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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第二章 暴く者、食らう者
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愚か者

 ナイトの野郎名義のアパートメントにいる限り、出くわすことは想像できていた。

 けれども出て行こうとしているところで鉢合わせるなんて、まったくついていない。


「よかったって、なんの用事なの?」


 彼に借りなどなかったはず。

 別に将来を誓いあった仲ではなく、わたしは彼の愛人だった。

 引き留める要素なんてないのに……。

 ナイトの野郎は何かをずいっとわたしの前に差しだしてきた。

 一瞬、拳を向けてきたと思ったが違った。

 彼の指先には、ダイヤモンドがちりばめられた白銀の婚約指輪エンゲージリングが握られていたのだ。


「え、何?」


 それはヒルディスに渡すはずの、大聖堂で保管されていた大事な婚約指輪である。

 なぜ、わたしに差しだしているのか。

 問い詰めるようにナイトの野郎を見たら、彼はとんでもないことを口にした。


「ヴィオラ、結婚しよう!」

「は?」


 理解が追いつかず、思わずナイトの野郎を睨んでしまった。


「この指輪が欲しかったんだろう?」


 たしかに昨晩、わたしはその指輪を欲しがる素振りを見せた。

 しかしながら心から望んでいたことではない。

 ヒルディスのための婚約指輪だとわかっていて、よこせと言っただけだ。


「昨日はできないって言ったのに、どうして? 気が変わったの?」

「いや、一晩考えて、ヴィオラがいかに大切な存在か気付いたんだ。やはりお前と離ればなれになるなんて、考えられない」

「ふーーーん」


 わたしが興味がないような反応を示したからか、ナイトの野郎はショックを受けたような表情を浮かべる。


「なんでもする! 盛大な婚約パーティーを開いてやってもいい!」

「ヒルディスはどうするの? 王族であるあなたと、大聖女の婚姻は大事なものなんでしょう?」


 この国にとって、大聖女の祝福を持つ者との結婚は重要なものである。

 大聖女がいなければ、国は荒れ、飢餓に襲われ、魔物もはびこる最悪な状態に陥るのだ。

 国の安寧を得るために、王族は古くから大聖女を娶ってきたのである。

 このぼんくら王族はその辺をどう考えているのか聞いてみた。


「ヒルディスは……他の王族が結婚すれば、いい」

「未婚男性は、あなたの三歳の甥っ子殿下しかいないけれど?」


 三歳児との結婚なんて、シュヴァーベン公爵側が認めないだろう。

 いったい何を考えているのか。


「だったら、大叔父……レイライト大公とか」

「たしかに独身だけれど、レイライト大公は離婚歴のある上に、御年七十歳じゃないの」


 三歳児と七十歳児、どちらも結婚相手として相応しくない。

 王族の中で結婚適齢期なのはただ一人、この男しかいないのである。


「お願いだから馬鹿なことは言わないで、大人しくヒルディスと結婚なさいな」

「いやだ!」


 成人男性の「いやだ」を初めて聞き、心の奥底から「こいつは何を言っているんだ」と思ってしまう。


「ヒルディスはあまりにも地味で、一緒にいても楽しくない。そんな女との結婚なんてご免だ!」

「高貴な方々の結婚って、そういうものなのでしょう?」


 だから結婚に愛を求めず、皆、決まって愛人を迎えるのだろう。

 母と父の関係は長年不可解でしかなかったが、そういうことだったのか、と今になって理解することができた。


「周囲の人達だって、納得しないわ」

「だったら逃げよう! 誰も知らないような辺境へ行って、二人だけで暮らすんだ!」


 一回目の人生であれば、喜んで彼の手を取っていたのかもしれない。

 今のわたしは、土壇場で裏切るナイトの野郎を知っている。

 きっと今後も何かあったとき、彼はわたしを切り捨てるであろうことはわかりきっているのだ。

 さらに、辺境になんか行って、いかにして暮らすというのか。

 その辺、少し興味があったので聞いてみた。


「王都生まれ、王都育ちのあなたが、どうやって辺境で生きていくの?」

「お金はある」

「そのお金は、第二王子としての財産でしょう? 何もかも捨てるつもりで、お金だけ持っていったら、それは横領になるわ。何もかも捨てる、というのはそういうことなのよ」


 現実を突きつけられたナイトの野郎は、深く傷ついたような顔でわたしを見つめる。

 半端な覚悟しかないのに、駆け落ちなんか提案しないでほしい。


「辺境と呼ばれる場所は、過酷な環境なの。酷く暑かったり、日照りが続いたり、逆に雪深くて凍えるような寒さだったり。もちろん、そんな暮らしを支えてくれる使用人なんていないのよ。ボタンのかけ方でさえよくわからないあなたは、そんな生活なんて想像できないでしょう」


 そんなのわかっている、汗水垂らして働くつもりだ、と訴える気概なんてさらさらないようだ。ナイトの野郎は口をパクパクさせるものの、返す言葉が見つからないのだろう。

 ぐうの音も出ない、というのはこのような状況を言うのだ。


「ねえ、わかった? わたし達が結婚するのは無理なの」

「ではない」

「え?」

「無理ではない! 結婚するんだ!」


 彼はそう言ってわたしの指先に、婚約指輪を無理矢理嵌めようとしてくる。

 その瞬間、体が燃えるように熱くなった。


「――!?」 

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