彼女の生きてきた道
「痛い!! 痛いってば!!」
「うるさい! 黙れ!」
「大人しくしないか!」
罪人を連れて行くかのように、聖騎士達は乱暴な足取りで進んで行く。
今日のために下ろした新しい靴は、いつの間にか脱げてなくなっていた。
石畳の上を引きずられるように歩いていたからか、ストッキングどころか皮膚も破けて傷口がじくじく痛んでいる。
だが、心の痛みに比べたら、足のケガなんてどうでもいい。
ヒルディスは衆目の前でナイト様を我が物のように連れ歩き、あろうことか自分のほうが婚約者だと主張したのだ。
どうしてそんな嘘を吐くのか。
それに、ナイト様から貰った婚約指輪が、大聖堂に保管されていた物だなんて言っていた。
そんなわけない。あの指輪は確実に、ナイト様がわたしに求婚の言葉と共に贈ってくれた品なのに。
その婚約指輪は拘束されたさいに聖騎士が私の指から抜き取って、ヒルディスの手に渡ってしまった。
悔しい。あれは私の婚約指輪なのに……。
「ほら、さっさと歩け!」
「手間をかけさせるな!」
聖騎士に連れてこられた先は――大聖堂。
わたしとナイト様の結婚式のために訪れるはずだったのに、どうしてこのような形でやってくることになったのか。
正門を避け、裏口から内部へと入る。
華やかな印象しかない大聖堂だったが、その舞台裏は老朽化が進み、歩くだけで床がギシギシ音を鳴らすような古びた印象があった。
地下に繋がる階段を下ると、そこに広がっていたのは罪人を収納する牢獄である。
「おら、大人しく入っておけ!」
「裁判が行われるまで、神に祈っておくことだな!」
ゴミを捨てるかのように牢の中へ放りだされた。
立ち上がろうとするも、足の傷が痛くて身動きが思うように取れず。
そうこうしている間に扉が閉められ、施錠された。
「ねえ、待って! 違うの、あの指輪はいただいた品で――!」
聖騎士達は振り返りもせずに去って行った。
一人、牢獄に残される。
人の気配はなかったものの、ネズミが闊歩し、何かが腐ったような異臭が立ちこめる最悪な場所だった。
床は濡れていて、足の裏の傷が染みる。
いったいどうしてこんなことになったのか。
でも、たぶん大丈夫。
幸いにも、ヒルディスの傍にナイト様がいた。
誤解だって、婚約指輪は盗んだ品ではないって、証言してくれるはず。
こんなケガも、ヒルディスの治癒魔法で治せばいいのだ。
辛いのは今だけ。
そう、きっと。
もしくは、これは悪い夢だ。
ここ数日、寝不足だったから……。
◇◇◇
わたし――ヴィオラ・ドライスはシュヴァーベン公爵の娘だ。
けれども正妻の子ではなく、非嫡出子である。
母はシュヴァーベン公爵の愛人だったが、特別に屋敷に部屋を用意され、何不自由のない暮らしを送っていた。
シュヴァーベン公爵夫人はわたし達親子のことを認めておらず、食事の同席を許さなかったり、夜会に招待しなかったり、と不遇な扱いだった。
そんなシュヴァーベン公爵夫人は物心ついた頃から塞ぎがちで、次代の大聖女と名高い腹違いの姉ヒルディスが看病していたのだ。
ヒルディスもシュヴァーベン公爵夫人同様に、わたし達に冷ややかな視線を送っていた。
母は衣食住、不自由なくもたらされたらあとはどうでもいい。
好きなだけ酒を飲み、賭博に興じ、買い物をして、好き勝手暮らしていた。
そういう、享楽的な女性だったのだ。
シュヴァーベン公爵邸での暮らしの終焉は、あっさり訪れる。
母がシュヴァーベン公爵の名を使い、違法賭博で借金を作ったことにより、怒りを買ってしまったのだ。
着の身着のままの状態で屋敷を追いだされ、路頭に迷うこととなった。
ただ、困った状況は長く続かなかった。
美しい母を、他の男が放っておかなかったのである。
あっという間に住む家がもたらされ、わたしは母と恋人の男の三人暮らしが始まった。
わたし達親子を拾ってくれたのは、優しい男だった。
けれどもシュヴァーベン公爵邸での贅沢な暮らしに慣れきった母は、その男とのささやかな暮らしに満足しなかった。
すぐに別の男のもとへ行き、その男との暮らしは終わってしまったのである。
それからも転々と男を変え、住処を変え、という暮らしをしていた。
その生活も長くは続かなかった。
母の美しさに衰えが出てきたからである。
男達の熱い視線は母からわたしに移っていった。
わたしは十六歳となり、母以上の美貌の持ち主だともてはやされるようになったのだ。
その頃から母は我を失ったように酒浸りになっていった。
母は男達を手玉に取るのを止め、わたしを金持ちに嫁がせることを考えるようになる。
自らの伝手を使い、貴族が集まる夜会にも参加するように命じてきた。
正直、貴族の社交場は居心地の悪さしかなかった。
皆、わたしを蔑むような目で見てくるから。
シュヴァーベン公爵の愛人の娘――穢らわしい。
そんな眼差しだった。
同じシュヴァーベン公爵の娘であるヒルディスは、皆からチヤホヤされていたというのに、母親が違うだけで扱いが天と地ともかけ離れている。
悔しい。
けれどもわたしには何もない。
結婚相手を見繕ってくれる父親も、結婚を望んでくれる材料となる家柄や持参金も、この世を生きていくのに必要な祝福も、守ってくれる守護獣さえもいない。
どうして神様はわたしに試練を与えるのか。
このままだとわたしは、父親であるシュヴァーベン公爵よりも年上の男と結婚することになる。
そんなのは嫌!
王子様みたいにかっこいい男と結婚したいに決まっている。
そう願っていたわたしに、奇跡が起きた。
第二王子ナイト様と出会ったのだ。