エドウィン・フェレライの屋敷にて
着替え終え、エドウィン・フェレライから預かっているダイヤモンドのネックレスを身につけた状態で食堂へ向かう。
すでに待ち構えていたエドウィン・フェレライは、わたしを見るなり「いいじゃないか」と絶賛した。
「やはり美しい着用モデルは必要だな。今日はいつも以上に宝飾品が売れるだろう」
それに乗っかかって、わたしも化粧品を売り捌くつもりだ。
こんな格好で昼間に出歩くなんて恥でしかないが、我慢するしかない。
そうこうしているうちに、食事が運ばれてきた。
食前の水かと思って飲んだら、度数が強い蒸留酒だったので驚く。
「なっ、これ、お酒じゃない!! どうして無臭なの?」
「最近酒臭さを気にする女が多いものだから、特別に魔法で造らせた」
「なんてものがあるのよ!」
これから商談だというのに、飲んでしまったではないか。
正直、お酒は強くないのだが……。
「ねえ、お酒は止めて水にして!」
「わかったわかった」
このあと仕事があるのに馬鹿じゃないの!? と罵りたくなったが、ぐっと我慢する。
前菜はキジ肉のキッシュ、スープはカボチャのポタージュ、メインの魚料理は白身魚のフリット、途中で口直しの氷菓を挟み、肉料理はウサギ肉のワイン煮込み。デザートはカスタード・パイだった。
全体的にこってりした料理だったものの、思いのほかおいしくいただいた。
「食後酒も水でいいのか?」
「もちろん」
一気に飲み干して、あとは商談だ。
「どうだっただろうか?」
「どうって、普通においしい――」
ぐらり、と視界がぼやける。
ここ最近、あまり眠れていなかったからだろうか?
それとも、食前に飲んだ蒸留酒が今さら効いてきたのか。
目を擦ったものの、視界は晴れない。
「ん? なんなの、どうして?」
「やっと薬が効いてきたか」
我が耳を疑うような発言が聞こえてくる。
「な、なんなの?」
「お前が言うことを聞かないから、ここまでやることになったのだ」
「は?」
視界がぼやける中、エドウィン・フェレライらしき男が接近してくるのがわかった。
立ち上がって逃げようとしたが、体に力が入らない。
これまで感じたことのない、強力な眠気に襲われる。
なんとか力を振り絞って立ち上がるも、くらりと目眩を覚えた。
「おお、危ない、危ない」
エドウィン・フェレライがそう言って、わたしの肩を支えた。
どうやらこの男は、わたしの食事に睡眠薬を仕込んでいたらしい。
「この、クソジジイ!! わ、わたしに、触らない、で」
「ははは! 体が言うことを利かないのに、口だけは生意気だな。まあ、いい、そのうち口も正直にしてやろう」
「気持ち悪い!!」
こんなことをする人と、一緒に商売なんてできるわけがない。
そう思って、思ったことをそのまま伝える。
そんなわたしの傍で、大精霊ボルゾイが右往左往して困っている様子だった。
「ねえあなた、アイスコレッタ卿を呼んできて」
『は、はい!!』
アイスコレッタ卿にだけは迷惑をかけたくないと思っていた。
けれどもこの状況から助かるには、唯一大精霊ボルゾイの姿を見ることができる彼に頼る他ない。
駆けつけてくれた頃には、もう何もかも終わっているかもしれない。
それでもいい。命さえ助かれば……。
「なんだ、男がいるのか?」
「……」
「そもそも、誰に言っている?」
「……」
答えるわけがない。
しかしながらエドウィン・フェレライは気にすることなく、事を進めようとする。
「さあ、寝室に行こうか」
「この、クズ野郎!」
「なんとでも言え」
エドウィン・フェレライがわたしの体を支えつつ、歩き始めようとした瞬間、食堂の扉が勢いよく開く。
やってきたのは――。
「エドウィン!! お前はまた、女を勝手に連れ込んだのだな!!」
「マ、マルティナ!? 男と旅行に行ったのでは?」
「そんなの、お前の浮気を炙り出す嘘に決まっているだろうが!!」
マルティナ夫人がツカツカとやってきたからか、エドウィン・フェレライはわたしの体を突き飛ばす。
わたしの体は自由が利かず、そのまま倒れてしまった。
大理石の床に全身を打ち付けたものの、眠気はまったく覚めない。
「次は許さないと言ったというのに、デボラ・ドライスの娘に手を出すなど――!」
「お前も男を侍らして、いろいろ楽しんでいるだろうが!」
「あれはただの使用人だ!」
わたしは床に伏せたまま動けずにいた。ケンカをする夫婦の足下を見つめることしかできない。
「こいつ、絶対に許さない!!」
「うるさい!! この俺が何をしようが、勝手だろうが!! これから俺は、この女と楽しむつもりだっ――」
威勢がよかったエドウィン・フェレライの叫びが途絶えた。
変わりに、床にポタポタと真っ赤な何かが散る。
「――は!? お前、なっ」
「死ね!! 死んでこの私に詫びろ!!」
大粒の雨が降るように、ぼたぼたと落ちてきたのは、エドウィン・フェレライの鮮血だった。
「あああ、ああああ、ああああああああ!!」
足下がふらつくエドウィン・フェレライを、マルティナ夫人は足蹴で倒した。
「お前、お前、おまえええええええ!!」
「これからは遺産を食い潰して、好きに生きさせてもらおう」
エドウィン・フェレライの胸には大ぶりの短剣が突き刺さっていた。
雨の日の水溜まりみたいに、エドウィン・フェレライの血が床に広がっていく。
「ははは、無残なものだな! 大商人エドウィン・フェレライの最期が、こんなにあっけないなんて!」
エドウィン・フェレライは虫の息だった。
何かを言い返そうとしても、ヒューヒューと呼吸音が鳴るばかり。
「おい、雌犬」
「!?」
マルティナ夫人はわたしの髪を掴んで持ち上げる。
「お前もこの男と心中させてやろう」
「――!?」
マルティナ夫人はわたしを乱暴に放ると、テーブルにあった花瓶の中身をぶちまける。
豪快に、苦しむエドウィン・フェレライの上にもぶちまけていた。
水ではない、どろりとした液体である。
それはわたしの頬にも付着する。
この臭いは――油だ。
「明日の朝刊には、大商人エドウィン・フェレライとその愛人ヴィオラ・ドライス、屋敷にて心中とでも報じられるだろう」
マルティナ夫人はマッチの火を付け、わたしに投げつける。
発火し、ドレスが燃えていく。
「では、さらばだ!」
マルティナ夫人はそんな言葉を残して去って行く。
炎に包まれるも、わたしは耐性があるので平気だ。
だんだんと眠気も覚めてくる。
「ううっ!」
煙が充満し、火が広がっていく中、なんとか起き上がり、立ち上がろうとしたが――。
「がふっ!!」
口から大量の血を吐いた。
喉が灼けるように熱くなり、全身の痙攣が止まらず、力が入らない。
なんなの!?
まさか食事に睡眠薬以外の薬も盛られていたのだろうか?
ここで、エドウィン・フェレライのほうを見ると、彼も同じように吐血し、痙攣していることに気付いた。
まさか、マルティナ夫人はわたし達の食事に毒も盛っていた?
「嘘……でしょう?」
ゲホゲホと咳き込むと、大量の血を吐いてしまった。
「ああ、もう……」
ダメ。
目の前が真っ暗になり、わたしの意識は命ともども消えてなくなった。
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