アイスコレッタ卿の謎
アイスコレッタ卿が連れてきてくれたのは、中央街の端っこにある大衆食堂・星灯堂。
朝の営業もやっているようで、けっこう賑わっている。
席数はカウンターが十席、テーブル席が三十席くらいあるのか。
客層は労働者階級が大半という印象だ。
活気があって、次々と注文が飛び交い、店員がテキパキと料理を運んできていた。
客の一人が手を挙げ、会計を行う。
「おかみさん、お金はここに置いとくよ!」
「まいど! また明日も頼むよ」
「ああ、もちろんだ」
おかみさんと呼ばれた女性と、客の男性が軽快な言葉を交わしたあと、あっという間にテーブルが片づけられる。
布巾できれいに拭いたあと、おかみさんがわたし達を席に案内してくれた。
「いらっしゃい二名様だね、って、アイスコレッタさんじゃないかい。隣にいるのは、もしかして恋人さんかい?」
「いいえ、違います。彼女は古い知人です」
「ああ、そうだったのかい。悪かったねえ」
わたしとアイスコレッタ卿の関係をもっと深掘りしてほしかったのだが、忙しいおかみさんは席まで案内するといなくなってしまった。
労働者階級の人達の中に暗黒騎士が客としている姿は異様のように思えるのだが、誰も気にしていない。きっとここはアイスコレッタ卿の行きつけなので、客側も慣れっこなのだろう。
「ここは朝の日替わり定食がおいしいんです」
メニューは壁にかかっているという。
今日の日替わりメニューは、キノコのシチューにパン食べ放題。
重たい感じはしないので、食べられそうだ。
「だったらそれにするわ」
何も言葉を発していないのに、おかみさんは注文に気付いてやってきた。
「日替わり定食を二つください」
「はいよ!」
すぐに料理は運ばれてきた。
ミルクたっぷりのキノコのシチューに、パンはかごに山盛りになったものをおかみさんが差しだしてくる。
「たんとお食べよ」
どうやら好きなだけ取る仕組みらしい。
拳大の丸いパンで、ほかほか湯気が上がっている。
わたしはひとまず、一つだけいただいた。
「それだけでいいのかい?」
「ええ、いつもは朝食を食べないの」
「そうかい。お代わりはいつでも言ってくれよ」
「ありがとう」
アイスコレッタ卿はパンを四つお皿に盛り付けていた。
そういえば彼の素顔を知らない。食事のときくらいは、兜を取るだろう。
顔を見たら、誰か思い出すかもしれない。
なんて、食前の祈りを捧げるアイスコレッタ卿を見舞っていたが、彼は思いがけない形で食事を取り始めた。
「では、いただきましょう」
「そうね」
キノコのシチューを匙でくるくるかき混ぜながら、アイスコレッタ卿のほうをこっそり観察する。
アイスコレッタ卿はパンを手に取り、一口大に千切る。
ここで兜を外すのかと思いきや、そのまま口元へと運んだ。
兜は口元が開く構造ではない。
もしや外し忘れたうっかりさんなのか。
こっそり観察するつもりが、じっくり見つめてしまう。
兜を被ったままだと言ったほうがいいのか、なんて考えていたら、想定外の展開になる。
アイスコレッタ卿の口元に魔法陣が浮かび、摘まんでいた一口大のパンが吸い込まれるように消えていったのだ。
「え、何それ!?」
思わず大きな声をあげてしまったが、周囲が賑やかだったので悪目立ちをすることはなかった。
わたしのリアクションを耳にしたアイスコレッタ卿は、小首を傾げている。
「どうかしたのですか?」
「いえ、口元でパンが消えたから、びっくりしたの!」
「ああ、すみません。このような食べ方だと説明していませんでしたね」
なんでもアイスコレッタ卿は人間にしては魔力量が多いらしく、具合が悪くなったり、吐血したりと生きることに支障をきたしていたらしい。
しかしながら、今身につけている板金鎧は魔力を抑える効果があるらしく、風呂に入る以外は身につけているようだ。
「家族団らんなときも?」
「はい」
「眠っているときも?」
「はい」
まさかこの暗黒騎士の板金鎧に、そんな秘密があったなんて。
「実は、私の鎧だけ支給品ではなく、自家製なんです」
「そうだったのね」
なんでも過去にもアイスコレッタ家の出身者で、同じような魔力過多で苦しむ人がいたようだ。
「数代前のご先祖様になるのですが、そのお方が困っている子孫に届くように魔法をかけてくれていたようで、魔力過多が発覚してすぐに届いたそうです」
魔眼の継承とか普通ではないと思っていたが、とんでもなく大変そうな血を引く一族のようだ。
「大変だったのね」
「ええ、でも、慣れました」
苦労人なのに曲がらず、まっすぐな青年に育って感心だ……としみじみ思ってしまった。
と、アイスコレッタ卿にばかり気を取られている場合ではなかった。
わたしもいただこう。
キノコのシチューは旨味たっぷりで、キノコはコリコリとした歯ごたえが楽しい。
パンの外皮はカリカリで香ばしく、内相はどっしりみっちり、食べ応えがあった。
「いかがですか?」
「とってもおいしいわ」
「よかったです」
兜を被っているので表情はまったくわからないものの、不思議とアイスコレッタ卿は微笑んでくれているように思えたのだった。