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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第三章 色恋と、欲望の狭間で

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子ども時代のアイスコレッタ卿

 まさかこの銀髪の美少女がアイスコレッタ卿だったなんて。

 驚くばかりのわたしに、不思議そうな眼差しを向けていた。

 きっと未来のあなたを知っていたから、なんて言っても信じてもらえないだろう。

 取り繕うように、自己紹介しておく。


「わたしはヴィオラ。ヴィオラ・ドライスよ」

「ヴィオラ、お嬢様……」

「お嬢様はいらないわ」

「でも、シュヴァーベン公爵のご子女でいらっしゃいますよね?」

「わたしはシュヴァーベン公爵の愛人の娘なだけよ。ただの居候なの」

「そう、だったのですね」


 どういう反応をしていいのやら、という感じである。

 申し訳なくなった。

 わたしの事情を聞いてしまったからか、彼は自らについても教えてくれた。

 なんでも今は〝レン・アイスコレッタ〟という名で、ヒルディスのご友人の一人として屋敷に通っているという。


「だったらレン、あなたも雇われご友人というわけなの?」

「ご存じなのですか?」

「ええ、まあ、少しだけね」


 なんでもアイスコレッタ卿――今はレンか。

 レンのご両親とシュヴァーベン公爵はご学友だったらしい。

 その後、レンのご両親が領地から王都へ駆け落ちしたさいに偶然再会したという。

 レンの父親は現在、シュヴァーベン公爵の馬のお世話係である馬丁グルームとして働いているようだ。


「父は断ってもいいと言ってくれたのですが、両親のために、何かできればいいと思い、引き受けました」

「そうだったの」


 相変わらず、彼の家族への愛情が深く、親孝行だなと思ってしまう。

 ここまでしたいと思えるような、素晴らしい両親なんだろうな、とも感じてしまった。

 それに比べてわたしの母親といったら……。いいや、比べていいものではないだろう。


 窓越しに話すのもなんだと思って彼を部屋に招こうとするも、レンは躊躇ためらう様子を見せた。


「その、私一人であなたのお部屋には行けません」


 おそらく理由は彼が男だからだろう。子どもなのに紳士的な態度を示してくれる。

 ここで、レンが女装していることを隠している状態だったと思い出す。

 驚くほど似合っていて、誰も男だと疑わないだろう。

 こんな美少女は他にいないので、ヒルディスのご友人として抜擢ばってきされるのも納得だ。

 ちなみに、エマに目を付けられたのは、大聖堂に行く際にヒルディスが同行者を一人だけ指名するのだが、レンを選んだことがきっかけらしい。


「ただのやっかみじゃない」

「そう、なのでしょうか? 私に何か至らない点があったと思っていたのですが」

「そんなことないわ。あなたは悪くない」


 そう伝えると、レンの強ばっていた表情が和らぐ。


「そういえばあなた、その頬はエマにやられたんでしょう? 大丈夫なの?」

「あ――はい」

「冷やしたほうがいいわ」

「大丈夫です。痛くないので」

「大丈夫なわけないわ。赤く腫れているもの、痛いに決まっている」


 窓枠に足をかけ、外に飛び出る。

 きれいに着地できたのに、するとレンは目を丸くして驚いていた。


「あの、危ないです」

「平気よ。それよりも、水で頬を冷やしてあげるから、こっちにいらっしゃい」


 そう言ってレンの手を握り、噴水があるほうへと誘う。

 シュヴァーベン公爵の庭には公園にあるような立派な噴水があって、屋敷の浄水機能も担っているらしく、きれいな水だと聞いていたのだ。

 ハンカチを水に浸し、しっかり絞ってからレンの頬に当てた。


「――っ!」

「やっぱり痛いんじゃないの」


 しばらくハンカチをレンの頬に当てていたのだが、嫌がらずに大人しくしていた。

 ハンカチを水に浸して絞り、頬に当てる。それを繰り返していたら、レンの頬から赤みは引いていった。


「腫れが治るのは少し時間がかかるかもしれないわね」

「ええ、もう平気ですので。ありがとうございました」

「お安い御用よ」


 最後にレンに大事なことを伝えておく。


「ヒルディスの取り巻き……じゃなくてご友人役は、無理してすることではないわ。エマに叩かれたことを理由に、辞めてもいいのよ」

「ええ……。しかし、あと少しの期間ですので」

「あら、そうなの?」

「はい。もともと、一ヶ月だけ、という話だったんです」


 残り七日ほどで終了するという。

 エマについては、わたしがヒルディスに密告するような行動を取ったので、しばらく落ち着くだろうとのこと。


「頑張るのね」

「はい」

「だったら、もしもエマが酷いことをするようだったら、わたしに言ってね。また悪知恵を披露してあげるから」


 思いがけない発言だったようで、レンはぽかんとした表情を見せる。

 けれども次の瞬間には、花がぱっと咲いたような可憐な微笑みを見せてくれた。


「あなたみたいな人は、初めてです」

「そう? 生まれてからずっと居候暮らしをしていたからなのかしら? いろんな処世術を知っているのよ」


 しばらく笑ったあと、レンはわたしに問いかける。


「どうして、そこまでよくしてくれるのですか?」

「それは――あなたとお友達になりたいから」


 これは本心である。

 二回目の人生で、アイスコレッタ卿に言えないことでもあった。

 大人になったら照れて言えないようなことも、子どもだったら素直に伝えられる。

 子どもって、なんて素晴らしいんだと思ってしまった。


「嫌?」

「嫌じゃないです。けれど――」


 おそらくレンは自分が男であることを隠している件について気にしているのだろう。

 レンの手を握り、大丈夫だと言っておく。


「あなたがどんな人でも、わたしは気にしないから!」

「しかし」

「都合がよくなったら、何を気にしているのか教えてちょうだい。それまでは、気付かないふりをするから」


 ダメかと聞いたら、レンは首を横に振る。


「だったらわたし達、今日からお友達ね!」

「はい」


 わたしに初めてのお友達ができた日の話だった。

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