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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第一章 嫉の炎、妬の刃
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彼女の生きてきた道

「痛い!! 痛いってば!!」

「うるさい! 黙れ!」

「大人しくしないか!」


 罪人を連れて行くかのように、聖騎士達は乱暴な足取りで進んで行く。

 今日のために下ろした新しい靴は、いつの間にか脱げてなくなっていた。

 石畳の上を引きずられるように歩いていたからか、ストッキングどころか皮膚も破けて傷口がじくじく痛んでいる。

 だが、心の痛みに比べたら、足のケガなんてどうでもいい。

 ヒルディスは衆目の前でナイト様を我が物のように連れ歩き、あろうことか自分のほうが婚約者だと主張したのだ。

 どうしてそんな嘘を吐くのか。

 それに、ナイト様から貰った婚約指輪が、大聖堂に保管されていた物だなんて言っていた。

 そんなわけない。あの指輪は確実に、ナイト様がわたしに求婚の言葉と共に贈ってくれた品なのに。


 その婚約指輪は拘束されたさいに聖騎士が私の指から抜き取って、ヒルディスの手に渡ってしまった。

 悔しい。あれは私の婚約指輪なのに……。


「ほら、さっさと歩け!」

「手間をかけさせるな!」


 聖騎士に連れてこられた先は――大聖堂。

 わたしとナイト様の結婚式のために訪れるはずだったのに、どうしてこのような形でやってくることになったのか。

 正門を避け、裏口から内部へと入る。

 華やかな印象しかない大聖堂だったが、その舞台裏は老朽化が進み、歩くだけで床がギシギシ音を鳴らすような古びた印象があった。

 地下に繋がる階段を下ると、そこに広がっていたのは罪人を収納する牢獄である。


「おら、大人しく入っておけ!」

「裁判が行われるまで、神に祈っておくことだな!」


 ゴミを捨てるかのように牢の中へ放りだされた。

 立ち上がろうとするも、足の傷が痛くて身動きが思うように取れず。

 そうこうしている間に扉が閉められ、施錠された。


「ねえ、待って! 違うの、あの指輪はいただいた品で――!」


 聖騎士達は振り返りもせずに去って行った。

 一人、牢獄に残される。

 人の気配はなかったものの、ネズミが闊歩し、何かが腐ったような異臭が立ちこめる最悪な場所だった。

 床は濡れていて、足の裏の傷が染みる。

 いったいどうしてこんなことになったのか。

 でも、たぶん大丈夫。

 幸いにも、ヒルディスの傍にナイト様がいた。

 誤解だって、婚約指輪は盗んだ品ではないって、証言してくれるはず。

 こんなケガも、ヒルディスの治癒魔法で治せばいいのだ。

 辛いのは今だけ。

 そう、きっと。

 もしくは、これは悪い夢だ。

 ここ数日、寝不足だったから……。


 ◇◇◇


 わたし――ヴィオラ・ドライスはシュヴァーベン公爵の娘だ。

 けれども正妻の子ではなく、非嫡出子ひちゃくしゅつしである。

 母はシュヴァーベン公爵の愛人だったが、特別に屋敷に部屋を用意され、何不自由のない暮らしを送っていた。

 シュヴァーベン公爵夫人はわたし達親子のことを認めておらず、食事の同席を許さなかったり、夜会に招待しなかったり、と不遇な扱いだった。

 そんなシュヴァーベン公爵夫人は物心ついた頃からふせぎがちで、次代の大聖女と名高い腹違いの姉ヒルディスが看病していたのだ。

 ヒルディスもシュヴァーベン公爵夫人同様に、わたし達に冷ややかな視線を送っていた。

 母は衣食住、不自由なくもたらされたらあとはどうでもいい。

 好きなだけ酒を飲み、賭博に興じ、買い物をして、好き勝手暮らしていた。

 そういう、享楽的な女性ひとだったのだ。

 シュヴァーベン公爵邸での暮らしの終焉は、あっさり訪れる。

 母がシュヴァーベン公爵の名を使い、違法賭博で借金を作ったことにより、怒りを買ってしまったのだ。

 着の身着のままの状態で屋敷を追いだされ、路頭に迷うこととなった。

 ただ、困った状況は長く続かなかった。

 美しい母を、他の男が放っておかなかったのである。

 あっという間に住む家がもたらされ、わたしは母と恋人の男の三人暮らしが始まった。

 わたし達親子を拾ってくれたのは、優しい男だった。

 けれどもシュヴァーベン公爵邸での贅沢な暮らしに慣れきった母は、その男とのささやかな暮らしに満足しなかった。

 すぐに別の男のもとへ行き、その男との暮らしは終わってしまったのである。

 それからも転々と男を変え、住処を変え、という暮らしをしていた。

 その生活も長くは続かなかった。

 母の美しさに衰えが出てきたからである。

 男達の熱い視線は母からわたしに移っていった。

 わたしは十六歳となり、母以上の美貌の持ち主だともてはやされるようになったのだ。

 その頃から母は我を失ったように酒浸りになっていった。

 母は男達を手玉に取るのを止め、わたしを金持ちに嫁がせることを考えるようになる。

 自らの伝手を使い、貴族が集まる夜会にも参加するように命じてきた。

 正直、貴族の社交場は居心地の悪さしかなかった。

 皆、わたしをさげすむような目で見てくるから。

 シュヴァーベン公爵の愛人の娘――穢らわしい。

 そんな眼差しだった。

 同じシュヴァーベン公爵の娘であるヒルディスは、皆からチヤホヤされていたというのに、母親が違うだけで扱いが天と地ともかけ離れている。

 悔しい。

 けれどもわたしには何もない。

  結婚相手を見繕ってくれる父親も、結婚を望んでくれる材料となる家柄や持参金も、この世を生きていくのに必要な祝福も、守ってくれる守護獣さえもいない。

 どうして神様はわたしに試練を与えるのか。

 このままだとわたしは、父親であるシュヴァーベン公爵よりも年上の男と結婚することになる。

 そんなのは嫌!

 王子様みたいにかっこいい男と結婚したいに決まっている。

 そう願っていたわたしに、奇跡が起きた。

 第二王子ナイト様と出会ったのだ。

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