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雌犬の仕返し、略奪女の復讐  作者: 江本マシメサ
第二章 暴く者、食らう者
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未来へ向かって

 お腹がはち切れそうだ。少し食べ過ぎてしまったかもしれない。

 普段、まったく朝食を食べない割には、ぺろりと完食してしまった。

 ここに通って食生活を整えたら、健康な体付きになるかもしれない。

 おかみさんは親切だし、他の客もわたしを気にしないところも気に入った。

 なんて考えていたら、壁に求人の張り紙がしてあることに気付く。


 〝急募! ホール担当、住み込み可(※家族同伴も)、さらにまかない付き!〟


 わたしのためにあるような張り紙だった。


「どうかしたのですか?」

「わたし、仕事を探しているの。それで――」

「うちでの仕事に興味があるのかい?」


 偶然おかみさんが近くを通りかかり、わたし達の会話を聞いていたようだ。


「まだ募集しているの?」

「もちろん。だけれどあんたみたいな若くてきれいな娘さんが働くような、こじゃれた職場じゃないんだよ」

「そんなことないわ。こんなにおいしい料理を提供してくれるお店なんて、そうそうないもの。とっても素敵な職場だわ」


 現在、行方不明であろう母と共に住みたいことも伝えると、おかみさんは瞳を潤ませる。


「お母さんを助けてやりたいだなんて、なんていいなんだ」

「そんなことないわ、一回見捨てたの。だから、どこにいるかも把握できていないのよ」

「いいんだよ、娘のあんたが親のことなんか気にしないで。いい大人なんだから」


 そうかもしれない。

 けれども母にはわたししか家族がいないのだ。

 そんな母を捨てて男を選んだわたしは、酷い娘だろう。


「これから働きながら母を探して、一緒に住みたいって考えていたの」

「ああ、ああ! うちの二階は空室があるから、好きなだけ住んでくれ!」

「いいの?」

「もちろんだ!」


 あっさり採用が決定する。


「その、もっとこう、しっかり面接したり、身分証を確認したり、しなくてもいいの?」

「アイスコレッタさんの知り合いってことで、その辺は免除なんだよ」

「そうだったの」


 アイスコレッタ卿の顔に泥を塗らないためにも、しっかり働かないといけない。


「すぐに引っ越しておいで。働き始めるのは、あんたのお母さんが見つかってからでいいから」

「おかみさん……ありがとう」


 ここで名前すら言っていないことに気付く。


「わたしはヴィオラ。ヴィオラ・ドライス」

「ヴィオラだね。これからよろしく頼むよ」


 おかみさんが手を差しだしたので、握り返す。

 まさかこんなにあっさり仕事と住処が見つかるなんて、思いもしなかった。

 ひとまずこのあとは宝石商と会わないといけない。引っ越しはそのあとだろう。


 店をあとにし、アイスコレッタ卿ともここで別れる。


「その、いろいろありがとう。あなたのおかげで、仕事と住処が決まったわ」

「お役に立てて幸いです」


 彼との関係はここで終わらせたくない。

 そう思って去ろうとする彼に声をかける。


「あの、アイスコレッタ卿、また会えるかしら?」

「会う?」

「ええ。今日みたいに、一緒に食事をして、たわいもない話をしたいの」


 わたしみたいな女と付き合うなんて、嫌かもしれない。

 なんて思ったが、アイスコレッタ卿は快く了承してくれた。


「では、混んでない時間にお店を訪問するので、暇があれば食事をしましょう」

「ありがとう!」


 また会えるようで、ホッと胸をなで下ろしたのだった。

 その後、アイスコレッタ卿と別れ、アパートメントに戻る。

 帰宅からさほど待たずに、宝石商がやってきた。

 その人物を見て、胸がどくんと大きく鼓動する。

 大商人エドウィン・フェレライ――大聖堂での裁判に参加していた裁判官の一人だった男。

 どうして彼がわざわざやってくるのか。

 なんて思ったが、このアパートメントは富裕層が暮らす場所で、管理人コンシェルジュと繋がりがあってもおかしくない。

 商人を名指しで指名しなかったわたしが悪いのだ。

 それにしても、この男がわざわざ買い付けにくるなんて。

 同じ空間にいたくない、とすら思ってしまう。


「ああ、貴殿が第二王子殿の愛人か!」

「フェレライさん、失礼ですよ!」


 管理人がそう指摘してくれたものの、はっきり言ってくれるものである。

 一度目の人生であれば、激昂げっこうして追いだしていただろう。


「彼とはきっぱりお別れしたの」

「ほう、やはりそうだったのか!」


 私物の宝飾品をすべて売ると聞いて、関係が破綻したのだと勘づいたようだ。


「どうだ? 俺の愛人にならないか?」

「冗談は顔だけにして!!」

「ドライスさん、その発言はちょっとどうかと」


 管理人はわたしにも注意を促す。なんとも公平な人だ。

 辛辣しんらつな言葉を返したのに、エドウィン・フェレライは気にしていない様子で「がはは!」と楽しげに笑うばかりだった。


「まあ、いい。お前はいずれ、この俺を頼ることになるだろうから」


 そんなわけない。そう言い返したかったが、査定に影響が出るかもしれないと思って黙っていく。

 ナイトの野郎から贈られた品々は、全部で金貨五十枚となった。

 庶民の一ヶ月の給料が金貨一枚くらいなので、相当な金額である。

 これだけあれば、母を支えて暮らすこともできるだろう。

 おかみさんの好意でお店の二階に住み込みさせてもらえるようだが、いずれは独立し、自分で家を借りて暮らせるようになりたい。

 思えば、わたしも母と同じように、男に頼りきって暮らしてきた。

 そんな生活が将来どうなるか、というのは母を見ていればわかる。

 いずれ美貌は衰え、その男からも相手にされなくなる。そうなったとき、本当の自分の価値に気付いてしまうのだ。

 そんな惨めなことになりたくない。

 これからはしっかり働いて、母親孝行みたいなこともする予定だ。

 母と二人、ささやかな暮らしをしよう。

 それが今わたしの目標である。

 ナイトの野郎の愛人で、雌犬だと罵られ、最終的に火刑に処される人生よりずっと健全だろう。


 エドウィン・フェレライは部屋をキョロキョロ見回し、他にも金目の物があると言う。


「宝飾品やドレス以外は、わたしの名義じゃないの。所有証明書もないし、売ることはできないわ」

「所有証明書なんてなくても、うちでは買い取りできるが」

「盗難になるから止めておくわ」


 エドウィン・フェレライから金貨五十枚を受け取ったあとは、引っ越しの準備を開始する。

 とは言っても、わたしの私物なんてほとんどない。

 鞄の蓋を閉め、傍にいてくれた大精霊ボルゾイを振り返る。


「ボルゾイ、わたし達の新しい門出よ」

『ええ!』


 一歩踏み出そうとしたそのとき、扉が開かれるような音が聞こえた。

 嫌な予感しかしない。

 そう思っていた矢先に、侵入者がわたしの前に現れる。


「ああ、よかった。ヴィオラ、ここにいたのか……!」


 のこのことやってきたのは、ナイトの野郎だった。

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