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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第二章 暴く者、食らう者
18/25

食堂へ

 まさかナイトの野郎から復縁を迫られるとは思っていなかった。

 昨日の別れ話だけでは心のどこかにモヤモヤが残っていたのだろう。

 今日、〝地獄の炎インフェルノ〟を使って復讐まがいのことができたので、彼に対するわだかまりはなくなったように思える。

 はあ~~~~、すっきりした。

 大手を振って通りを歩く。

 このまままっすぐ大衆食堂・星灯堂に向かおう。

 しかしながら、途中で足を止めてしまう。

 朝方はアイスコレッタ卿の案内があったので、すんなり行き着くことができたのだ。


「どっちだったかしら……?」


 人通りのない通りでポツリと呟いたら、大精霊ボルゾイがわたしより一歩前に出て、振り返りながら言った。


『あなた様、大衆食堂・星灯堂はこちらですわ!』

「わかるの?」

『ええ!』


 ありがたい、と思いつつ、大精霊ボルゾイの誘導で星灯堂に行き着いたのだった。


 時刻はお昼過ぎ。まだまだ忙しいだろうと思っていたが、店内は閑散としていた。


「……あら?」


 本当に星灯堂なのかと確認してしまったが、間違いなかった。

 お店の奥からおかみさんがやってくる。


「ああ、ヴィオラ、もう来たのかい?」

「ええ。何かお手伝いできることがあるかと思って、早めにきたんだけれど」

「おやおや、言ってなかったねえ。うちの店は見ての通り、昼は閑古鳥が鳴いているんだよ」

「それは――」


 何か事情があるのだろうか。だとしたら、初対面であるわたしが安易に首を突っ込んでいいものではない。そう思って黙ったものの、おかみさんはわたしの神妙な様子を笑い飛ばしてくれた。


「あははは、大丈夫! 深刻な問題ではないんだ。ここはね、暗黒騎士様御用達の食堂だからさ!」

「暗黒騎士、御用達?」

「ああ、そうだよ」


 なんでも朝、大勢いた客はすべて、暗黒騎士だという。


「皆、仕事終わりにやってきているのさ」

「そうだったのね」

「やっぱり、知らなかったんだねえ。あの場で説明すればよかったよ」


 アイスコレッタ卿の知人ということで、おかみさんも知っているものだと思っていたようだ。


「皆、夜勤明けであたし達の店にやってきて、朝食を食べてから家に帰っているのさ。暗黒騎士の鎧を纏っていないと、わからないものだろう?」

「ええ、みんな、各々別の仕事をしている客だとばかり思っていたわ」

「ああ、そうなんだ。見た目ではぜんぜんわからない。わからないのに、彼らは行く先々で差別を受けている……」


 処刑に関係した仕事は誰も就きたがらない。

 それだけでなく、差別までされるなんて酷い話である。


「立ち話もなんだから――ああ、そうだ。お昼は食べたかい?」

「いいえ、まだ」

「だったら、一緒にまかないを食べよう。うちの人も一緒でいいかい?」

「もちろん」


 店の奥からのっそり登場したのは、おかみさんの旦那さん。

 大柄で、頬に大きな傷跡があって、筋骨隆々――戦う人の体そのものだった。

 調理全般はこの旦那さんが担当しているらしい。


「あんた、彼女が新しくここで働く、ヴィオラさんだよ」

「……若い娘っ子が、どうしてこんな店で」

「あたし達と同じ、ワケアリなのさ」


 なんだか歓迎されていない空気をビシバシ感じたが、「お世話になるわ」と挨拶をしたら「好きにしろ」とぶっきらぼうに返してくれた。


 まかないは朝の残りのキノコのシチューをグラタンにアレンジしたもの。

 上にはパン粉がたっぷりかかっていて、カリカリとした食感が楽しい。

 おいしく完食した。

 お礼に紅茶を淹れたら、おいしいと絶賛してもらった。

 紅茶の淹れ方はその昔、シュヴァーベン公爵家の侍女とから暇つぶしに教えてもらったものである。

 人生、何が役に立つのかわからないものだな、と思ってしまった。

 旦那さんは紅茶を片手に、煙草を吸ってくると言っていなくなる。


「若い娘さんを前にしているから、照れているんだ」

「そうだといいけれど」


 なんだか避けられているように感じたのは、気のせいだと思いたい。


「うちの食堂についての話に戻るけれど、昔は暗黒騎士達が集まる食堂ではなくてね」


 おかみさんのご両親と三人で経営していた食堂だったらしい。

 昔から通う常連もいて、そこそこ繁盛していたようだ。


「あたしは料理が苦手だったから、看板娘だったんだけれど、それが仇になってねえ」


 おかみさんのご両親が馬車で買い付けに行っていたようだが、途中で事故に遭い、亡くなってしまったらしい。


「そのあと、独り遺されたあたしはしばらく落ち込んでいたんだけれど、働かないと生きていけないことに気付いてねえ」


 おかみさんは見よう見まねで料理を作り、食堂を開いた。

 常連も健気な様子に心を打たれて通ってくれたようだが――。


「あたしの料理がまずくてねえ、常連さん達にもう無理だ、食えたもんじゃないって言われてしまってね」


 一気に食堂は客足が遠のいてしまったようだ。


「それが何日も続いて、店を畳むしかないって思っていた矢先に、運命的な出会いがあってねえ」


 店先に、一人の青年が倒れていたのを発見する。

 その青年は空腹で倒れていたようだ。


「みんながまずいって言った料理を振る舞ったら、おいしい、おいしいって涙を流しながら食べてくれたんだ」


 話を聞いたところ、青年は処刑人で、どこの店にも入店拒否をされ、行き倒れるような状況になっていたという。

 職場には食堂がなく、外で食べるしかないのに、処刑人というだけで不吉だと言われてしまうようだ。


「当時のあたしは誰でもいいから来てほしかったんだ。だからその男に、うちだったらいつでも大歓迎だよって言ったんだよ」


 おかみさんの言葉を聞いた青年は、翌日から大勢の同僚を連れてきたという。


「人助けがきっかけでこの食堂はなんとか首の皮一枚で生き残って、今に至るってわけ」


 そしてその当時に助けた青年が、おかみさんの旦那さんだという。


「あたしを助けたいって、処刑人を辞めて料理人になってくれたのさ」

「素敵な話だわ」

「そうだろう」


 旦那さんが仕事を辞めたあたりから、処刑人は暗黒騎士と呼ばれるようになった。

 けれども酷い扱いは変わらず、今に至るらしい。


「あのとき食堂を助けてくれた暗黒騎士の人達には、感謝しかないよ」


 この先も、この店は暗黒騎士御用達であり続けるという。


「そんなわけで、ワケアリの店なんだが、問題ないだろうか?」

「もちろん!」


 がぜん、やる気が出てきた。

 おかみさんと旦那さんを支えられるよう、頑張らなければと気合いを入れたのだった。  

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