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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第一章 嫉の炎、妬の刃
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裁判

 ナイト様はバルコニーで一人、切なげな様子でいた。

 王子様だと知らずに、どうしたのかと気やすく話しかけてしまったのである。

 ナイト様は兄がいて、皆兄にばかり敬意を示し、自分はいない者のように扱われることを不服に思っていたらしい。それは私とヒルディスの関係によく似ていた。

 共通の悩み事がきっかけで意気投合し、恋人同士となる。

 ナイト様は毎日公務で忙しく、会える時間帯はいつも深夜。

 高級宿で落ち合い、一夜を明かすのがお決まりだった。

 その頃、母がとある宝石商と私の結婚をまとめようとしていた。

 相手は五十代のジジイ。

 ナイト様からの真実の愛を知ってしまった以上、金目当ての結婚なんてできるわけがなかった。

 ナイト様に宝石商のジジイとなんて結婚したくないと訴えると、母親を説得してくれるという。

 すぐさま面会となった。

 第二王子であるナイト様を紹介するなり、母はよくやった! と言って大喜びだった。

 宝石商のジジイとの結婚話も断ってくれるという。

 早く結婚しなくては。当時の私は十八歳。立派な結婚適齢期だった。

 けれどもナイト様は少し待って欲しいと言った。

 王族が結婚するには、枢密院の議会で承認を得なければならないらしい。

 私はシュヴァーベン公爵の娘なので身分は問題ない。けれども貴族の生まれではない母親の存在が足かせになっているという。

 母は中産階級ミドルクラス出身で、祖父は建築士でそれなりに裕福な暮らしをしていたが貴族ではない。それが結婚までの道のりを阻害しているという。

 最近の母は借金を繰り返し、酒浸りの暮らしをしているのも問題だった。

 母を見捨てたら、枢密院の承認も下りやすくなる。

 そんなことを言うので、母との縁は絶ちきった。

 これで結婚できると思っていたのに、今度は後ろ盾が必要になるという。

 一年以上かけて苦労の末に後ろ盾を付けたら、今度は婚約指輪作りに時間がかかるというのだ。

 いい加減にしてほしい、と思ったものの、王族の結婚は時間がかかるという。

 枢密院の承認は下りたので、婚約指輪の完成を待ってほしい。

 なんて言葉を信じた一年後、やっと婚約指輪が完成したのだ。

 できあがったのは時間をかけて作ったというのも納得の、美しい指輪だった。

 一年も待ってよかった……。

 正式に求婚も受け、あとは結婚するだけ。

 なんて思っていたのに、あの婚約指輪は大聖堂に保管されていた、ヒルディスの物だというのだ。

 そんなのでっちあげである。信じるわけがない。

 あの婚約指輪は、一年かえてナイト様があつらえてくれた品である。

 裁判がどうたらと言っていたが、ナイト様が絶対助けてくれるはず。

 大丈夫、きっと大丈夫――。


 そう信じて疑わなかったが、ナイト様とは期待を裏切る形で再会となった。


 ◇◇◇


「ほら、起きろ!!」

「――!!」


 ほんの少し前まで眠れなくて起きていたのに、数秒意識を失っている間に聖騎士がやってきたらしい。


「これから裁判を行う」


 扉が開かれ、手には銀色の手錠が付けられた。

 これでは本当に罪人のようである。


「ついてこい!!」


 真っ暗かつ酷く冷えた牢の中にいたからか、反抗する気持ちは残っていなかった。

 ここで抗わなくても、ナイト様が助けてくれる。

 体力を無駄にする必要などないのだ。

 連れてこられた法廷は大聖堂内にあるもので、床も壁も天井も、何もかも白い空間。

 ただ、ずっと暗い中に閉じ込められていた私には眩しすぎる空間で、目が眩みそうだった。  


 裁判長の席に座るのは、聖教会の枢機卿である名前はなんだったか。覚えていない。

 他にも数名、裁判官と思わしき人々が腰かけ、蔑んだ目を私に向けていた。

 空席がいくつかあったが、私の到着後にやってきたようだ。

 聖騎士達が恭しく頭を下げて迎えるのは、大聖女ヒルディス。彼女のあとに続くのは、母親であるシュヴァーベン公爵夫人。

 それからナイト様もいた。

 ナイト様は白いローブに身を包み、まるで裁判官のような格好をしている。

 けれどもそんなことはどうでもいい。


「ナイト様――!」

「ええい、ヒルディス大聖女様の御前だ、静かにしろ!!」


 そう言って私の背中を棒で殴打する。


「きゃあ!!」


 明らかな暴力行為で、悲鳴まであげたものの、ナイト様はこちらを一瞥いちべつすらしない。


「え?」


 どうして? という言葉が出る前に、裁判長が木槌ギャベルをカンカンカン! と鳴らした。


「本日は被告、ヴィオラ・ドライスの裁判を行う」


 一人ずつ、紹介がなされる。


「原告、大聖女ヒルディス・フォン・シュヴァーベン」


 ヒルディスは傷ついたような表情で私を見つめている。

 どうして被害者のような顔で私を見つめているのか。まったく理解できない。

 そんな彼女の背後にいるシュヴァーベン公爵夫人は、わたしをじろりと睨み付けている。


「弁護官、第二王子ナイト・フォン・ホッファート・ジーヴントゥン」


 名前が呼ばれたナイト様は、ヒルディスの隣に立つ。

 それだけでなく、ヒルディスを支えるように寄り添っていた。


 なんで?

 どうして?

 ナイト様は私の婚約者なのに……。


「筆頭裁判官、司祭ラルフ・ガイツ、裁判官次席、聖騎士隊長フリートヘルム・フォン・ファールハイト、裁判官補佐、大商人エドウィン・フェレライ、筆頭書記官、大商人夫人マルティナ・フェレライ――」


 次々と名前が読み上げられていたものの、まったく頭に入ってこなかった。

 私の傍には見張りの聖騎士しかいない。

 通常の裁判でいるはずの私の弁護官は、最初から存在しないようだ。

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