ミサに参加することとなった。

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